第8話 駆け引きの祭典 7
彼方と七色と綺亜の三人は、帰途についていた。
地下鉄に向かって、歩く道を、夕闇が、包み込んでいた。
「今日は、本当に、良く遊んだわ」
と、綺亜は、満足そうに、言った。
綺亜は、両手で、大きなイルカのぬいぐるみの入った袋を、抱えていた。
ゲームセンターのクレーンゲームで、手にしたものである。
「ねえ、彼方。このイルカ、可愛いわよねえ」
と、綺亜は、ほくほく顔で、歩きながら、袋から、顔をのぞかせている、イルカのぬいぐるみを、彼方の目の前で、見せた。
「大きいから、置き場所に、困りそうだけれどもね」
と、彼方が、笑って、言った。
綺亜は、肩をすくめて、
「これだから、男子は。わかっていないわね。可愛いかどうかが、重要なのよ」
と、言った。
「クレーンゲーム初体験なのに、大物を獲れたのは、先生が、良かったからかな」
と、彼方が、言うと、綺亜は、大きく頷いて、
「それは、間違いないわ。ありがとうね、七色」
と、七色に、言った。
「お役に立てて、良かったです」
と、七色が、言った。
「七色の指南が、なかったら、うまく、獲れなかったと思うわ」
「あの……」
と、七色が、遠慮がちに、言った。
「何かしら?」
と、綺亜が、聞いた。
「イルカの頭、触っても、良いですか?すごく、ふわふわして、気持ち良さそうなので」
「何だ、そんなこと。好きなだけ、触って良いわよ。ほら」
綺亜は、七色の左手を掴んで、イルカのぬいぐるみの頭を、触らせた。
七色は、綺亜の如才ない対応に、少し戸惑った様子だったが、ぬいぐるみに触れて、柔らかく微笑んだ。
「ふわふわ、です」
と、七色は、短く、言った。
「そう。ふわふわのもふもふ」
「はい。ふわふわのもふもふ、です」
彼方が、綺亜と七色のやり取りを、見ていると、綺亜と目が合った。
綺亜は、思い出したように、目を細めて、笑った。
「彼方は、クレーンゲーム、全然だったわね」
と、綺亜は、からかうように、言った。
綺亜が、指摘したように、彼方の、クレーンゲームでの釣果は、全くなかった。
七色にも教えてもらったのだが、どうにも、コツがつかめなかったのである。
彼方は、肩をすくめて、
「僕には、難しかったな」
と、苦笑した。
綺亜が、からかうように、
「簡単に、負けを、認めちゃうんだ?」
と、聞くと、彼方は、
「や。そんなことは……」
「簡単に諦めてしまう男子は、あんまり格好良くないかな。ね、七色」
「私も、そう思います」
「や。でも、クレーンゲームだよ……?」
「女の子のために、何とか取って、プレゼントする……みたいなシーンが、あったら、嬉しかったなあ」
「ええと……」
彼方は、二人に言われて、たじたじだった。
「良いわ。もう勘弁してあげる」
と、綺亜が、笑って、言った。
三人は、駅に、着いた。
諸々の線が集まる、ターミナル駅で、一日の乗降者数で言えば、国内で、五指に入るが、帰りの電車は、比較的、空いていた。
電車に乗り込んだ、彼方達は、横並びに、座った。
しばらくすると、彼方は、
(あれっ)
と、思って、自身の両肩に、僅かな重さを、感じた。
彼方の左側の、七色の吐息が、彼方の鼻孔を、くすぐって、彼方の右側の、綺亜の髪が、彼方の頬に、触れた。
二人の体温を、近くに、感じる。
(この至近距離は、体に悪いな……緊張する)
彼方は、落ち着かなかった。
見れば、七色も綺亜も、かすかな寝息を、たてていた。
二人とも、疲れて、眠ってしまったようだった。
(一日中、歩いたからなあ)
と、彼方は、思った。
(僕も、少し、寝ようかな……)
彼方が、目を瞑ると、穏やかな気怠さと、じんわりと浸透してくる眠気が、心地良かった。
軽いまどろみの中、彼方は、広場での佳苗の言葉を、思い出していた。
『多分だけど、彼方君は、今、少なくとも、二人の女の子に、好意を、向けられていると、思うんだけれども、それは、わかってる……よね?』




