第7話 昼下がりの少女たち 5
「困ります」
電話越しの、にべもない返答に、綺亜は、辟易した。
声は、倉嶋家の執事長の、時田のものである。
「門限は、守っていただく思います。お迎えの車も、もう既に、手配してあります」
と、綺亜の耳元で、ゆっくりと、低い時田の声が、響いた。
「貴方の言い方だと、もう、この辺まで、来ているみたいね?」
と、綺亜が、呆れたように、聞いた。
「いつもは、学園まで、お迎えにあがっておりますが、本日は、商店街で、用事があるから、車を廻すよう、お嬢様の指示をいただいたと、思います」
「その商店街での用事が、予定よりも、立て込んじゃっているのよ。だから、こうして、予定が、遅くなったことを、連絡しているんでしょう。不測の事態に備えることも、必要なんじゃないの?」
と、綺亜は、携帯を、右手に持ちながら、言った。
時田は、電話越しに、
「そういった事態に陥らないよう、努めることが、肝要かと、存じます」
と、言った。
時田は、いついかなる時でも、綺亜に、意見を直言してくれる、執事長である。
綺亜は、瞑目した。
時田の意見には、一切の遠慮はなく、綺亜のことを考えて、述べられるものである。
(時田の言ってることは、もっともだ)
と、綺亜は、思った。
小さく息をついた、綺亜は、
「ごめんなさい」
と、短く、言って、
「悪かったわ。時田、貴方の立場も、あるものね。配慮不足だったわ」
と、続けた。
「痛み入ります」
と、言った、時田は、
「お迎えの時間を、遅らせましょう。どのくらい後が、よろしいでしょうか?」
「……相手の出方次第ね」
と、綺亜は、待ち合わせしている、黒髪の少女の顔を、思い出しながら、言った。
「ご学友の方ですか?」
と、時田が、聞いた。
「そんなところよ」
と、綺亜は、お茶を濁すように、言った。
「一時間後にしてくれるかしら」
「承知いたしました。では、後程」
綺亜は、携帯を、切った。
ほどなくして、綺亜の前に、待ち合わせの人物が、やって来た。
「お待たせ」
と、杏朱は、席についた。
「ごめんなさい。少し、遅れてしまったわ。貴女の後に、二人、お客さんが来て、予定よりも、長引いてしまったの」
と、杏朱が、言った。
ファミリーレストランのDは、七割程の席が、埋まっていた。
杏朱の前に座っている、綺亜は、憮然とした調子で、
「別に、待ってはいないわ。私も、今、来たところだし」
と、言った。
「あら、ご機嫌斜めなの。そんな顔をしていると、可愛い顔が、台無しよ?」
と、杏朱が、言った。
「……それは、どうも」
「実際は、ふくれっ面も、可愛いというオチなのだけれどもね」
と、杏朱は、にっこりと笑った。
綺亜は、肩をすくめて、
「注文は、どうするの?私は、コーヒーと、チーズケーキ」
「私は、紅茶とチョコレートパフェにしようかしら」
オーケー、と、言って、綺亜が、注文をした。
十分程して、注文の品が、テーブルに、並んだ。
「ここのチョコレートパフェ、ボリュームがあって、味も良いの」
と、杏朱は、スプーンを、手に取った。
「それで?話が、あるんでしょう?」
と、綺亜が、聞いた。
「パフェのフルーツ、イチゴも、入っているわね。イチゴは、恋する女の子に、ぴったりだと、思うの。私の勝手なイメージだけれども」
「さっきの占いで、その手の話は、終わりよ」
と、綺亜は、話を切り上げるように、言った。
「良いのかしら、それで」
と、杏朱は、独り言のように、言った。
「私は、口が堅いのは、自慢だけれども、面白いことを見過ごさないのも、自慢なの」
「……」
杏朱は、わざと、綺亜から目を逸らして、棒読みで、
「美少女転校生の、秘めた恋心なんて、恰好の、噂の的じゃない。噂が噂を呼んで、美少女転校生の悶絶する姿を見るチャンスを、みすみす逃すのもねえ。そんな誘惑に負けて、うっかり、口を漏らす可能性も、ゼロではないかもね」
「……プロだから、守秘義務を遵守するっていう話は、どこにいったのかしら」
「ごめんなさい。都合の悪いことは、忘れてしまう性格なの」
と、杏朱が、言った。
「良い性格してるわね」
「どうもありがとう」
杏朱は、にっこりと笑った。
「誉めてはいないわよ」
と、綺亜は、肩をすくめて、言った。
「貴女が、占いに来て、少し驚いたわ。偶然は、あるものね」
「私は、貴女が、占い師のバイトをしていることに、驚いたわ」
「ちょっとかじった程度の知識があれば、できるお仕事よ」
「それは、違うでしょう。確かな知識と、それに裏打ちされた自信と、経験。それらがなければ、ああいった仕事は、務まらないわ」
「意外」
と、杏朱が、驚いたように、言った。
「何が?」
「そういうところ、きちんと見てくれるのね」
「物事は、真正面から、正直に、捉える。それと同時に、多角的に、眺めること。そういうふうに、教わってきたから、それを、なぞってるだけよ」
「良い教育者が、傍に、ついているのね。ご両親かしら?」
「ちょっと違うけど、似たようなものよ」
と、綺亜は、時田の顔を思い出しながら、言った。
「今度の土曜日でしょう?ストロベリー・スイーツ・ストリート」
杏朱の話題を振られた、綺亜は、
「何で、知ってるの?」
と、聞いた。
「今朝、貴女が、朝川君と御月さんと、話しているところに、通りかかったもの」
と、杏朱は、言って、
「通りかかっただけだから、詳しくは、知らないわ。だから、こうして、聞いているのよ」
杏朱は、目を丸くして、
「要するに、女の子二人と男の子一人の、両手に花デート、ということ?」
デートという単語に、綺亜は、反応して、赤面した。
「そんな感じでは、先が、思いやられるわね」
と、杏朱が、言った。
綺亜は、憮然とした調子で、
「良いでしょ。これは、私の問題よ」
「確かに。私が、軽々に、足を踏み入れて良い部分でもないことは、わかっているつもりよ」
と、杏朱は、言った。
「そうね」
と、杏朱は、紅茶を、一口飲んでから、
「葉坂学園の、美少女転校生の、倉嶋綺亜は、好きな人が、できた。初めは、見ているだけでも、幸せ。目が合うだけでも、幸せ。言葉を交わすだけでも、幸せ。でも、せっかく、好きな人ができたのなら、その人を、振り向かせたい」
と、芝居がかった調子で、言った。
「ちょっと、ちゃかさないで」
と、綺亜が、言ったが、杏朱は、人差し指を、左右に揺らして、
「別に、ちゃかしたり、ふざけたりしているつもりはないわ。占い師のバイトをやっていると、恋愛の悩みを、聞くことが、多いの。貴女みたいね。そういう話や相談事を、聞いている内に、私自身おこがましくも思っているけれども、アドバイスを、するようになったの」
と、言った。




