第9話 手帳の走り書き 3
「えと……これって、OLさん、なのかな?」
と、籠原能登は、困惑気味に、自問するように、言った。
「どうして、わかりきったことを、聞くのですか?」
と、町村麻知子は、言った。
能登は、心配げな表情のままで、
「変じゃないよね?」
と、聞いた。
能登は、OLの恰好をしていた。
麻知子は、能登を見て、腕組をして、
「あまり違和感は、ありませんね」
と、頷きながら、言った。
能登は、普段の学生服ではない格好には、慣れていないようで、不安げな表情のまま、綺麗にウェーブのかかった、肩までの髪を、揺らしながら、
「このエクステ、変じゃないかな?セミロング、ちょっと苦手だよ」
「問題ないのではないですか。髪も、ふるふわ系で、似合っているんじゃないですか」
と、麻知子が、言った。
「えと、この胸元のあきすぎた服とか……」
「昨今のトレンドのものを揃えましたので、問題ないかと」
と、麻知子が、言った。
「えと……」
「まだ何か?」
「……うん」
麻知子の存外な視線にあてられて、能登は、
「でも、さっきも言ったけど、胸が、ちょっと苦しくて……」
麻知子は、能登の胸を、見た。
(確かに、窮屈そうだな……サイジングが、適切でないのか)
と、麻知子は、思った。
麻知子は、自身のあまりふくらみのない胸を、見た。
「……これに関しては、比較することでは、何も、生まれない……」
と、麻知子は、呟くように、言った。
能登の胸は、女性の麻知子から見て、形が良く、豊満だった。
(それでいて、他は、きっちり締まっているのだから、羨ましい)
と、麻知子は、思った。
「麻知子ちゃん……?」
「何でもありませんよ。その問題については、私も、お役には立てそうにないですね」
と、麻知子は、言った。
能登は、スカートの裾をただしながら、椅子に、座りなおした。
「OLさんって、会社で、働く人のこと、だよね?」
と、能登が、伺いを立てるように、聞いた。
「OLは、オフィス・レディの略称ですからね。オフィスで働く、女性のことです」
と、麻知子が、答えた。
「私、働くの、苦手なんだよねえ」
と、能登が、言った。
「今の発言は、すさまじい数の人々を、敵に回す言葉ですよ。働かざる者食うべからず、と言うでしょう」
と、麻知子が、たしなめた。
能登は、ううん、と、首を左右に振って、
「そうじゃなくて、皆に、迷惑をかけちゃわないか、心配なの」
「どういう意味でしょう?」
「私、いくつか、バイトの経験があるんだけど、ファミリーレストランのバイトは、お皿割っちゃうし、本屋のバイトは、カバーかけが遅い、って、お客さんに、怒られちゃうし……」
「先輩が、鈍いだけでしょう」
と、麻知子は、あっさりと、言い放った。
「……うぐ!はっきり、言うね」
能登は、涙目に、なっていた。
「ワンクッション会話は、苦手なものでして」
と、麻知子は、言いながら、
(それに、組織にいるのですから、その意味では、働いている、と言えるのでしょうがね)
と、思った。
「私に、うまくできるのかなあ……」
と、能登は、瞑目して、深く、息をついた。
「大丈夫ですよ」
と、麻知子は、内心、嘆息しながら、言って、
「先輩。三段論法で、いきましょう。まず、そもそも、第一に、うまくできるかどうかは、やってみないと、わかりません。これは、良いですよね?」
能登は、不安げな瞳のまま、軽く、頷いた。
「次に、第二に、問題は、やるかやらないかです。これも、良いですよね?」
「……うん」
「そして、最後に、第三に、今回の場合、任務ですから、やらないという選択肢は、ありません。したがって、これで、先輩の問題も、解決です」
と、麻知子が、言った。
「……一段目と二段目で、流れの飛躍が、あるような気がするけど……」
と、能登が、半信半疑な顔で、言いかけたが、
「それは、ないですね」
と、麻知子は、きっぱりと言った。




