第8話 駆け引きの祭典 9
「今、この場で、お答えする、お話しでもないかと存じます」
と、リゼが、突き放すように、言った。
「そうかもしれないね」
と、リゼの言葉に、柔らかい笑みを浮かべて頷いたシシリィは、続けて、
「でも、この"円卓会議"を構成する、一つの席が、欠けたのだから、僕は、気になるところだよ。他の方々は、どうだろう?」
と、他の席の者に、言葉を、投げかけた。
「どうでも良い。"虚影の指揮者"の奴は、弱かったが故に、その存在を、散らした。それだけだろう」
と、九時の方向の席に座る、巨躯の人物が、言った。
第九座"爛の王""暴虐"オーレル・オーギュストである。
「そういう見方も、あるね」
と、シシリィは、オーレルの言葉に、応えた。
「俺としては、このくだらん会議が、いつ終わるのかのほうが、興味がある」
と、オーレルが、言うと、同調するように、いくつかの席から、失笑が、もれた。
リゼは、内心、無言のため息を、ついた。
(面倒な方々ばかりですね)
と、リゼは、思った。
「とめてしまって、悪かったね」
と、シシリィが、言った。
リゼは、シシリィの言葉が白々しく思えて、目を細めた。
「では、議題に、移ります」
と、リゼが、言って、
「"天宮殿"の長、"尽き詠みの巫女"様が、先般、お目覚めになられました」
円卓の間の、十二時の席の奥には、天蓋が、設けられていた。
天蓋には、小柄な少女の影が、映し出されていた。
「巫女の目覚めは、星々の裁きと、等しい。裁きの刻の、始まりです。滅びを問う、星々の審判。今一度、世界は、問われるのです」
と、言った、リゼの声には、熱が、こもっていた。
「星々の審判、"星天審判"を執行するにあたって、"円卓会議"の王の皆様に、ご承諾いただきたいのです」
リゼの言葉に、円卓の間には、僅かなざわめきが生まれて、すぐに、静かになった。
「承諾だと?まるで、審判が、執行されるのが、前提という物言いだな」
と、オーレルは、苦虫を噛み潰したように、言った。
十二時の方向の席に、座っているのは、黒衣の人物で、傍らの席に腰かけているのは、長い黒髪の人物である。
「この場に集うのは、"円卓会議"の王。超越した力を、持っていて、持て余しさえしている。この世界の理には、退屈さ、気怠ささえ、感じる。ならば、例えば、そのようなつまらない世界の終わりは、惹かれるでしょう?」
と、深い紅のドレスを身に纏った、黒髪の人物が、少し揶揄するように、言った。
「"蜘蛛"よ。貴様がお得意の、言葉遊びに、付き合ってやる義理は、ないぞ」
と、オーレルが、黒髪の人物に、言った。
黒髪の人物は、意外だというふうに、おおげさに目を丸くして、
「あら、残念。せっかくのダンスのお願いを、無下にするというわけね」
「うっとうしい女狐が。そういう、くだらん小芝居が、気に入らんな」
と、オーレルは、わずらわしそうに、言った。
まあまあ、と、互いをなだめるように言ったのは、シシリィだった。
「あなたの言うことも、わからないでもない。でも、あなたの物言いは、少し、挑戦的すぎるようにも、思える」
と、シシリィは、黒髪の人物に、言った。
「あなたのほうこそ、素直に、言ったほうが、よいと思うのだけれども。今のこの世界も、なかなか気に入っているとね」
と、黒髪の人物に、言われて、シシリィは、苦笑して、
「そこまでは、言わないよ。そんなことを言うのは、"星天審判"に、異議を唱えることに、通じないとも、限らないからね」
と、返した。
シシリィの言葉に、リゼは、ひそかに、胸をなでおろした。
六時の方向の席に、座っている、人物が、
「"尽き詠みの巫女"の目覚めは、星々の審判と、等しい。ならば、"星天審判"の大義名分は、筋が通っている。それであるのならば、私は、審判を、承諾する。一方で、私の行動原理は、単純でね。合理的か、そうでないか、これに、尽きる。この点で、言えば、合理性は、あまり感じていない」
