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第8話 駆け引きの祭典 2

「あらっ」


 と、驚いたような声が、した。


 彼方たちが、気付いて、顔をあげると、そこには、見知った顔が、あった。


 彼方達と同じ葉坂学園に通う、好峰杏朱(このみねあんしゅ)だった。


 腰までかかる長い艶やかな黒髪と、聡明さを物語る切れ長の黒い瞳が、印象深い美少女である。


 綺亜は、クレープを持ったまま、静止していた。


 七色は、静かに、ぺこりと頭を下げて、クレープの最後の一口を、食べた。


 杏朱は、黒いゴシック調の服を、着ていて、黒のロングスカートに施された、赤いフリルが、差し色になって、良く、似合っていた。


「あなたたちも、来ていたのね。驚いたわ」


 と、杏朱が、言った。


「僕も、驚いたよ。偶然って、あるものだね」


「そうね。偶然、って、怖いものね」


 と、杏朱は、言って、綺亜を、ちらりと見た。


「……ぅ」


 綺亜は、気まずそうに、唇を噛んで、黙っていた。


「美味しそうね、そのイチゴのクレープ。行列の長さから推すに、このイベントの人気スイーツに、間違いなさそうね」


 と、言った、杏朱は、彼方のクレープを、断ることなしに、一口、食べた。


 驚いて赤面したのは、綺亜だった。


「ちょ……!あなた、何そんな羨ましいことやっている……ううん、何やってるのよ!」


 と、綺亜は、一部を言い直しながら、言った。


「羨ましい……何が、ですか?」


 と、七色が、不思議そうに、小首を傾げたのを、半ば呆れるように見た綺亜は、


「……ごめんなさい。何でもない」


 と、言った。


 杏朱は、目を閉じて、満足そうに、ため息をついて、


「このイチゴのフレッシュな酸味と甘さと、口どけなめらかな生クリームが、得も言われぬ、絶妙なハーモニーを、奏でているわ」


 と、言った。


「人のものを食べる時は、断りを入れてほしいな」


 と、彼方は、苦笑しながら、言った。


「朝川君。あなたのクレープ、少し、いただいても、良いかしら?」


「や。食べてから、言われても……」


「断りを入れれば、問題ないのでしょう?」


 杏朱の、微笑みに、彼方は、もういいよ、と、肩をすくめた。


 このままだと、杏朱の冗談に、さらに付き合わされそうな雰囲気だったからである。


 彼方は、ペットボトルの水を、一口、飲んで、


「それにしても、まさか、こんなところで、会うなんて」


 と、言った。


「そうね。偶然のいたずらも、良いところだわ。ねえ、倉嶋さん?」


 と、杏朱は、微笑みながら、綺亜に、話しかけた。


「……ちょっと、好峰さん。良いかしら?」


 と、言った、綺亜は、いきなり、杏朱の手を、引っ張った。


 杏朱と綺亜の顔が、近くなった。


 綺亜は、小さな声だが、怒気をはらませた声で、


「どういうことよ?」


 と、杏朱に、言った。


「占い師さんが、言っていたのでしょう。黒猫が、貴女を導いてくれるでしょう、って」


 と、杏朱は、綺亜のすごんだ顔を、ものともせずに、受け流すように、返した。


「それに、このイベントに来たの、偶然じゃないでしょう?」


「ええ、偶然ではないわ。あなたたちが、このイベントに遊びに行くと聞いたから、面白そうで、来てしまったのよ」


 と、杏朱が、言った。


「はっきり言うわね」


 と、綺亜は、呆れたように、ため息をついた。


「私は、回りくどい物言いは、好きではないの」


 と、杏朱は、言った。


「……それで。あなたが、黒猫だって、言いたいの?」


「気まぐれな、いたずら好きな、黒猫よ」


 と、杏朱が、言った。


 杏朱は、ピンク色の基調の、可愛らしい感じの、パンフレットを、開いた。


