第8話 駆け引きの祭典 1
ストロベリー・スイーツ・ストリートは、色々な、イチゴを扱ったスイーツが楽しめる、イベントの呼称である。
イベントは、桶野川市から、電車で、一時間半程の場所に位置する、F市にある、複合商業施設の一画で、開催されている。
複合商業施設は、いわゆるショッピングモールで、複数の小売店舗や飲食店、美容院、旅行代理店など、サービス業の店舗も、入居しているし、近くには、観覧車を擁する、小規模な遊園地も、あり、テレビやインターネットでも、たまに見かける、有名どころだ。
朝川彼方は、御月七色と倉嶋綺亜と、三人で、ストロベリー・スイーツ・ストリートに、来ていた。
彼方達が、並んだ、イチゴのクレープの販売ブースは、大盛況である。
クレープの販売ブースの店は、本店は、渋谷だが、池袋出店の際に、人気に火が付いた店で、ストロベリー・スイーツ・ストリートのイベント限定メニューもあるということで、前評判も、高かった。
「いらっしゃーい!」
と、明るい声が、響いた。
声の主は、クレープ店の制服に、身を包んだ、御月佳苗である。
制服は、オレンジ色を基調としていて、白色と黄色がアクセントカラーになっている、変則的なメイド服とも言える、可愛らしいもので、フリルの付いたミニスカートが、特徴的だった。
佳苗は、朝川家の、雇われ家政婦である。
週に四度ほど、家に来て、炊事、洗濯、掃除といった家事全般を、こなしてくれるのである。
日曜日には、一週間分の買い出しに、出かけてくれている。
また、佳苗は、彼方の同級生である、七色の母である。
「……え……」
七色と同じく、彼方の同級生である、綺亜は、佳苗とは初対面で、佳苗の姿を見るや、目を丸くしたまま、言葉を、失っているようだった。
七色は、そんな綺亜を見て、
「大丈夫ですか?」
と、淡々とした調子で、聞いていた。
「こんにちは、佳苗さん」
と、彼方が、レジスターの前にいる、佳苗に、挨拶した。
「こんにちは、彼方君」
と、佳苗が、笑顔で、元気よく、言った。
佳苗の外見は、中学生か小学生かと、見まごうほどに、幼い。
可愛らしいメイド服ふうの制服や、フリルの付いたミニスカートも、全く、違和感が、ないのである。
(本当に、どうなっているんだろうな)
と、彼方は、内心、苦笑した。
髪の色や、涼しげな切れ長の瞳などは、娘である七色に、よく似ている。
(御月さんが、小さい頃は、こんな感じだったのかな……親子関係が、逆転して、おかしな話だけれども)
と、彼方は、佳苗を見ながら、何気なく、思った。
「ん?」
と、佳苗は、丸くして、小首をかしげて、
「彼方君。どうかしたの?私の顔に、何か付いてる?」
「や。何も……」
「『あいかわらず、佳苗さんは、可愛いなあ』とか、思っちゃったりした?」
「や。それは、ないです」
「ちょっと!即答なの?そこは、少し、間を持たせようよ。そうか、もしかして、『くんかくんかすーはーすーはーしたい』とか、思っちゃったりしたんだ……ひくなー、それは……」
佳苗は、白い目で、彼方を、見た。
「ちょ……勝手に、決めつけないで下さいよ」
彼方が、言うと、横にいた、七色が、
「お母さん。他のお客さんに、迷惑です」
と、佳苗に、言った。
「えー。ちょっと、お話しするくらい、いいじゃん。固いなあ」
「迷惑です」
佳苗は、七色の態度に、びくりと肩を震わせた。
「い、嫌だなあ、七色ちゃん。冗談、ジョークに、決まってるじゃない」
佳苗は、冷や汗をかいているようだった。
「そうですか。冗談にしては、あまり面白くなかったです」
七色の返事は、淡々としていた。
「だ、だよねー……あ、あはは……」
佳苗は、乾いた笑い声で、返した。
彼方は、二人のやりとりを、見ながら、
(……親子関係が、逆転しても、実は、おかしくないのかな……)
と、真顔で、一瞬、そう思った。
佳苗は、気を取り直したように、にっこりと、笑って、
「みんなが、来るってことは、七色ちゃんから、聞いていたからね。よおし、サービスしちゃうぞ!持ってけ、どろぼー!」
「そんなことをしたら、不公平になりますし、臨時のアルバイトのお母さんに、そんな権限もないでしょう。やめてください」
と、真顔の七色に、たしなめられた。
佳苗は、違うよ、と、頬を膨らませて、
「サービスっていうのは、イチゴとか生クリームとか、多めにとかじゃなくて、お会計の時に、○ライア○の捕鯨ルートの、ボムストックによる、秘蔵の攻略法を、教えてあげちゃおうかなあって……」
と、言いかけて、七色に、鋭い視線を向けられた。
「今は、仕事中ですよね。それに、そもそも、シューティングゲームが、好きなのは、お母さんでしょう。シューティングゲームに興味のない人に、そんなサービスをしても、的外れだと、思います」
「だ、だよねー……あ、あはは……」
佳苗は、再び、乾いた笑い声で、返した。
七色は、佳苗を、見据えて、
「真面目に、仕事をして下さい」
と、言った。
「……はい」
と、佳苗は、しゅんとして、言った。
綺亜は、七色と佳苗のやりとりを、目の前で、展開されるままに、見ていたところを、佳苗に、話しかけられた。
「こんにちは、倉嶋綺亜さん。七色ちゃんの母の、御月佳苗です」
と、佳苗が、言った。
「はじめまして。私の名前……」
「知っているよ。七色ちゃんから、よく、綺亜ちゃんの話を、聞いているもん。大の親友だって」
佳苗の屈託のない笑顔に迫られて、綺亜は、口を小さく開いた。
佳苗は、綺亜を見て、
「綺亜ちゃん、で、良いよね?」
と、聞いた。
「は、はい」
と、綺亜が、言った。
(親友……ちょっと、照れるな)
と、綺亜は、思って、こそばゆさを、覚えた。
綺亜は、七色を、ちらりと見たが、七色は、それに、気付いて、
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもないわ」
と、綺亜は、何気ないふうを装って、返した。
「七色ちゃんから、綺亜ちゃん、とっても可愛いって、聞いていたから、今日、会えるのを、楽しみにしていたんだけれども、うんうん」
と、言いながら、佳苗は、綺亜の瞳を、覗き込んだ。
(顔……近い……)
と、綺亜は、とまどいながら、思ったが、不思議と、緊張は、しなかった。
(七色のお母さん、すごく、綺麗な人だな……)
綺亜は、自然と、佳苗に、見入っていが、
(でも、綺麗で可愛いこの容姿で、私たちよりも、年上……って、神様のいたずらか何かかしら)
と、内心、息をついた。
佳苗は、ふうん、と、鼻を鳴らして、
「髪は、ふわふわの控えめウェーブのブロンド、瞳は、澄んだエメラルドグリーン、見事なまでのお嬢様だなあ」
「そんことないですよ」
「謙遜は、よくないよ。それに、感じる、ややツンデレ気味のオーラ。間違いないね、綺亜ちゃんは、ツンデレ属性だね!」
佳苗は、宣言するように、自信たっぷりな様子で、言った。
「ツン……デレ?」
と、綺亜が、佳苗の発した単語の意味が、よくわからない様子で、オウム返しに、聞いた。
そうそう、と、佳苗は、嬉しそうに、言った。
「ツンデレ属性について、説明してあげようっ」
と、佳苗は、片手を、腰にあてて、もう片方の手の人差し指を立てて、ウインクした。
「ツンデレとはっ。普段は、ツンツンとしているけど、また、つっけんどんな態度をとっちゃったりもするけど、好きになった人の前では、照れちゃったりする、そんな傾向の子のことを、言います。ずばり、綺亜ちゃんからは、そんな空気を、感じる」
と、佳苗が、言って、
「当たってる?」
と、聞いた。
綺亜は、内心、赤面した。
佳苗が指摘したことに、少なからず、心当たりが、あったからである。
(でも、認めるってことは、私が、彼方のことを好きなことを、彼方の前で、認めちゃう……ってことで……ダメダメそんなの!)
と、綺亜は、自身の中で、葛藤しつつ、
「……ツ、ツンデレは、あまり納得がいかないです。多分、当たっていないと、思います」
と、平常を装いながら、また、言葉を濁しながら、答えた。
綺亜のそんな様子を、見ながら、佳苗は、いたずら好きの子供のように、白い歯を、見せて、微笑んだ。
「そっか、残念。じゃあ、外れなのかも」
と、佳苗が、笑って、
「でも、ツンデレ、良いよー。七色ちゃんのクーデレ属性とも、相性が良いし。ちなみに、クーデレは、普段は、クールなんだけど、好きになった人の前では、照れちゃったりする、そんな傾向の子の……」
と、佳苗は、言いかけて、七色に、鋭い視線を、向けられた。
「……ぅ」
佳苗は、言葉に、詰まった。
七色は、佳苗を、見据えて、
「真面目に、仕事を、して下さい」
と、言った。
「……はい」
と、佳苗は、うつむいて、言った。
(御月さんと一緒だと、佳苗さん、こんな感じなんだ)
と、彼方は、内心、苦笑した。
クレープが、綺亜たち三人に、配られた。
「毎度ありがとうございます。お代は、チケットでお預かりで、いいのかな」
と、言った、佳苗は、チケットを、三人から、一枚ずつ、受け取った。
「他にも、美味しいスイーツが、いっぱいあるから、楽しんできてね」
手をぶんぶんと振った佳苗に、見送られて、三人は、会場に、設けられた、飲食スペースのテーブルに、ついた。
イベントは、大盛況なので、テーブルの大きさに対して、椅子が、多めに設けられているようで、隣の席との距離は、ほとんどない。
彼方たちのグループの隣は、女性たちの三人組で、はしゃぎながら、ソーシャル・ネットワーキング・サービス用の写真を、とっていた。
正面には、若いカップルが、座っていた。
「はい。あーんして」
と、言った、カップルの女性が、男性に、自身のイチゴのケーキを、スプーンで、口まで運んであげていた。
カップルの男性は、気恥ずかしそうにしながらも、差し出されたケーキを、飲み込むようにして、食べた。
「おいしかった?」
「ああ、おいしかったよ」
「あ。口に、生クリーム、ついてる」
カップルの女性が、男性の口についたケーキの生クリームを、手でとって、舐めた。
綺亜は、カップルのやり取りを、目の当たりにして、気恥ずかしくて、正面を向けずに、うつむいていた。
「どうか、しましたか?」
と、七色が、いつもの調子で、事務的に、聞いた。
「な、何でもないわよっ」
七色に負けたような気がして、綺亜は、少し、声を上げた。
「温かいうちに、食べましょう」
と、七色が、言った。
(何気に、メンタル強いのよね、この子……)
と、綺亜は、瞑目した。
「七色の言う通りね。いただこうかしら……って、七色、もうそんなに、食べたの?」
と、綺亜が、驚いて、七色に、聞いた。
綺亜が指摘したように、七色が手にしている、クレープは、もう半分ほど、なくなっていた。
七色の頬には、白い生クリームが、少し、くっついていた。
「とっても、美味しいですよ」
短く言った、七色は、そのまま、食べ進めた。
「相変わらず、行動に、迷いがないわね」
と、綺亜が、言った。
七色は、真剣なまなざしを、綺亜に、向けて、人差し指を、真上に立てて、
「美味しいものには、目がありませんし、躊躇やためらいは、逆に、危険を、呼び込みます」
と、言った。
「……クレープを、食べていて、遭遇する危険なんて、想像もつかないけれど……」
と、綺亜が、言い淀んでいると、
「例えばですが、このイチゴのクレープの美味しさを知った私が、暴走して、綺亜さんの分まで、許可を得ずに、一口二口、食べてしまうことです」
と、七色が、言った。
「これは、綺亜さんにとって、まぎれもない脅威です」
「ああそう……」
七色の真面目な回答に、綺亜は、苦笑した。
七色の食べっぷりに感化されて、綺亜は、クレープを、口にした。
イチゴの酸味と甘さと、生クリームとが、絶妙にマッチしていて、それらを、温かい厚めのクレープ生地が、包み込んでいる、一品である。
「……美味しい……」
綺亜の端的な感想が、クレープの味を、物語っていた。
「彼方も、早く、食べなさいよ」
と、綺亜に、促されて、彼方は、笑って、頷いた。




