第6話 守護者の鼓動 10
「止血はしておいたし、安静にしていれば、大丈夫だと思うわ」
と、綺亜が、言った。
綺亜に膝枕をされて、彼方は、眠っていた。
夕闇に染まった、葉坂学園の屋上には、二人の少女と一人の少年が、いるだけである。
「そう……ですか」
と、七色が、言った。
「嬉しそうに、言うのね」
と、言った、綺亜は、寂しげに、笑っていた。
綺亜は、七色の表現は、素直でシンプルで、とても綺麗だと、思った。
(私には、きっとできない素直さだ)
と、綺亜は、思った。
「……そう、ですか」
七色の、彼方と綺亜のことを心配して、そして安堵している気持ちが、綺亜に、伝わってきていた。
「綺亜さん。身体のほうは、大丈夫ですか?」
と、七色が、聞いた。
綺亜は、肩をすくめて、
「見ての通りよ。控えめに言って、満身創痍ってやつよ。体操服だって、ぼろぼろだし。新調しないと、駄目ね、これは」
と、言った。
綺亜は、七色の、恰好を見て、
「そう言う七色こそ、大丈夫なの?相当、きつそうだけれど」
と、聞いた。
七色も、傷だらけで、綺亜と同様に、服は、ひどく傷んでいた。
「大丈夫です」
と、七色が、短く、言った。
「それに、何とか、なりました」
七色は、屋上の寒さに、左手を、右手の肘に、当てながら、立っていた。
「まあ良いわ」
と、綺亜は、瞑目して、微笑んだ。
七色、と、綺亜は、呼んだ。
「ありがとう」
ただ一言、綺亜は、言った。
綺亜は、空を、見上げた。
彼方がいなければ、七色がいなければ、今こうして、空を眺めている自分は、いないに違いない。
自分は、ただ怖がりな小鳥で、"守護者"の使命という籠から、怯えて出てこなかったかも知れない。
共に戦ってくれる仲間として、それ以上に、友達として、自分と向かい合ってくれている七色と、真正面から向かい合いたいと、綺亜は、強く願った。
(……だからこそ……)
月を見上げながら、綺亜は、
「今、この街で……この樋野川市で、何かが、起こりつつある」
「……」
七色は、黙ったままだった。
「七色は、"月詠みの巫女"として、私は、"守護者"として、やるべきことがある」
「……」
だから、と、綺亜は、続けた。
「一緒に、戦ってほしい」
綺亜の真っすぐな瞳に、七色は、ゆっくりと頷いた。
うん、と、綺亜も、頷いた。
「一緒に、戦って……そして、私と、戦ってほしい」
「……綺亜さんと……?」
と、七色が、聞いた。
「これは、恋のライバル宣言」
綺亜は、言った。
その宣言は、唐突だった。
七色の瞳が、揺れた。
「……七色は」
と、綺亜は、言った。
「七色は、彼方のこと、どう思ってるの?」
その問いかけは、突然だった。
七色が、はっと顔を上げると、綺亜の真剣な眼差しが、あった。
沈黙が生まれて、七色は、俯いた。
「私は……」
七色が、言いかけて、そこで止まってしまったのを見て、綺亜は、困ったように笑って、ううんと首を振った。
「この言い方は、フェアじゃないわね」
と、綺亜が、言った。
改めて、七色に向かい合った綺亜は、
「私は、彼方が、好き」
その告白は、突然だった。
七色は、綺亜の肩が、少し震えているのが、わかった。
(今の私は……)
と、七色は、逡巡している自身に気付いて、黙ってしまった。
「七色の答えは……今は、良いわ」
と、綺亜は、続けた。
「負けないんだから」
綺亜の微笑みに、七色は、小さく、口を開けるのみだった。
「……」
迷いのない、綺亜の微笑みに、七色は、応えられずに、ただ黙っていることしかできなかった。