 ストロベリー・スイーツ・ストリートに出店している、三十店舗のスイーツが、写真付きで、掲載されている。


 老舗から、最近できたばかりの店まで、多様であるから、スイーツも、色々なものが、揃っている。


 例えば、老舗のBのブースで、販売されているのは、イチゴ大福である。


「この大福の、このサイズ感、初めて見るわ」


 と、杏朱が、興味津々な様子で、言った。


 大きなサイズが、とにかく、目を見張る一品で、大粒のとちおとめを、丸ごと使っているらしかった。


 パンフレットによると、イチゴの甘みを引き立たせる、甘さが抑えられた餡と、弾力に富んだ餅が、相性抜群とのことである。


 最近テレビで、良く紹介される、都内の洋菓子屋は、今回のイベントでは、イチゴのプリンを、販売している。


「こちらのイチゴのプリンも、前評判では、このストロベリー・スイーツ・ストリートのダークホースと、言われています」


 と、七色が、パンフレットのプリンの写真を、指しながら、言った。


 イチゴの酸味と、バニラの香りと、卵をふんだんに用いたプリンとの、相性が抜群の一品のようである。


 プリンアラモードを扱っている別の販売ブースも、ある。


「ケーキも、鉄板ね」


 と、杏朱が、言った。


 とちおとめのショートケーキは、中堅の洋菓子チェーンのDのブースで、販売されている。 


 甘くて大粒のとちおとめと、ふわふわのスポンジ生地と、北海道産の生クリームが、売りのようだ。


 イチゴのミルフィーユも、美味しそうである。


「目移りしてしまうわね」


 と、杏朱が、言った。


「はい。どれも、美味しそうですから」


 と、七色が、淡々と、言った。


 杏朱は、七色を見て、


「御月さんは、何が、特に気になっているのかしら?」


 と、聞いた。


 七色は、迷わずに、プリンアラモードを、指さした。


 杏朱は、目を輝かせて、両手を合わせた。


「あら。私も、気になっていたのよ。プリンアラモード。この可愛さには、とても惹かれるの」


「そうですか」


「良かったら、一緒に、行きましょう」


 と、言いながら、杏朱は、七色の手を、握っていた。


「御月さんと一緒に、プリンアラモードを、食べてくるわね」


「ちょ……」


 綺亜が、言いかけたのを、杏朱は、


「貴女と朝川君は、まだクレープを食べている途中でしょう。先に、行くわ。また、後で、合流しましょう」


 と、制した。


 去り際に、杏朱は、綺亜にだけ、聞こえるように、


「黒猫の気まぐれは、気まぐれなだけに、一度だけよ。うまくやりなさい」


 と、言った。


「だから、そんなこと、頼んでいない……」


「そうね。だから、これは、単なるお節介よ、きっと」


 と、杏朱は、綺亜に、耳打ちした。


 綺亜が、言い終わる前に、杏朱と七色は、プリンアラモードの販売ブースに、向かっていた。


(彼方と……二人っきりに、なっちゃった……)


 綺亜は、自身の頬が、熱くなっているのが、わかった。


(まったく。振り回してくれるんだから)


 と、綺亜は、内心、嘆息した。


 隣には、彼方が、いる。


 綺亜は、自身の胸の鼓動が、早くなっているのを、感じた。







「こっちも、大分、並びそうね。先頭が、見えないわ」


 と、プリンアラモードの販売ブースの行列に、並んでいる、杏朱が、言った。


「はい」


 と、七色が、言った。


 杏朱は、七色を見て、


「葉坂学園が誇る、高嶺の花、か」


 と、言った。


 七色は、事務的な調子で、


「そう言われるのは、好きではありません」


 と、返した。


「そう?高嶺の花……摘むことのできない、美しい花。その言葉が指し示す通りの、綺麗に整った顔立ちと、光を織り込んだような、肩までの艶やかな髪……まるで、お人形さんみたい」


