第8話 駆け引きの祭典 3
「今、杏朱から、連絡が、あったわ。杏朱と七色、まだ、時間がかかりそうだから、私たちも、どこかのスイーツを、食べていてって」
と、綺亜は、携帯の画面を覗き込みながら、言った。
「そうなんだ。プリンアラモード、人気あるんだね」
と、彼方が、言った。
「私たちも、クレープを、食べ終わったし、次のスイーツに、いきましょう。パンフレットを見たら、この会場の外に、港に面した、大きな広場が、あるらしいの。そこで、ゆっくり食べない?」
と、綺亜は、提案した。
「良いよ」
「じゃあ、決まり」
綺亜が、はにかんだ。
綺亜と彼方は、イチゴのショートケーキを、購入した。
大ぶりのイチゴと、ホイップを、贅沢に使っている感じが、美味しそうである。
ショートケーキがのった、紙製の皿を、両手で持った、綺亜は、
「それにしても、この熱気にあてられたのか、喉が渇いたわ」
と、言った。
「じゃあ、そこの自販機で、何か飲み物を、買ってから、広場に、行こうか」
「そうしましょう」
二人は、イチゴ色の自動販売機の前まで来ると、愕然とした。
「……お茶類が、まるで、ないわ」
と、綺亜が、呻くように、言った。
「……イチゴ味のコーラ、イチゴ味のサイダー、イチゴジュース、イチゴ牛乳……種類は、豊富だけれども」
と、言った、彼方の言葉に、続けるように、綺亜は、
「潔すぎるまでに、イチゴオンリーね……攻めているわね、このイベント」
彼方は、財布を、取り出して、
「イチゴ風味の水とか、あったら、良かったね。僕は、イチゴ味のサイダーに、しようかな。綺亜は?」
と、言った。
「じゃあ、私も、同じの」
「わかった」
彼方は、買った、二本のサイダーのペットボトルを手にすると、
「行こう」
と、笑顔で、綺亜を、促した。
「……」
「……綺亜?」
と、彼方が、聞いた。
「何でもない」
と、綺亜が、笑って、返した。
(黒猫の気まぐれになんか、頼らないんだから……)
と、綺亜は、自身に言い聞かせながら、彼方の横に、並んだ。
会場の外の広場は、会場内と比べて、人影も、まばらだった。
「良い風だね」
と、彼方が、言った。
港の風は、遮るものがない、広場では、とても心地よかった。
二人は、ベンチに、腰かけた。
「ねえ、彼方……」
さりげない綺亜の声には、不安と熱が、こもっていた。
「二人っきりね」
「そうだね」
綺亜の左側に座っている、彼方の肩が、綺亜に、触れた。
「べ、別に、変な意味は、ないんだからね!今は、七色と杏朱がいなくてって……そういう意味」
と、綺亜は、慌てて、言った。
彼方は、苦笑して、
「わかっているよ」
と、言った。
「……あのね、彼方」
意を決したような、綺亜の顔が、彼方の視界の中で、唐突に、ぼやけた。
(……え……)
と、彼方は、既視感を、覚えた。
捉えようのない感覚に、彼方は、
(……僕は、何を……?)
彼方の目の前に、風景が、拡がった。
おぼろげな輪郭は、とてもリアルだった。
天を貫く垂直にそびえる巨大な針が、見えた。
針と交差する線が、もやにかかりながら、見えた。
もやは、揺れる光のカーテンであり、様々な色をたたえたオーロラのようだった。
オーロラに囲まれた、針を携える建造物が、あった。
(……この形は……天秤……?)
人影が、見えた。
それが、少女であると、彼方には、わかっていた。
少女の桜色の髪と、白い百合を思わせる髪飾りが、揺れていた。
淡い装束に身を包んだ、少女の肌は、雪のように、真っ白に透き通っていて、美しかった。
少女は、憂いを湛えた瞳を閉じて、両手を組んで、祈った。
少女の祈りの前に、そびえたつ巨大な天秤の針が、僅かに、動いた。
少女の小さな唇が、動いて、言葉が、紡がれた。
「世界に、星々の審判を」
それが、少女の、言葉だった。
「この世界が、かく成るための理を祈る……それが、巫女の務めです」
再び、視界は、黄金色から白色に染まっていき、何も、見えなくなった。
(……眩しい……)
と、彼方は、思った。
「……彼方?」
綺亜の呼びかけに、彼方は、我に返った。
「ああ、ごめん。少し、ぼうっとしていた。どうしたの?」
と、彼方は、言った。
「……もう良い。何でもないわ」
と、綺亜が、そっけなく、言った。
「御月さんたち、まだ、時間が、かかるのかな」
彼方が何の気もなく言った一言に、綺亜の肩が、震えた。
「ここには、私達しか、いないの」
と、綺亜は、静かに、言った。
いつもの調子と違う、綺亜の言葉に、彼方の胸が、ざわついた。
(何だろう、これ……?)
彼方は、自身の胸中にうずまく、感情のざわめきが何なのか、わからなかった。
彼方が、黙ってしまったのを見て、綺亜は、急に声を高くして、
「ごめんなさい。変なこと、言っちゃって……」
と、言ったが、その拍子に、手にしていた、プラスチック製のスプーンが、風にのって、それを掴もうとして、大きく、バランスを、崩した。
彼方は、咄嗟に、綺亜の両手を掴まえる形で、綺亜の身体を、支えた。
幸い、綺亜は、倒れずにすんだし、手にしていたケーキも、少し傾く程度で、すんだ。
「……大丈夫?」
と、彼方が、言った。
ケーキのクリームが、少し、綺亜の服に、付いてしまっていた。
「……少し、服が、汚れたわ」
と、言った、綺亜は、俯いた。
「すぐにだったら、染みにならないと思うから。ちょっと……行ってくるわね」
綺亜は、彼方と、目を合わさずに、そのまま、歩いていった。