と、発言した。
「俺は、面倒ごとは、嫌いだ」
と、言って、九時の方向の席を、立ったのは、オーレルである。
「大体、我ら"円卓会議"の王が、集っている、この場で、姿すら、その天蓋の中というのは、気に入らんな。それとも、我らに、会するにも、躊躇しているのか」
と、オーレルが、言って、
「いや、臆しているのか?"尽き詠みの巫女"」
と、哄笑交じりに、続けた。
オーレルは、天蓋の中の、"尽き詠みの巫女"に、呼びかけた。
「無礼でしょう!」
と、リゼが、声を上げた。
「何か言ったか、小娘」
と、オーレルは、リゼに、冷たい声を、投げた。
「今の発言、取り消していただきます。"尽き詠みの巫女"様への不遜、決して、許されるべきものではありません」
と、リゼは、厳かに、言った。
「この"円卓会議"を、取り仕切るのは、"爛"を統べる頂たる"天宮殿"の三神官の三柱、"黒槍"バンナウト様、我が主"蜘蛛"イセリア・アージュ様、そして、"尽き詠みの巫女"様です。それをご承知の上での、お言葉でしょうか?」
それがどうした、と、オーレルは、目を細めた。
「虎の威を借るとは、まさに、貴様のような輩だ、リゼ・ルノー。"蜘蛛"の配下ということで、大目に見てやっているが、増長するな」
と、オーレルが、困ったように微笑んだままの"蜘蛛"イセリア・アージュを、横目に捉えながら、リゼに、言った。
リゼは、眉をひそめて、
「オーレル様、お言葉を、慎んでくだ……」
「殺すぞ」
と、オーレルが、短く、言った。
「え……」
オーレルの怒気に当てられて、リゼの顔が、こわばった。
オーレルは、リゼを見て、低く笑って、
「震えているな。所詮、それが、お前の限界だ、リゼ・ルノー」
「……」
リゼは、押し黙った。
「勘違いするな。我々"円卓会議"の座には、本来、序列や優劣は、ない」
と、オーレルは、前に、進み出た。
「この際だから、はっきりさせておこう」
オーレルは、十二時の席に向かって、言葉を、放った。
「俺は、お前たち、"天宮殿"三神官に、従属している覚えはないぞ。"天宮殿"が、我ら"爛"を統べる頂たる存在であるだけだ。あくまで、力としては、対等な関係だ」
と、オーレルが、言って、
「いや、その天蓋の奥から、感じ取れる、僅かな力では、対等という言葉すら、当てにならんな」
と、続けた。
「良いわ。面白そう。"尽き詠みの巫女"様の力を、信用できないというわけね」
そう言ったのは、十二時の方向の席に座っている、黒髪の深い紅のドレスを身にまとった人物、"天宮殿"の三神官の一柱"爛の王""蜘蛛"イセリア・アージュである。
「"暴虐"オーレル・オーギュスト。あなたの言葉も、もっともだわ」
と、イセリアは、言った。
「"蜘蛛"。部下の躾が、なっていないぞ」
と、オーレルが、言った。
「リゼについては、私の大切な付き人なのだから、私に免じて、大目にみてもらいたいわ」
と、言った、イセリアは、自身の横の人物を、見た。
イセリアの横には、黒のマントに身を包んだ、黒の仮面の人物、"天宮殿"の三神官の一柱"爛の王""黒槍"バンナウトが、座っていた。
フルフェイスの漆黒の仮面で、シールド部分は、深い紅色で、仮面の奥の表情は、一切窺い知ることはできなかった。
「バンナウト。あなたは、オーレルの発言について、どう思う?」
と、イセリアは、愉快そうに、聞いた。
沈黙の後、バンナウトは、
「私には、安い挑発に、聞こえたがな」
とだけ、言った。
「そう。手堅いけれども、何の面白さもない答えねえ」
イセリアは、言って、天蓋の影に、向き直った。
「"尽き詠みの巫女"様。どうするの?」
「そ、そんな、イセリア様!お戯れは、よしてください」
と、リゼは、慌てて、制した。
「構いません」
澄んだ声が、円卓の間に、ゆったりと、響いた。




