第8話 駆け引きの祭典 4
彼方が、綺亜を見送ってから、しばらくすると、佳苗が、やって来た。
「ここに、いたんだね」
と、佳苗が、にっこりとして、言った。
彼方は、佳苗に、
「お疲れ様です。休憩時間ですか?」
と、聞いた。
「ううん。私のバイトは、これにて、終了」
そう言った、佳苗は、ブイサインをした。
「佳苗さんも、クレープですか?」
と、彼方が、言った。
佳苗は、クレープを、食べていた。
「まかないというか、お礼に、もらったの。やっぱり、ここのクレープ、美味しいよねえ。ほっぺた、落ちそう」
佳苗は、クレープを、口に頬張ったまま、満面の笑みを、浮かべた。
「やー。やっと、お仕事、あがったよー」
と、気持ちよさそうに言った、佳苗の顔は、火照っていた。
「暑いから、風を浴びて、クールダウンしないとね」
と、佳苗は、言った。
彼方は、頷いて、
「確かに、イベント会場は、人の熱気もあって、とても暑かったですからね。それに、あのクレープの販売ブースのレジだと、調理している、すぐ横ですし、更に、暑そうです」
佳苗は、うんうんと、首肯して、
「一番大変なのは、クレープを作っている子達だったと、思うけどね。私は、レジ打ちしているだけだったし」
と、付け加えた。
「佳苗さんのレジ打ちも、さまになっていましたよ」
と、彼方が、言った。
「そう?」
「はい。妙に、お店の制服も、似合っていましたしね」
「妙、っていう言葉が入ると、褒めてくれているんだか、馬鹿にされているんだか、微妙なラインだよね?」
と、佳苗は、目を細めて、聞いた。
彼方は、微笑んで、
「勿論、褒めていますよ」
と、言った。
佳苗は、まじまじと、彼方を眺めた後、しばらく黙ってから、ため息をついた。
そんな佳苗の態度を見て、彼方は、
「どうかしたんですか?」
「臆面もなく、そうやって、私のこと、褒めてくれるんだ?」
「や。だって、佳苗さんですから」
佳苗は、呆れたように、頭を左右に振った。
「まあ、あの制服が似合ってるのは、自信あったけどね」
佳苗は、まじまじと、彼方を、見た。
「な、何でしょう?」
「その大胆さとか軽妙さとか気軽さとかを、私になんかじゃなくて、他の場面で、使ってくれれば良いのになあ、って、そう思ったの」
と、佳苗は、言った。
「ええと……」
彼方は、佳苗の言葉の意味が、読み取れずに、言い淀んだ。
そんなに難しい話じゃないよ、と、佳苗が、言った。
「身近な女の子に、それを、言ってあげれば、良いんだよ」
なおも、不承不承な面持ちの彼方を見た、佳苗は、
「多分だけど、彼方君は、今、少なくとも、二人の女の子に、好意を、向けられていると、思うんだけれども、それは、わかってる……よね?」
と、聞いた。
「……」
言い淀んでいる、彼方を、じと目で見た、佳苗は、
「その言い方だと、全く、ダメみたいだね。ラノベ御用達の鈍感系主人公を地で行くような、ダメっぷり」
と、言って、
「でも、そこが、彼方君らしいと言えば、らしいのかな」
と、困ったように、笑った。
「でも、せめて、早めに気付いてあげないと、本当に……」
と、佳苗は、言葉を切った。
次の瞬間、彼方の目の前まで近づいた、佳苗は、ウインクして、
「ダメだぞ」
と、囁くように、言った。
「は……い」
としか、彼方は、言うことが、できなかった。
「じゃあ、私は、そろそろ行くね。この商業施設の近くのゲームセンターに、プレミア付きのレトロシューティングが、絶賛稼働中!っていうネットの情報を見たから、突撃してくるよ」
と、佳苗が、言った。
「仕事あがりで、大丈夫なんですか?」
「平気平気。このバイタリティこそが、私の売りだからねー」
佳苗は、手を大きく振って、小走りに、去っていった。




