第8話 駆け引きの祭典 6
複合商業施設から、十分ほど歩いたところに、ゲームセンターは、あった。
大通りに面して、どっしりと構える四階建てのビル。
夕刻の光が、ビルのガラス面に反射して、きらきらと眩しい。
看板には派手なフォントで店舗名が書かれ、その両脇には、ゲームキャラクターらしきイラストが描かれている。
入口の自動ドアが開閉するたびに、軽快な電子音と、わずかに甘い油の匂い、そして冷房のひんやりした空気が、通りにまで漏れ出していた。
どうやら、四階のすべてがゲームセンターであるらしい。
一階は、クレーンゲームや、プリントシール機のコーナーで、ガラス越しに、色とりどりのぬいぐるみが、ぎゅうぎゅうと詰め込まれているのが見えている。
二階は、音楽ゲームのコーナーと、案内板に、かかれていた。
リズムに合わせて光るパネルが、階段の踊り場からでもちらちらと見え、どこか胸を弾ませる。
三階と四階は、ビデオゲームのコーナーで、三階が、比較的新しいものを、四階が、古いもの、いわゆるレトロゲームを、それぞれ、取り扱っているようである。
まるで小さな遊園地が、建物の中に丸ごと詰め込まれたかのようだった。
「佳苗さんは、もう用事は、済んだのかな?」
と、何とはなしに言った、彼方に、七色が、ほんの少し顎を傾けて、
「ビデオゲームコーナーでしょうし、母の凝り性からすると、まだいるかもしれません」
と、落ち着いた声で言った。
ガラス扉の向こうでは、学生と思われる、若いグループが、楽しげに叫び声をあげている。
土曜日ということもあるのだろう、家族連れも、結構、来ているようで、ベビーカーを押した夫婦や、祖父母と来たらしい子供の姿も見える。
「すごいわ」
と、綺亜は、感嘆の声をあげた。
目が、きらきらと輝いている。
その視線は、初めて遊園地に来た子どものように、あちらへ向き、こちらへ向き、忙しなく動いていた。
「テレビとかネットでしか見たことがなかったから、とっても新鮮」
プリントシール機の明るい照明が、綺亜の髪に反射して、やけに艶やかに見えた。
子供が、新しい玩具を手にした時のように、目を輝かせている、綺亜を見て、彼方は、笑って、
「楽しんでもらえたなら、良かったよ」
と、言った。
綺亜は、人差し指を、左右に振って、得意げに微笑んだ。
「楽しむのは、これからよ。まずは、あれを、やってみたいわ」
と、指し示したのは、クレーンゲームの筐体である。
青やピンクのネオンで縁取られた、いかにも、ゲームセンターの顔、といった佇まいだ。
「それならば、私に、任せて下さい」
と、声をあげたのは、七色だった。
普段の控えめな声色とは異なる、どこか透き通りつつも、堂々とした響きがあった。
「クレーンゲームには、一家言を、もっています」
自信満々に言い切る七色に、綺亜は、意外そうに、目を丸くした。
「七色、こういうの、得意なんだ?」
と、綺亜が、聞いた。
七色は、すっと自身の携帯を、取り出す。
そして、そこに付いたストラップを、綺亜と彼方に、見せた。
薄いクリーム色をした猫のキャラクターが、小さな鈴を抱えている。
「この『なご猫』のストラップは、ゲームセンター限定バージョンなんです。この子と、巡り合うために、結構、投資をしました」
「……さらっと、投資とか言ったけど、ガチ勢、っていうこと?」
と、綺亜が、呆れ半分に言った。
「その理解で、合っていると、思います」
そう言うやいなや、七色は、すでに歩き出していた。
「最近、新しいゲームセンター限定バージョンが、リリースされたはずです。それで、クレーンゲームのやり方を、伝授します」
背筋がいつもより伸び、妙な風格すら漂っている。
七色の、人が変わったような、気配に、圧されるように、綺亜と彼方は、顔を見合わせてから、後に付いていった。
通路には、電子音が途切れなく響き、あちこちから歓声が上がっている。
クレーンゲームのエリアは、特に賑やかだ。
ぬいぐるみが揺れるたび、子供たちが声を上げたり、大人が手を叩いたりしている。
三人が、立ち止まったのは、青色のクレーンゲームの筐体の前である。
