第8話 駆け引きの祭典 5
七色と綺亜と彼方は、イベント会場の外の、広場のベンチに、座っていた。
港の風が、心地よく吹いていた。
「杏朱さんは、用事が、あるということで、帰られました」
と、綺亜と彼方に合流した、七色が、言った。
「服、大丈夫なの?」
と、彼方が、聞くと、綺亜は、
「全然平気よ。染みにも、ならなさそうだし」
と、返した。
「そう。なら、良かった」
と、彼方は、微笑んだ。
(……そうやって、すぐ、笑顔の安売りをするから、紛らわしいし、迷っちゃうのよ……)
と、綺亜は、思った。
「どうかしたの、綺亜?」
「別に。何でもないわ」
七色は、綺亜を見て、
「杏朱さんに、伝言を、頼まれました」
と、言った。
杏朱の冗談好きな顔が、綺亜の脳裏に、浮かんだ。
綺亜は、目を細めて、
「杏朱からの伝言……あまり、嬉しくなるようなものではないような予感が、するわね」
と、言った。
そのまま伝えます、と、七色が、言った。
「『きまぐれな、黒猫への報酬については、スペシャルパンケーキセットで、手を打つわ』とのことです。これで、わかりますか?」
と、七色が、事務的に、聞いた。
「十分わかるわ……やっぱり、ろくでもなかったわ」
と、言った、綺亜は、呆れたように、ため息をついた。
スイーツと交換できるチケットは、各人、二枚ずつ持っていたが、すでに使い切っていたので、三品目のイチゴの盛り合わせは、現金購入である。
小粒のイチゴを、一個食べた、七色は、顔をほころばせた。
うん、と、小さく、頷いた、七色は、
「こうやって、シンプルに、イチゴの味を、楽しむのも、良いですね」
と、言った。
「そうね。純粋な、イチゴそのものの味を、楽しめるわね」
と、綺亜も、イチゴを、食べながら、七色に、同意するように、言った。
広場の時計の針は、午後三時を、回っていた。
三人とも、昼食はとっていなかったが、スイーツを食べているので、空腹にはならなかった。
「そう言えば、さっき、佳苗さんに、会ったよ」
と、彼方が、言った。
「母にですか?」
と、七色が、聞いた。
「うん。バイトの仕事が、終わったから、近くのゲームセンターに行ってみると、言っていたかな」
「……ゲームセンター」
と、綺亜は、呟くように、言った。
綺亜の呟きには、期待と不安が、入り混じっていた。
どうしたの、と、彼方に聞かれた、綺亜は、少し、恥ずかしそうに、笑った。
「私、実は、ゲームセンターに行ったことが、なくて」
と、綺亜が、言った。
「行ってみましょう」
と、言ったのは、七色だった。
七色のはっきりとした口調に、綺亜は、
「いつになく、乗り気ね?」
と、意外そうに、聞いた。
「目的が、あります」
と、言いながら、七色は、ベレー帽を、被りなおした。




