表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/109

第8話 駆け引きの祭典 6

 複合商業施設から、十分ほど歩いたところに、ゲームセンターは、あった。


 大通りに面した、四階建てのビルで、全てのフロアが、ゲームセンターのようである。


 一階は、クレーンゲームや、プリントシール機のコーナーで、二階は、音楽ゲームのコーナーと、案内板に、かかれている。


 三階と四階は、ビデオゲームのコーナーで、三階が、比較的新しいものを、四階が、古いもの、いわゆるレトロゲームを、それぞれ、取り扱っているようである。


「佳苗さんは、もう用事は、済んだのかな?」


 と、何とはなしに言った、彼方に、七色が、


「ビデオゲームコーナーでしょうし、母の凝り性からすると、まだいるかもしれません」


 と、言った。


 学生と思われる、若いグループが、目立つが、土曜日ということもあるのだろう、家族連れも、結構、来ているようである。


「すごいわ」


 と、綺亜は、感嘆の声を、あげた。


「テレビとかネットでしか見たことがなかったから、とっても新鮮」


 子供が、新しい玩具を手にした時のように、目を輝かせている、綺亜を見て、彼方は、笑って、


「楽しんでもらえたなら、良かったよ」


 と、言った。


 綺亜は、人差し指を、左右に振って、


「楽しむのは、これからよ。まずは、あれを、やってみたいわ」


 と、指し示したのは、クレーンゲームの筐体である。 


「それならば、私に、任せて下さい」


 と、声をあげたのは、七色だった。


「クレーンゲームには、一家言を、もっています」


 透き通るような、七色の声は、堂々としていた。


 綺亜は、意外そうに、目を丸くした。


「七色、こういうの、得意なんだ?」


 と、綺亜は、聞いた。


 七色は、自身の携帯を、取り出して、ストラップを、綺亜と彼方に、見せた。


「この『なご猫』のストラップは、ゲームセンター限定バージョンなんです。この子と、巡り合うために、結構、投資をしました」


「……さらっと、投資とか言ったけど、ガチ勢、っていうこと?」


 と、綺亜が、言った。


「その理解で、合っていると、思います。最近、新しいゲームセンター限定バージョンが、リリースされたはずです。それで、クレーンゲームのやり方を、伝授します」


 と、言った、七色は、歩き出していた。


 七色の、人が変わったような、気配に、圧されるように、綺亜と彼方は、後に、付いていった。


 三人が、立ち止まったのは、青色のクレームゲームの筐体の前である。


 筐体の中には、七色と彼方が、商店街に買い出しに行った時に寄った、ファンシーショップに陳列されていた、猫のぬいぐるみのストラップが、所狭しと、並べられていた。


「『なご猫』が、いっぱいねえ」


 と、綺亜が、言った。


「『なご猫』、わかりますか?」


 と、七色が、聞いた。


「そりゃあまあ、人気シリーズですもの。私の自室にも、ぬいぐるみが、いくつか、あるわよ」


 と、綺亜は、答えた。


「今回のお目当ては、あのソラ君ストラップです」


 と、言った、七色は、彼方に、向き直った。


「『なご猫』、覚えていますか?」


 七色に、不意に聞かれたので、彼方は、記憶の糸を探りながら、


「……ええと。イタリアのデザイナーの重鎮、グレゴリア・ルースと、日本の新進気鋭のイラストレーター、加納貞光(かのうさだみつ)との、コラボレーション作品……だったっけ?」


 と、言った。


「……記憶力には、感嘆しますが、それは、好峰さんの冗談だったと、思います」


 七色のツッコミに、彼方は、


「そう、だったね」


 と、苦笑した。


「和んでいる猫、省略して、『なご猫』です」


 と、七色は、生真面目な顔をして、彼方に、言った。


「和んでいるねえ」


 言われてみれば、確かに、そんな感じのする造形ではあった。


「ほわほわしている感じが、するじゃないですか」


 と、言った、七色の声には、熱がこもっていた。


「癒されるわよね」


 と、綺亜は、微笑んだ。


「前に、朝川さんに、『なご猫』について、お話しをしたのです」


 と、七色が、言った。


「なるほど。彼方、あまり、覚えてないんだ。それは、大きな減点要素ね」


 と、綺亜は、からかうように、言った。


「や。面目ない」


 と、彼方は、素直に、言った。


「こっちが、リリー君、そちらが、ミレイちゃん、あちらが、リリー君で……」


 と、七色が、筐体の中のストラップを、指さしながら、彼方に、説明した。


「やっぱり、随分と、種類があるんだね。道理で、色違いのものが、多いわけだ」


 と、彼方が、言った。


「色違いではなくて、別のキャラです。良く見て下さい。顔が、全然違います」


 普段の七色からは、想像つかない、熱弁ぶりだった。


「中でも、一番可愛いのは、このソラ君です」


 と、七色が、指さしたのは、手前に並んでいる、クリーム色の猫のぬいぐるみのストラップだった。


 七色は、百円玉を、三枚、硬貨投入口に、並べた。


「一回、百円じゃないの?」


 と、綺亜が、言った。


「一回、百円です。この枚数には、意味が、あります。それについては、後で、説明します。まず……」


 と、七色が、言って、


「お金を、投入した後は、たった二回の、真剣勝負に、なります。すなわち、この筐体に配置された、縦と横の矢印ボタンを、一回ずつ押して、後は、位置が定まった、アームが、下がります」


 と、続けて、


「そして。目標のものを、アームが、捉えられるかどうかの、勝負になります」


 と、締めくくった。


 綺亜は、七色の、緊迫した声音に、大きく、頷いた。


(こんなふうに、こだわるところは、とことんこだわるのは、佳苗さん譲りなのかもなあ)


 と、彼方は、思った。


「勝負です」


 と、七色が、言った。


 矢印ボタンが押される音が、二回、響いた。


 やがて、アームが、下がりはじめて、目標のぬいぐるみのストラップの紐を、掴もうとしたものの、掠めただけだった。


 綺亜が、あっと声をあげたが、七色は、動じなかった。


「問題ありません。私が、はじめから、百円玉を、三枚用意したのは、三回で、勝負を決するという、意思表示に、他なりません」


 と、七色は、はっきりと、言った。


 七色は、二枚目の百円玉を、投入した。


「ここで、勝利を、不動のものにします」


 アームは、目当てのストラップの紐を掠め、ストラップの位置が、少し、変わった。


「これで、微調整が、完了しました。そして、これが、最後の勝負、です」


 と、言った、七色の手によって、三枚目の、百円玉が、投入された。


 クレーンゲームの筐体の矢印ボタンが、二回、ゆっくりと押されて、アームが、下りていって、


「……あっ!」


 と、綺亜が、小さく、叫んだ。


 アームは、ストラップの紐を、しっかりと、掴んでいた。


 七色は、筐体から、出てきた、ストラップを、両手でもってみせた。


「ソラ君、ゲットです」


 と、七色が、真顔で、言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