第8話 駆け引きの祭典 6
複合商業施設から、十分ほど歩いたところに、ゲームセンターは、あった。
大通りに面した、四階建てのビルで、全てのフロアが、ゲームセンターのようである。
一階は、クレーンゲームや、プリントシール機のコーナーで、二階は、音楽ゲームのコーナーと、案内板に、かかれている。
三階と四階は、ビデオゲームのコーナーで、三階が、比較的新しいものを、四階が、古いもの、いわゆるレトロゲームを、それぞれ、取り扱っているようである。
「佳苗さんは、もう用事は、済んだのかな?」
と、何とはなしに言った、彼方に、七色が、
「ビデオゲームコーナーでしょうし、母の凝り性からすると、まだいるかもしれません」
と、言った。
学生と思われる、若いグループが、目立つが、土曜日ということもあるのだろう、家族連れも、結構、来ているようである。
「すごいわ」
と、綺亜は、感嘆の声を、あげた。
「テレビとかネットでしか見たことがなかったから、とっても新鮮」
子供が、新しい玩具を手にした時のように、目を輝かせている、綺亜を見て、彼方は、笑って、
「楽しんでもらえたなら、良かったよ」
と、言った。
綺亜は、人差し指を、左右に振って、
「楽しむのは、これからよ。まずは、あれを、やってみたいわ」
と、指し示したのは、クレーンゲームの筐体である。
「それならば、私に、任せて下さい」
と、声をあげたのは、七色だった。
「クレーンゲームには、一家言を、もっています」
透き通るような、七色の声は、堂々としていた。
綺亜は、意外そうに、目を丸くした。
「七色、こういうの、得意なんだ?」
と、綺亜は、聞いた。
七色は、自身の携帯を、取り出して、ストラップを、綺亜と彼方に、見せた。
「この『なご猫』のストラップは、ゲームセンター限定バージョンなんです。この子と、巡り合うために、結構、投資をしました」
「……さらっと、投資とか言ったけど、ガチ勢、っていうこと?」
と、綺亜が、言った。
「その理解で、合っていると、思います。最近、新しいゲームセンター限定バージョンが、リリースされたはずです。それで、クレーンゲームのやり方を、伝授します」
と、言った、七色は、歩き出していた。
七色の、人が変わったような、気配に、圧されるように、綺亜と彼方は、後に、付いていった。
三人が、立ち止まったのは、青色のクレームゲームの筐体の前である。
筐体の中には、七色と彼方が、商店街に買い出しに行った時に寄った、ファンシーショップに陳列されていた、猫のぬいぐるみのストラップが、所狭しと、並べられていた。
「『なご猫』が、いっぱいねえ」
と、綺亜が、言った。
「『なご猫』、わかりますか?」
と、七色が、聞いた。
「そりゃあまあ、人気シリーズですもの。私の自室にも、ぬいぐるみが、いくつか、あるわよ」
と、綺亜は、答えた。
「今回のお目当ては、あのソラ君ストラップです」
と、言った、七色は、彼方に、向き直った。
「『なご猫』、覚えていますか?」
七色に、不意に聞かれたので、彼方は、記憶の糸を探りながら、
「……ええと。イタリアのデザイナーの重鎮、グレゴリア・ルースと、日本の新進気鋭のイラストレーター、加納貞光との、コラボレーション作品……だったっけ?」
と、言った。
「……記憶力には、感嘆しますが、それは、好峰さんの冗談だったと、思います」
七色のツッコミに、彼方は、
「そう、だったね」
と、苦笑した。
「和んでいる猫、省略して、『なご猫』です」
と、七色は、生真面目な顔をして、彼方に、言った。
「和んでいるねえ」
言われてみれば、確かに、そんな感じのする造形ではあった。
「ほわほわしている感じが、するじゃないですか」
と、言った、七色の声には、熱がこもっていた。
「癒されるわよね」
と、綺亜は、微笑んだ。
「前に、朝川さんに、『なご猫』について、お話しをしたのです」
と、七色が、言った。
「なるほど。彼方、あまり、覚えてないんだ。それは、大きな減点要素ね」
と、綺亜は、からかうように、言った。
「や。面目ない」
と、彼方は、素直に、言った。
「こっちが、リリー君、そちらが、ミレイちゃん、あちらが、リリー君で……」
と、七色が、筐体の中のストラップを、指さしながら、彼方に、説明した。
「やっぱり、随分と、種類があるんだね。道理で、色違いのものが、多いわけだ」
と、彼方が、言った。
「色違いではなくて、別のキャラです。良く見て下さい。顔が、全然違います」
普段の七色からは、想像つかない、熱弁ぶりだった。
「中でも、一番可愛いのは、このソラ君です」
と、七色が、指さしたのは、手前に並んでいる、クリーム色の猫のぬいぐるみのストラップだった。
七色は、百円玉を、三枚、硬貨投入口に、並べた。
「一回、百円じゃないの?」
と、綺亜が、言った。
「一回、百円です。この枚数には、意味が、あります。それについては、後で、説明します。まず……」
と、七色が、言って、
「お金を、投入した後は、たった二回の、真剣勝負に、なります。すなわち、この筐体に配置された、縦と横の矢印ボタンを、一回ずつ押して、後は、位置が定まった、アームが、下がります」
と、続けて、
「そして。目標のものを、アームが、捉えられるかどうかの、勝負になります」
と、締めくくった。
綺亜は、七色の、緊迫した声音に、大きく、頷いた。
(こんなふうに、こだわるところは、とことんこだわるのは、佳苗さん譲りなのかもなあ)
と、彼方は、思った。
「勝負です」
と、七色が、言った。
矢印ボタンが押される音が、二回、響いた。
やがて、アームが、下がりはじめて、目標のぬいぐるみのストラップの紐を、掴もうとしたものの、掠めただけだった。
綺亜が、あっと声をあげたが、七色は、動じなかった。
「問題ありません。私が、はじめから、百円玉を、三枚用意したのは、三回で、勝負を決するという、意思表示に、他なりません」
と、七色は、はっきりと、言った。
七色は、二枚目の百円玉を、投入した。
「ここで、勝利を、不動のものにします」
アームは、目当てのストラップの紐を掠め、ストラップの位置が、少し、変わった。
「これで、微調整が、完了しました。そして、これが、最後の勝負、です」
と、言った、七色の手によって、三枚目の、百円玉が、投入された。
クレーンゲームの筐体の矢印ボタンが、二回、ゆっくりと押されて、アームが、下りていって、
「……あっ!」
と、綺亜が、小さく、叫んだ。
アームは、ストラップの紐を、しっかりと、掴んでいた。
七色は、筐体から、出てきた、ストラップを、両手でもってみせた。
「ソラ君、ゲットです」
と、七色が、真顔で、言った。




