第7話 昼下がりの少女たち 7
彼方は、放課後、級友の乃木新谷に、声をかけられた。
新谷とは、十年来の付き合いで、言わば、悪友だった。
彼方と新谷とは、良くも悪くも、本音で言い合える、仲である。
「今、帰りか?」
と、新谷が、聞いた。
「うん。そうだけれども」
と、彼方が、言った。
「じゃあ、どこか寄ってこうぜ。腹がへってさ。ラーメンが、良いかな。商店街の、味噌ラーメン屋」
と、言った、新谷は、自身の財布の中を、覗き込んで、小さな紙片を、取り出して、
「宝刀、次回来店時の卵一個無料サービス券も、あるしな。行かない手は、ないぜ」
と、続けた。
「夕食も、あるだろう。あまり食べると、身体に、悪いよ」
新谷は、肩をすくめて、
「お前は、俺のおふくろかよ」
良いから付き合えよ、と、言われて、彼方も、頷いた。
桶野川駅前の商店街にある、ラーメン屋は、濃厚味噌ラーメンで、有名だった。
ごはんは、おかわり自由で、無料である。
五台分の駐車場は、埋まっていて、店内も、スーツ姿のサラリーマンや、作業服の男性や、制服姿の少年達で、いっぱいだった。
「いつ来ても、混んでいるなあ」
と、新谷が、言った。
彼方は、頷いて、
「人気あるよね」
「何か癖になる味なんだよな。リピーター率も、高いし」
と、新谷が、言った。
食券機の前で、新谷は、首をひねりながら、
「ねぎ味噌ラーメンか、普通の味噌ラーメンか、迷うところだな」
新谷は、困ったように、
「普通に、考えれば、ねぎ味噌に決まってるんだが、ねぎプラス無料券の卵で、絶妙なコンボの完成、でも今月は、金欠気味だし……いや、だが、使う時に使ってこそ、男のような気もするし……いや……」
「迷っているなら、僕が、先に、買うよ」
と、彼方が、言った。
「……お前、容赦ないな。俺の財布事情の、重篤な話なんだぞ」
「容赦はあるけれども、新谷のお財布事情に、首は突っ込まないよ」
「お前の、めちゃめちゃ冷静で合理的なところ、偶に、怖いんだよ」
彼方が、動こうとしたのを、新谷が、制止して、
「いいや、待て!こっちに、決めた」
と、通常の味噌ラーメンのボタンを、押した。
二人とも、通常の味噌ラーメンを、注文した。
「おばちゃん、にんにく、ちょうだい」
と、言った、新谷は、店員の女性から渡された、にんにくを、味噌ラーメンの中に、投じて、
「これが、また、旨いんだよ」
麺は、太めで、良く、スープが、絡んでいた。
「そういや、お前、最近、御月さんと、仲良いよな」
と、新谷は、ラーメンを食べながら、何気ない調子で、言った。
「廊下で、話しているのを、偶に、見るぜ。組が違うのに、接点なんか、ないだろう?」
彼方は、お冷を口に含んで、
「ちょっと、話をする機会が、あってね。それで、知り合いに、なったんだ」
と、言った。
彼方の返答に、新谷は、ふーんと鼻を鳴らした。
「あの麗しの学園のアイドル、御月七色さんと、お話できるなんて、羨ましい限りだよ」
と、新谷は、言って、
「クールビューティーの御月さんが、他の組の男子に、声をかける図なんて、そうそうないしなあ。お前、好感度が高いのは、間違いないぜ」
「そうなのかな」
と、彼方は、言いながら、
(御月さんの場合、佳苗さんのこともあるから、話す機会が、多いのかもな)
と、思った。
「そうに決まってるだろ。気にもならない男子に、話しかける女の子なんて、いないよ」
と、新谷は、言って、
「それに、お前。うちの組の、綺亜ちゃんとも、最近、急接近じゃないの。良く、一緒に、いるだろう」
と、新谷が、言った。
「あの美少女お嬢様の綺亜ちゃんと、絡めるなんて、羨ましい限りだよ」
と、新谷は、言って、
「で、綺亜ちゃんの可愛い顔は勿論として、その他諸々のチェックは、できたのか?」
新谷は、少し、声のトーンを、落とした。
「チェック?」
と、彼方は、オウム返しに、聞いた。
「胸とかお尻とか、ちゃんと見てるのか?」
新谷は、周りの様子をうかがうように、更に、声をひそめて、言った。
「……御月さんの時も、そんなこと言っていたよね」
彼方の呆れたような返答に、新谷も、呆れたように、
「おいおい、何で、ちょっと、ひいた目をしてるんだよ。健全たる男子なら、チャンスを、最大限に生かさないとだな、こう嘗め回すようにだな」
身を乗り出した新谷は、続けて、
「良いか。全くもって、不健全な男子たるお前に、俺が、懇切丁寧に、綺亜ちゃんの魅力について、レクチャーしてやるよ」
「不健全なのは、新谷だろう」
「いいや、違うね。この手の話に乗らないお前こそ、不健全だ」
と、新谷は、続けて、
「大きさはない。だが、それが、良い。慎ましく、張りを主張するあの胸の綺麗なラインと曲線美……」
新谷の声のトーンが、少し上がった。
「そして、可愛らしい桃を思わせるヒップと細い脚……」
「……」
「そして、何より、つやつやさらさらのブラウンの髪が、お嬢様度並びに乙女度を、爆上げして、今言った胸やお尻や脚に関わる、全ての煩悩を昇華せしめるという、逆説的可愛さ……!」
と、新谷が、言った。
「あえてもう一度言おう、お嬢様最高……!」
新谷の熱弁の前に、
「しょっちゅう、色々、言われちゃっているだけのような気もするけれども」
と、彼方が、苦笑すると、新谷は、真顔で、
「馬鹿だな。コミュニケーションの一種だろう、それって。綺亜ちゃんって、いわゆる、ツンデレ属性持ちなんだよ」
と、言った。
「我らが葉坂学園を代表する、美少女二人と、仲が良いなんて、お前、モテ期到来なんじゃないの?人は、一生の中で、三度、モテ期が来るっていう話も、あるしな」
新谷は、味噌ラーメンを、食べ終わって、ごはんに、手を付けていた。
「でも、待てよ。御月さんと綺亜ちゃんと仲良くなってるんだったら、三度の内の二回を、もう使っちまってるってことか」
新谷は、にやっと笑って、
「いやあ、お気の毒様です、朝川さん。お悔やみ申し上げます」




