第7話 昼下がりの少女たち 9
目的地である、F市の駅に、着いた。
彼方と七色と綺亜は、駅のホームに、降り立った。
降車数が、多いのは、大きな駅だからだろうし、彼方たちが行こうとしているイベントの開催日だからということもあるだろう。
「着いたわね」
そう言った綺亜は、気持ち良さそうに、背伸びをした。
綺亜のツインテールの髪が、ふわふわと、風に、なびいた。
「イベントの開始から、あまり経っていませんし、いい時間に、着きましたね」
と、七色は、言って、ベレー帽を、左手で、押さえた。
地下鉄の駅から、地上に出ると、風が、心地良かった。
近くに、港が広がっているので、その風景を、楽しむことができる。
遊覧船や海上交通船も、出ている。
夜の便では、船から眺める、街の夜景は、鮮やかで美しいとのことである。
「行きましょう」
と、綺亜が、言った。
ストロベリー・スイーツ・ストリートが開催される、商業施設は、駅から、徒歩十分ほどである。
案内看板が、商業施設への経路を、示してくれていた。
「こっちみたいだね」
と、彼方が、二人を促すように、言った。
向う先が同じなのか、人の流れが、できていた。
三人は、横並びで、歩いた。
真ん中が、彼方で、その左側に、七色、反対側に、綺亜である。
「すごい人の数ね」
と、綺亜が、感嘆して、言った。
「土曜日だしね。イベント初日ということも、あるかもね」
と、彼方が、言った。
「あまり、人ごみには、慣れていないの」
と、綺亜は、言いつつ、
「でも、楽しい。何かこう、お祭りって、感じがする」
と、嬉しそうに、言った。
「はぐれないようにね」
と、彼方が、言った。
「子供じゃないんだから、大丈夫よ。そんなに、心配なら、手でも握っておけばいいじゃない」
「そうなのかな」
彼方が、綺亜に手を伸ばしかけて、綺亜は、慌てて、制止した。
「じょ、冗談に決まってるじゃない」
「そう?」
彼方は、すぐに、手をひっこめた。
綺亜は、自身で言っておきながら、妙に、気恥ずかしくなって、彼方から、目をそらした。
(……ニュートラルすぎるのよ、彼方は……)
と、綺亜は、思った。
「……」
七色は、そんな様子の綺亜を、黙って、見ていた。
商業施設は、二棟に分かれていて、その間に、大きな広場があり、そこが、イベントの会場である。
大きな仮設の建物の中に、販売ブースが、並んでいる。
パンフレットに書いてある通り、三十店舗が、販売を、始めていた。
イベント開催日初日ということもあってか、大盛況である。
女性のグループや、カップルが多めなのは、パンフレットから想起できる可愛らしさもあるが、何より、イチゴのスイーツのイベントだからかもしれない。
「一人二枚のチケットです。好きなスイーツを、二つ選んで、食べましょう」
と、七色が、言った。
淡々とした、七色の言に、綺亜は、得意げな顔で、人差し指を、左右に、揺らした。
綺亜は、七色と彼方を交互に見て、
「私が、楽しみ方を、教えてあげるわ」
と、言った。
七色は、綺亜の言葉の続きを、待った。
「三人で六枚のチケットだから、被らないように、別々のものを頼めば、六種類のスイーツの味を、楽しめるんじゃないのかしら」
と、綺亜が、提案した。
七色が、頷いて、
「シェアですか。確かに、それだと、色々な味が、楽しめますね。でも、私の食べかけでも、構わないのですか?」
「全然、平気よ。七色のと、交換でしょ?気にしないわ」
と、綺亜は、にっこりとして、言って、
(……でも、それって、彼方とも、交換するってこと?)
と、思って、彼方の顔を見やったが、彼方は、笑っているだけだった。
綺亜は、唐突に、気恥ずかしくなった。
(……間接……キス……になっちゃう……のかな)
と、綺亜は、思って、俯いた。
綺亜は、頭を振って、
「や、やっぱり、被らないものにする必要も、ないわね。それぞれ、好きなものを、選びましょう」
と、言い直した。
「それで、良いのですか?」
「あ、当り前よ。ほら、あの長蛇の列、あそこのスイーツは、私的に、しっかりと、食べておきたいもの」
と、綺亜が、ごまかすように、言った。
綺亜が、指さしたのは、イチゴのクレープ屋で、列が、他の売り場と比べて、群を抜いて、長かった。
「最後尾は、こちらでーす」
と、プラカードを掲げた、少女が、元気の良い声で、案内をしていた。
「あれだけの行列が、できるんですもの。絶対、美味しいに、決まっているわ」
と、綺亜は、目を輝かせて、言った。
さあ並ぶわよ、と、言った、綺亜は、歩き始めた。
「クレープ屋さんは、佳苗さんが、バイトで、出ているんだよね」
と、彼方が、聞いた。
七色は、短く、
「はい。今、いると思います」
と、答えた。
「じゃあ、みんなで、並ぼうか」
と、彼方が、言った。
「七色のお母さんが、このクレープ屋のブースで、バイトをしているんだ?」
と、綺亜が、聞いた。
七色は、首肯して、
「そうです。販売員だと、言っていました」
彼方達が、行列の中程まで来たところで、ようやく、行列の先頭である、売り場が、見えてきた。
クレープ屋の販売員は、四人のようである。
一人が、レジを担当して、残りの三人で、注文を聞いて、クレープを作っていた。
クレープの生地の、良い香りが、綺亜達のところまで、漂ってきた。
「皆、忙しそうね。大学生とか私達と同じくらいの年の子かな。レジ打ちの子は、随分と、可愛らしいわね。中学生、いえ、小学生……?」
と、綺亜が、言った。
あ、と、七色が、声を上げた。
「レジにいるのが、私の母です」
「そう。レジの子が、七色のお母さんか……って、ええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
綺亜が、素っ頓狂な声を上げたので、他の客達は、ぎょっとして、綺亜達を、見た。
「ご、ごめんなさい」
と、綺亜は、恥ずかしそうに、俯いた。
「ちょっと、七色。冗談は、止してよね」
と、綺亜が、小声で、言った。
七色は、綺亜の言に、不思議そうに、首をかしげて、
「冗談など言っていません」
「だって、あの子が、あなたのお母さんなわけがないでしょう」
と、綺亜は、七色に、耳打ちするように、言って、
「どう見たって、中学生、いいえ、小学生の女の子が、お仕事体験とかで、頑張っているようにしか見え……いえ、そもそも、小学生の子がレジをやっているのも、確かに、おかしいけど……でも、そんな……」
「母の佳苗です」
と、七色が、短く、言った。
「……嘘、でしょう?」
と、綺亜が、おずおずと、聞いた。
「本当、です」
と、七色が、きっぱりと、答えた。
「七色が、冗談を言うなんて、珍しいわよね?」
と、綺亜が、冷や汗の混じった笑顔で、聞いた。
「いえ。冗談は、言っていません」
と、七色は、明瞭に、答えた。
(やっぱり、そうなるよなあ)
と、彼方は、内心、苦笑した。
彼方も、佳苗と初めて会った時には、綺亜と同じような感想を、抱いた。
とにかく、容姿も仕草もしゃべり方も、若いのである。
実際、佳苗は、容姿だけでは、学生と見紛うほどだった。
誰しもが、初対面で、街角で佳苗に話しかけられたとしたら、学生と区別がつかないように、思えた。
学園で、制服を着ている佳苗に会ったとしても、自然に、同じ学園の生徒同士として、接してしまうだろう。
(いや。下手をすれば……)
下級生に、見えなくもないのである。
(若く見えるとかいう次元じゃないんだよな、佳苗さんの場合……)
と、彼方は、思った。
年齢不詳もしくは年不相応という言葉が、ぴったりだった。




