第7話 昼下がりの少女たち 1
葉坂学園は、樋野川市にある。
桶野川市は、人口十五万人、新興住宅街を擁する、市街地と、その回りを囲うように点在する、のどかな田園風景とが、混在する、中規模の都市である。
都心から、近いこともあり、オフィス街と商業施設も、それなりに、活気づいている。
葉坂学園は、市街地の外れにあり、閑静な住宅街の中に、ある。
学園の生徒である、御月七色は、高嶺の花と呼ばれていた。
その言葉が指し示す通りの、綺麗に整った顔立ちと、光を織り込んだような、肩までの艶やかな髪は、人形の端整さをも、思わせた。
また、人形が言葉を発することがないように、少女は、寡黙で、表情を変えることも、少なかった。
結果として、眉目秀麗のその少女、御月七色は、他人を寄せ付けない雰囲気を、自然と、その身に纏っていた。
(でも……)
と、七色は、思いながら、学園の廊下を、歩いていた。
高嶺の花と呼ばれるのが、好きではなかった。
この感情は、七色のものである。
七色は、寡黙で、表情を変えることも、少なかった。
自身が、感情表現が、得意でないことは、七色も、わかっていた。
表情が、乏しいのである。
心に思っていることは、言葉にはできるが、心に思ったことを、表情にはできないのである。
例えば、嬉しく思ったことを、嬉しいと言葉にしてみるものの、表情がそのように変わらないので、相手に、心の内が、上手く伝わらない。
楽しいのに、楽しんでいると、相手に上手く伝わらない、ジレンマに、七色は、悩むことがあった。
相手に伝えられない、自身の不器用さを、もどかしく思うことがあった。
そんな七色にとって、転校生の倉嶋綺亜は、新鮮に映った。
綺亜は、腰までかかる、柔らかなブロンドの髪と、エメラルドグリーンの瞳が、ハーフを思わせる、美しい少女である。
嬉しいことや楽しいことを、言葉と顔で表す綺亜の、ころころと変わる声音と表情が、七色には、眩しく、映った。
出会って間もない七色を、下の名前で呼んだ、綺亜は、真っすぐで、堂々としていた。
(私にはないものを、綺亜さんは、持っている)
と、七色は、思った。
自身が、触れたことのない、見たのことがない、聞いたことがない、持っていない、そのような類のものに、惹かれることは、珍しくない。
七色は、綺亜のことを、もっと知りたいと思った。
夕闇の屋上での、綺亜との会話を、七色は、思い出していた。
『これは、恋のライバル宣言』
『……七色は』
『七色は、彼方のこと、どう思ってるの?』
『私は……』
『この言い方は、フェアじゃないわね』
『私は、彼方が、好き』
『七色の答えは……今は、良いわ』
『負けないんだから』
綺亜に、朝川彼方が好きだと、恋のライバル宣言を、されたのだった。
その時の綺亜の表情が、七色の目に、焼き付いていた。
彼方は、七色と綺亜の、共通の友人である。
七色は、彼方と綺亜のいる、三組の教室に向かって、歩いていた。
二人に渡したいものが、あるためである。
(私は、朝川さんのこと……)
そこまで、考えて、七色の思考は、停まった。
その先を、心の中だとしても、言うことに、七色は、躊躇していて、そんな自身に、もどかしさを、感じていた。
(……私は、どうしたいんだろう……?)
と、七色は、考えながら、歩いていたので、彼方に、声をかけられた時、戸惑った。
「おはよう。御月さん」
と、彼方が、言った。
いつも通りの挨拶のはずである。
しかし、七色は、自身の頬が、紅潮するのを、感じていた。
(あ……れ?)
と、思った、七色は、自然と、俯いていた。
しかも、彼方と目を合わすことが、できなかった。
七色は、少し遅れて、
「……おはようございます」
と、返した。
「今日は、佳苗さんが、来てくれる日だよね?」
と、彼方が、聞いた。
七色の母親である、御月佳苗は、朝川家の、雇われ家政婦である。
週に四度程、家に来て、炊事、洗濯、掃除といった家事全般を、こなしてくれるのである。
日曜日には、一週間分の買い出しに、出かけてくれている。
「……はい。そう、です」
と、七色は、答えた。
七色は、少し、俯いて、
(私は、緊張している)
と、思った。
「あの、今度の土曜日なのですが……」
と、七色は、言った。
彼方は、不意をつかれたように、
「土曜日……?」
「はい。土曜日なのですが……」
と、端的に、七色は、言って、彼方の後方から、歩いてきた人物に気づいて、
「おはようございます、綺亜さん」
と、言った。
七色に声をかけられた、ブロンドの髪の少女は、肩を震わせた。




