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第7話 昼下がりの少女たち 10

 丘の空は、星で、満ちていた。


 雲はなく、煌々と、星々が、輝いていた。


 時折、風が、吹いていった。


 丘の遥か下方に、夜の市街地が、見えた。


 街の明かりが、小さく、浮かんでいた。


 丘は、空間の歪みによって、一時的に、姿が、現れている存在である。


 下方では、断続的に、空が、歪んでいた。


 丘は、静かで、風が吹いて、草が、囁くような音を、立てていた。


 西洋の中世の宮殿を想起させる、巨大な建物が、そびえ立っていた。


 不思議な、建物である。


 特筆すべきは、アーチも、柱も、床も、壁も、宮殿の全てが、半透明なのである。


 宮殿は、巨大なガラス細工の様相を、呈していた。


 柱と壁は、星空を写し、床も、星空で、満ちていた。


 宮殿は、星空の中に、あった。


 "天宮殿"は、星が瞬く夜空の中に、あった。


 雲の無い、一面の星空である。


 "爛"を統べる頂たる"天宮殿"は、現実空間とは、その存在を異にする、虚無の空に浮かぶ、建造物である。


 瀟洒な噴水が設けられた、真っすぐに伸びた庭園が、あった。


 庭園の草木は、良く整えられていた。


 星空に囲まれた"天宮殿"は、星々の光に、包まれるように、青白く、照らされていて、幻想的な趣さえあった。


 庭園の先には、ホールのような空間が、広がっていた。


 ホールからは、何本かの回廊が、伸びている。


 高い天井が、印象的である。


 丸くくり抜かれた天井には、複雑な文様が施されたステンドグラスが、張られていた。


 白銀の髪の、上品な面持ちの少女は、壁にかけられた絵画を、眺めていた。


 少女は、微笑みを浮かべながら、ゆっくりと、壁に沿って、絵画を見ながら、歩いた。


 少女は、"爛""消失の才媛(しょうしつのさいえん)"リゼ・ルノーである。


「遅いなあ」


 と、リゼは、独り言ちた。


 "爛"であるリゼは、世界の理の外の存在である。


 リゼは、一人の、"爛"の高位の存在である、"爛の王"を、待っていた。


 星々の輝きの決して絶えることのない、一本の長い回廊に、ゆっくりと、リゼとは別の靴音が、響き、やがて止まった。


 靴音の主は、深い青のジュストコールに、身を包んだ、人物だった。


「お待ちしておりましたわ、"爛の王""碧の聖剣(あおのせいけん)"シシリィ・ドア様」


 と、リゼは、振り返りながら、その人物に、言った。


 シシリィと呼ばれた人物は、二十代の外見の、長髪の男性だった。


 端正な顔立ちで、涼しげな目元が、物腰と相まって、男性の高貴な印象を、際立たせていた。


「待たせてしまったようだね」


 と、シシリィが、言った。


 はい、と、リゼは、微笑んだ。


「シシリィ様が、最後の登殿ですわ。他の皆々様は、もう、円卓に、おつきになってらっしゃいます」


「申し訳ない」


 と、シシリィは、笑った。


「絵を、見ていたのかな?」


 と、シシリィが、聞いた。


「以前、バンナウト様にも、同じ質問を、されましたわ」


 と、リゼが、笑った。


 シシリィは、眉を上げて、


「ほう。あの"黒槍(こくそう)"バンナウトが、君に、そんな質問を、するのか」


「意外でしたか?」


 と、リゼが、楽しそうに、聞いた。


「少し驚いたよ。彼が、話しかけたくなる程、君が、魅力的ということなんじゃないかな?」


 と、シシリィは、リゼの瞳を、覗き込んで、言った。


「ええ。いつ見ても、このホールの絵画は、魅力的で、心を癒されますわ」


 リゼが目にしていた絵は、様々な花が咲き誇る夕闇の景色である。


「特に、この真っ白な百合の花。何ものにも縛られない、高貴な雰囲気が、気に入っています……バンナウト様にも、同じ答えを、申し上げました」


 と、リゼが、言った。


「私が、聞きたくて、質問したことには、答えてくれないんだね」


 と、シシリィが、苦笑して、絵画を眺めながら、言った。


「ご期待に沿えず、申し訳ございません」


 と、リゼは、にっこりとした。


「良いよ。すぐに掴めるものは、すぐに掴めなくなるからね」


 と、言った、シシリィは、肩をすくめた。


「リゼ。今日の"円卓会議(えんたくかいぎ)"、取り仕切るのは、君なんだろう?」


 と、シシリィが、聞いた。


 "爛の王"の中でも、とりわけ有力な十二の勢力が、一堂に会する場が、"円卓会議"である。


 リゼは、改めて、シシリィに、向き直った。


「私ごときに、このような大役が務まるのか、不安です」


「不安であっても、臆してはいないんだろう?大したものだ」


「過大な期待で、私を、圧し潰さないで下さい」


 リゼが、笑った。


「私は、何か、おかしなことを、言ったのかな?」


 と、シシリィが、リゼに、聞いた。


 いいえ、と、リゼは、小さな顎に、右手の人差し指で触れて、


「シシリィ様が、泰然自若とされているので、私も、そのような姿勢に、あやかりたく思いまして。その余裕は、一体どこから、生まれてきていらっしゃるのでしょう?」


 シシリィは、困ったように、眉をひそめて、


「難しい質問だな。そういうふうに見てもらえるのは、光栄だがね。私とて、心情という水面は、揺れていると思うし、それを、表に、うまく吐露する方法を、知らないだけだ」


 と、言った。


 リゼは、目を丸くして、


「不器用なだけと、おっしゃるのですか?」


「そういうところだ、ぐらいに、捉えてもらえると、嬉しいのだがね」


 と、シシリィは、苦笑まじりに、言った。


「"黒槍"と"蜘蛛(くも)"は、出席するのかな?」


 と、シシリィが、聞いた。


「"爛"を統べる頂たる"天宮殿"の三神官の三柱、"黒槍"バンナウト様、我が主"蜘蛛"イセリア・アージュ様、そして、"尽き詠みの巫女"様」


「ほう……」


 言った、シシリィの目が、光った。


「"星天審判"の祈りを捧げる巫女様が、いらっしゃらないことには、会議は、踊るされど進まず、に終始してしまうでしょうから」


「"尽き詠みの巫女"……噂通り、目覚めていたか」


 と、シシリィが、言った。


「今、シシリィ様の、心情の水面というものが、波打っているのが、見えたような気がしますわ」


 と、言った、リゼは、目を細めて、微笑んだ。


「そうだね。"尽き詠みの巫女"の目覚めには、大変、興味がある。巫女が、目覚めたというのなら、審判の刻が、遠からず訪れるということだ。それで、少し、戸惑っている」


 と、シシリィは、言った。


「シシリィ様は、"星天審判(せいてんしんぱん)"を、裁きの刻を、否定されると、おっしゃるのですか?」


 と、言った、リゼは、後ろに組んだ自身の手に、力を込めた。


 シシリィは、星空を、仰いだ。


「私は、今のこの世界を、結構気に入っているんだ。審判によって、それが、損なわれたり、消えてしまうことに、一抹の寂しさを、覚えるのだよ」


「"爛の王"のお言葉とは、思えません」


 と、リゼは、怪訝そうに、眉をひそめた。


「今言ったことは、忘れてくれて良い。君とのおしゃべりを、楽しみすぎたようだ。そろそろ、円卓の間に、向かうとしよう」


「ご案内しますわ」


 と、言った、リゼが、先に、歩き出した。


 唐突に、リゼは、自身の耳元に、風を感じた。


「大丈夫。君が、困るようなことはしないよ」


 囁くような、シシリィの吐息だった。


「……どうぞ、こちらへ」


 と、リゼが、言った。


 "爛の王"の中でも、とりわけ力の有る十二の勢力が集う、"円卓会議"が開かれる間には、大きな円卓が、あった。


 円卓には、十三の席が、設けられていた。


 一時の方向から十一時の方向まで、定間隔で、瀟洒かつ豪奢な席が、一脚ずつ配されていて、十二時の方向のみ、二脚の席が、あった。


 リゼは、一礼して、


「先ず、初めに。今回の会議では、第十一座"爛の王""虚影の指揮者(きょえいのしきしゃ)"鷲宮イクト(わしみやいくと)様が、身まかられましたことから、第十一座は、空席となっております」


 シシリィは、四時の方向の席に、座っていた。


「形式ばったものは、どうでも、良い。さっさと、始めてくれ」


 と、九時の方向の席に座る人物が、言った。


 リゼは、その人物に、柔らかく微笑みかけて、


「そうは、まいりませんわ。第九座"暴虐(ぼうぎゃく)"オーレル・オーギュスト様。物事には、順序というものが、ございます」


 と、言った。


 オーレルと呼ばれた人物は、鼻を鳴らして、


「小娘に、説かれる覚えはない」


 リゼは、恭しく、ドレスの裾を掴んで、一礼した。


「大変、失礼しました」


 と、リゼが、言った。


 オーレルは、面倒そうに、進めろ、と、手を振った。


 リゼは、微笑んだ。


「皆様、お揃いになられましたようですので、ただ今、"円卓会議"の開催を、宣言いたします」

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