「……」


「ごめんなさい。不躾で、無神経な、話題だったわね」


 と、杏朱は、素直に、謝った。


 好峰さん、と、七色が、向き直って、言った。


「何か、話が、あるのではないですか?」


 七色の無表情な瞳と、的を射た、直言に、杏朱は、困ったように、笑った。


「素直なのね。素敵だと思うわ。それに、あなたの質問に対する答えは、イエスよ」


 と、杏朱が、言った。


「一度、御月さんとは、ゆっくり、話をしてみたかったの」


「私と、ですか?」


 と、七色が、言った。


「朝川君のこと、どう思っている?」


 杏朱の、不意打ちの質問に、七色の顔が、少し、強張った。


「……答えなければなりませんか?」


「べつに、嫌ならば、無理はしなくてもいいわ。でも、質問に質問で返すのは、その質問を避けていると、公言しているのと、同じよ?」


 杏朱は、言葉を切って、七色の言葉を、待った。


 七色は、俯きながら、


「……わかりません」


 とだけ、言った。


「それが、今のあなたの答えなら、それは、それで、良いと思うわ」


 杏朱は、それ以上、追求しなかった。


 七色は、不思議な感覚に、とらわれていた。


 全てを見透かされているような、そんな気にさせてしまう黒い瞳に、吸い込まれそうになると、七色は、思った。


「あなたたちの関係は、恋愛小説風に言えば、一人の男の子と、二人の女の子とが、織りなす、三角関係。でも、私を含めれば、四角関係かしら?なかなかに、複雑ね」


 と、杏朱は、天井を眺めながら、言った。


「好峰さんは、朝川さんのこと……」


「嫌いじゃないわ」


 杏朱の返事は、速かった。


 それが、杏朱の心情を、物語っているように、七色には、思えた。


「恋愛は、誰かが幸せになる代わりに、誰かが傷つくように、できていると、思うの」


 と、杏朱が、目を細めて、言った。


 杏朱の言葉には、怜悧な冷たさと、達観したような穏やかさが、混じり合っていた。


「誰も、告白しないで、終わるストーリーは、美談……美しい話かもしれない。けれども、私は、幸せな話とは、思わない」


 七色は、黙っていた。


「もう一度、聞くわ。あなたは、どうするの、御月七色さん?」


 杏朱の視線が、七色に、静かに、突き刺さった。


「……私は……」


 七色は、言いかけて、黙った。


「人は、自分の好きなこと得意なことが話題に挙がった時は、自然と声が弾むものよ。さっき、あなたは、私の問いに、わからない、と、答えた」


 七色は、黙って、杏朱の言葉を、聞いていた。


 杏朱は、柔らかく微笑んでいた。


「その声は、少しだけ、弾んでいたわ。私には、そう聞こえた。その意味を、考えてみると、答えは、出るのかもね」


 二人は、黙って、行列に、並んだ。


 やっと手にしたプリンアラモードを前に、杏朱は、目を輝かせて、


「星型のゼリーも、アクセントになっていて、美味しいわ」


 と、言った。


「そうですね」


 と、七色が、頷いた。


「そう言えば、日中に見える場合もある星があるということ、知っている?」


 と、杏朱が、聞いた。


「唐突な話題でしょう。私も、何となく、思いついただけ。多分、この星型のゼリーのせいね」


 星は、昼間でも、見える場合がある。


 例えば、明るい時期の金星である。


 昼間でも、空には、夜と同じく、星が、存在している。


 それらの星を、日中に見ることができないのは、空の明るさが、星の明るさに、勝るからである。


 しかし、一等星のような明るい星に限ると、望遠鏡を使えば、昼間でも、観察することができる。


 こうした星は、空の明るさよりも勝って輝いているので、望遠鏡で、星の近くを拡大して見ると、青空の中の輝く点として、見えるのである。


 本当に明るいときは、望遠鏡を使わなくとも、肉眼でも、見えたりする。


「星、詳しいんですね」


 と、七色が、プリンを食べながら、言った。


「ふふ。これでも、朝川君と同じ、天文部よ」


 と、杏朱は、笑いながら、


「星は、人の願い事を、叶えてくれるのかしら?」


 杏朱の一言に、七色は、どきっとして、プラスチックのスプーンを持つ、右手が、止まった。


「流れ星って、あるじゃない。見えなくなる前に、願い事をすると、その願い事が、叶うというもの。恋のお願いも、叶えてくれると、嬉しいと思わない?」


「そう……ですね」


 七色は、短く、答えた。

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