筐体の中には、七色と彼方が、商店街に買い出しに行った時に寄った、ファンシーショップに陳列されていた、猫のぬいぐるみのストラップが、所狭しと、並べられていた。
それぞれが小さなクッションの上にちょこんと座り、表情もポーズも微妙に違っている。
「『なご猫』が、いっぱいねえ」
と、綺亜が、言った。思わず息を飲むほどの数だった。
「『なご猫』、わかりますか?」
と、七色が、聞いた。
「そりゃあまあ、人気シリーズですもの。私の部屋にも、ぬいぐるみが、いくつか、あるわよ」
と、綺亜は、返した。
「今回のお目当ては、あのミラ君ストラップです」
と、七色は、上段の端に配置された青色の猫を指差した。
そのうえで、彼方に、向き直った。
「『なご猫』、覚えていますか?」
不意に聞かれた彼方は、記憶の糸を探りながら、
「……ええと。イタリアのデザイナーの重鎮、グレゴリア・ルースと、日本の新進気鋭のイラストレーター、加納貞光との、コラボレーション作品……だったっけ?」
と、言った。
「……記憶力には、感嘆しますが、それは、好峰さんの冗談だったと、思います」
七色が、きっぱりとツッコむ。
彼方は、頭を掻いて、
「そう、だったね」
と、苦笑した。
「和んでいる猫、省略して、『なご猫』です」
七色は、生真面目な顔をして、説明した。
「和んでいるねえ」
確かに、どの猫も、ほわっとした笑みを浮かべ、丸みのあるフォルムが、見る者の肩の力を抜いてくる。
「ほわほわしている感じが、するじゃないですか」
七色の声には、熱がこもっていた。
「癒されるわよね」
と、綺亜は、柔らかく微笑んだ。
「前に、朝川さんに、『なご猫』について、お話しをしたのです」
と、七色が、さらりと言う。
「なるほど。彼方、あまり、覚えてないんだ。それは、大きな減点要素ね」
と、綺亜は、からかうように、言った。
「面目ない」
と、彼方は、素直に、言った。
七色は、筐体のガラス面に顔を近づけて、指差しながら説明を続けた。
「こっちが、リリー君、そちらが、ミレイちゃん、あちらが、スコット君で……」
「名前、覚え切れないな……それに、色が違うだけ、なのかな?」
と、彼方は苦笑したが、七色は真剣そのものだった。
「色違いではなくて、別のキャラです。良く見て下さい。顔が、全然違います」
普段の七色からは、想像つかない、熱弁ぶりだった。
「中でも、一番可愛いのは、このミラ君です」
七色が指さしたのは、手前に並んでいる、クリーム色の猫のぬいぐるみのストラップだった。
どこかおっとりした顔つきで、ちょこんと座っている。
七色は、百円玉を、三枚、硬貨投入口に、並べた。
「一回、百円じゃないの?」
と、綺亜が、言った。
「一回、百円です」
七色は、短く返した。
「この枚数には、意味が、あります。それについては、後で、説明します。まず……」
七色が言って、くるりと振り返る。
その眼差しには、無駄な迷いがない。
まるで、熟練した職人のような、静かな覚悟があった。
「お金を投入した後は、たった二回の真剣勝負に、なります。すなわち、この筐体に配置された、縦と横の矢印ボタンを、一回ずつ押して、後は、位置が定まったアームが、下がります」
と、簡潔に説明し、
「そして。目標のものを、アームが捉えられるかどうかの、勝負になります」
と、締めくくった。
綺亜は、七色の、緊迫した声音に、大きく頷いた。
彼方も、どこか息を呑んでいる。
(こんなふうに、こだわるところは、とことんこだわるのは、佳苗さん譲りなのかもなあ)
と、彼方は、心の中で思った。
「勝負です」
七色が、矢印ボタンを押すと、カチッという音が二回響いた。
アームが、ゆっくりと下降し、目標のぬいぐるみのストラップの紐を狙う。
しかし、ほんのわずかにずれて、紐を掠めただけだった。
「あっ……!」
綺亜が、思わず声をあげた。
「惜しかったわね、七色!」
「もうちょっとだったのに……」
七色は、眉ひとつ動かさず、
「問題ありません」
と、はっきりと言った。
「私が、はじめから、百円玉を三枚用意したのは、三回で勝負を決するという、意思表示に、他なりません」
二枚目の百円玉が投入される。
「ここで、勝利を、不動のものにします」
アームが再び降りて、今度は紐を軽く押し、ストラップの位置がわずかに変わった。
「これで、微調整が完了しました。そして、これが、最後の勝負、です」
三枚目の百円玉が、七色の手から滑り込んでいく。
矢印ボタンが、二回、ゆっくりと押されて、アームが、下りていって、
「……あっ!」
綺亜が、小さく叫んだ。
アームは、ストラップの紐を、しっかりと掴んでいた。
わずかな沈黙のあと、ぬいぐるみがアームに持ち上げられ、取り出し口へと運ばれていく。
綺亜は胸の前で両手を合わせ、彼方は安堵のため息をついた。
七色は、筐体から出てきた、ストラップを、両手でもってみせた。
その表情は、驚くほどの真顔だった。
「ミラ君、ゲットです」
七色は、誇らしげではない。
むしろ、使命を達成したかのように、静かに告げた。
綺亜は吹き出し、彼方は呆れたような、しかし嬉しそうな笑みを浮かべていた。
綺亜は、七色の手元のミラ君を覗き込みながら、
「すごい……ほんとに取っちゃうなんて。七色、なんだか別人みたいだったわよ」
と、ぽかんと口を開けて言った。
七色は、ようやく表情をゆるませて、
「そうでしょうか……?」
と、首を傾げた。
「いつも通り、冷静に状況を把握していただけなのですが」
そのいつも通りが二人にはとんでもない集中力に見えていたが、本人にとっては当たり前らしい。
彼方は、笑いながら、
「いや、完全にプロの動きだったよ。クレーンゲームにそんな奥深い戦略があるなんて、今日初めて知った」
と、言った。
七色は、少し照れたように視線を逸らし、
「母にも、よく言われます。『プロのお主に教えてやることなど、なにもないわ。シューティングでは負けないもんね……びえーん!』と」
「……それ、褒め言葉と負け惜しみのハイブリッドだと思うわよ?」
綺亜が、軽くツッコんでいた。
七色は、目をぱちくりとさせた。
「でも、ほら。他にもいろんな景品があるみたいよ?」
綺亜は、左右に視線を振って、別の筐体に歩み寄った。
やんわりと光る内部照明が、彼女の髪をほのかに青く染めて、まるで幻想的な色合いを帯びていた。
その筐体には、大小さまざまなぬいぐるみや、限定グッズが入っている。
人気アニメのキャラクターや、ゲーム機のマスコットらしいものまで混ざっていた。
「綺亜は、何か欲しいのがある?」
と、彼方が尋ねると、綺亜はしばらく真剣に見比べてから、
「これ……可愛くない?」
と、小さな黄色い鳥のぬいぐるみを指差した。
つぶらな瞳、ふんわりした羽毛。
やや不格好で、そこがまた愛らしい。
「これも、人気のシリーズですね。『ぽよ鳥』です」
「そうそう、それ。ネットで見たのよ。抱き心地がいいって評判で……。できれば、あれを、お持ち帰りしたいわね」
綺亜は、わくわくした様子で手を胸に当てた。
すると七色が、真剣な顔で、
「では、私が……」
「御月さんにやらせたら、勝負にならないだろ。綺亜がやりたいんじゃないの?」
と、彼方が、苦笑しながら言った。
「そ、そうだったわ! 私が挑戦するんだった!」
綺亜は、慌ててポーチから小銭入れを取り出し、百円玉をつまむ。
「七色、さっきの極意……ちょっとだけ教えてくれない?」
「もちろんです。ですが……」
七色は、筐体に近づいて、慎重に景品の配置を見る。
「……」
その眼差し、まさに職人である。
それから、真剣な声で続けた。
「まず。この鳥さんは、単体で掴むのは難しい配置になっています」
「そう、なの?」
七色は、こくりと頷いた。
「左の羽の下に、少し隙間があるでしょう?」
「え、ええ……」
「あそこをアームで押し込んで、転がすのが最適です。焦らずに、動きを見極めて下さい」
「転がす……! そんな高度なテクニックがあるなんて……」
綺亜は、感心したり不安になったり、忙しなく表情を変えた。
彼方は、見守る体勢に入りながら、
「まあ、気楽にやってみなよ。外れても楽しいし、当たれば最高だしね」
と、優しく言った。
「ええ、そうね……よし、やってみる!」
綺亜は、意を決して百円玉を投入した。
軽い電子音が鳴り、操作ボタンのライトが点滅する。
綺亜は、慎重に矢印ボタンを押していく。横へ、縦へ。
動きはぎこちないものの、その真剣さが、見ている二人にまで伝わってきた。
「よし……いけっ!」
アームが降りる。
二人が息を飲む。
アームは、ぽよ鳥の左側をかすめて、
「……動いた!」
かすかに揺れたぬいぐるみが、わずかに転がり、取り出し口に近づいた。
「いい調整です。次で取れる可能性が、一段と高くなりました」
七色が、まるでスポーツ解説者のように冷静に言う。
「これ……ちょっと楽しいかも!」
綺亜は、つい笑ってしまいながら、二枚目の百円玉を投入した。
「綺亜、頑張って」
彼方も、無意識に拳を握っている。
そして、二回目のチャレンジ。
綺亜は、七色の助言を思い出しながら、もう少しだけ右寄りにアームを移動させる。
アームが、降りる。
アームの先端が、ぽよ鳥の脇に潜り込んで、
「……!」
鳥が、ころん、と転がり、取り出し口の縁に、半分ひっかかった。
「惜しい!」
「あと少し……!」
綺亜は、思わず前のめりになった。
七色は淡々とした声で、
「次で、決まる可能性は充分あります」
と、静かに断言した。
その自信のある声に、綺亜も彼方もつられて頷いた。
綺亜は三枚目の百円玉を取り出し、手のひらでぎゅっと握りしめる。
「これで最後……!」
百円玉が投入され、ライトが点灯する。
「絶対、取る!」
綺亜の指先が震えながらも、迷いなくボタンを押す。
アームが、静かに降りていく。
三人の視線が、一点に集まる。
そして、
「……」
アームは、ぽよ鳥をしっかりと押し込み、鳥は、ころり、と前へ転がって、
「……」
ストン、と音を立てて、取り出し口に落ちた。
「やったああああっ!」
綺亜は、両手を上げて大喜びした。
彼方は、笑いながら、思わず彼女とハイタッチした。
七色は、満足そうに小さく頷くだけだったが、その頬にはかすかな紅が差していた。
「すごい、綺亜。初めてで取っちゃうなんて」
「七色の助言のおかげよ! ほんとにありがとう!」
綺亜は、取り出し口から拾い上げた“ぽよ鳥”を胸に抱きしめた。
「……ふふ。可愛い」
その姿を見て、彼方は穏やかな気持ちになった。
ゲームセンターの騒音さえ、この小さな喜びの背景音に感じられた。
「さて……次は、三階か四階のビデオゲームコーナーに行ってみますか?」
と、七色が、言った。
「行く行く! もう、全部見たい!」
綺亜が弾む声をあげる。
「佳苗さんにも、会えるかもしれないしね」
彼方の言葉に、七色も軽く頷いた。
そんな三人の足音が、明るい音楽の流れる階段に向かって歩き出した。
綺亜が、ふと立ち止まった。
「あ」
短い声だったが、妙に意味ありげだった。
彼方と七色が振り向くと、綺亜は、明るい照明に縁取られた一角を指差している。
「ねえ、あれ……プリクラじゃない?」
一階の奥、クレーンゲームコーナーの脇に、ずらりと並んだプリントシール機があった。
ピンクや水色を基調にした筐体には、笑顔のモデル写真や、デコレーションされた見本が貼られていて、どれもきらきらと眩しい。
「……あ、本当だ」
彼方は、少しだけ言葉を濁した。
プリクラ。
それは、記憶の中では、女子同士で撮るものか、カップルが照れながら撮るものという、どちらかに分類される存在だった。
七色は、筐体を一瞥してから、首を傾げる。
「プリントシール機、ですね。最近のものは、高画質化と、画像補正技術が……」
「七色、説明はいいから」
綺亜が、くすっと笑って遮った。
「撮りたい、って言ったら……変かしら?」
そう言って、綺亜は、少しだけ上目遣いで二人を見る。
冗談めかしてはいるが、その声音には、ほんのりと期待が混じっていた。
「変じゃない、けど……」
彼方は、頬を掻いた。
「三人で、っていうのは、あんまり経験ないな」
「だから、いいのよ」
綺亜は、即答した。
「今日の記念。ほら、ゲームセンター初体験だし、なご猫もぽよ鳥もいるし」
言いながら、彼女は、ミラ君のストラップと、ぽよ鳥を、それぞれ軽く掲げてみせる。
「思い出は、形に残した方がいいわ」
七色は、少し考えるように視線を落としてから、静かに頷いた。
「……記録、という観点からは、合理的だと思います」
「ほら、七色も賛成よ?」
綺亜が、勝ち誇ったように笑う。
「……じゃあ、撮るか」
彼方が観念したように言うと、綺亜は、ぱっと表情を輝かせた。
「決まりね!」
三人は、空いていた最新型らしきプリントシール機の前に立った。
筐体の画面には、
「3人以上でも撮影できます!」
という文字が、踊っている。
「……最近のは、三人対応なんだな」
「技術の進歩です」
七色が、真面目に補足する。
カーテンを閉め、中に入ると、想像以上に狭かった。
肩と肩の距離が、自然と近づく。
「ちょ、ちょっと……近いわね」
綺亜が、くすぐったそうに笑う。
「仕様上、最適な画角を確保するためには……」
「御月さん、そのあたりの理屈は……」
彼方が、苦笑しながら言った。
画面に、三人の姿が映る。
自動補正のせいで、やけに目が大きく、肌が明るい。
「……誰?」
彼方が、思わず呟く。
「彼方、別人みたい」
綺亜は、楽しそうに笑った。
「ですが、これはこれで……」
七色は、じっと画面を見つめている。
「七色、ちょっと笑った方がいいんじゃないか?」
「……笑顔、ですか?」
「そうそう。ほら、もう少し口角を」
綺亜が、七色の頬を、指でつん、と軽く押した。
「……っ」
七色は、驚いたように目を瞬かせてから、ほんのわずかに、困ったような笑みを浮かべた。
その瞬間。
『3、2、1……』
「え、ちょっ……」
シャッター音。
一枚目が、撮影された。
「ちょっと! 今の七色、可愛い!」
「……そ、そうでしょうか」
七色は、少し頬を赤らめて視線を逸らす。
「次は、ポーズを選んでください」
画面に、ハートやピース、寄り添いポーズのアイコンが表示された。
「……これ」
綺亜が、迷いなく、密着ハートのアイコンを選ぶ。
「き、綺亜?」
「大丈夫、大丈夫。ほら、時間ないわよ」
言うが早いか、綺亜は、彼方の腕に、自然に絡んだ。
「……っ?」
彼方の体が、一瞬、強張る。
反対側では、七色が、どうしていいかわからない様子で立ち尽くしていた。
「七色も、こっち」
綺亜は、七色の袖を、くいっと引く。
「三人なんだから、平等よ?」
「……はい」
七色は、観念したように一歩近づき、結果として、三人は、ぎゅっと肩を寄せ合う形になった。
彼方の心臓が、やけにうるさい。
『3、2、1……』
二枚目、三枚目と、連続でシャッターが切られる。
最後の一枚では、綺亜が、悪戯っぽく微笑んで、
「彼方、もっと笑って」
「……無茶言うな」
そう言いつつも、彼方は、苦笑混じりに口元を緩めた。
七色は、その様子を横目で見て、ほんの少しだけ、柔らかい表情になっていた。
撮影が終わり、画面には、完成イメージが並ぶ。
「……」
綺亜は、しばらく無言で見つめてから、満足そうに頷いた。
「いいじゃない。三人で、ちゃんと楽しそう」
「……思っていたより、悪くないな」
彼方が、素直に言う。
「はい。これは……良い記録です」
七色も、静かに同意した。
プリントアウトされたシールを受け取ると、綺亜は、一枚を大切そうに指でなぞった。
「一枚ずつ、分けましょ」
「いいの?」
「当然よ。今日の共犯者なんだから」
彼女は、にっこり笑って、二人にシールを差し出した。
その笑顔に、彼方は、胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じていた。
こうして残るものがある、というのは、案外、悪くない。
「……さて」
七色が、いつもの調子に戻って言った。
「次は、上の階に行きましょうか」
「ええ。まだまだ、遊び足りないもの」
三人は、プリクラ機を後にして、再び、賑やかなフロアを歩き出した。
それぞれのポケットや鞄の中には、同じ小さなシールが、そっと収められていた。





