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第6話 守護者の鼓動 9

「……ぐっ……は……」


 鷲宮が、呼吸を、何とか搾り出すと、びちゃりと、赤黒い血が、口から、零れた。


「まさか……この私が、こんなところで……厭になりますね」


 と、鷲宮は、苦笑まじりに、言った。


 鷲宮は、立っているのではなく、俯せに、這っていた。


 手入れが行き届いていた、ネイビーのコートやスーツや、鏡面磨き仕立ての黒い革靴は、泥まみれだった。 


 鷲宮の這いずる肢体は、奇妙だった。


 右腕と左脚が、半透明に、輝いていて、半ば、実体が、ないのである。


 "月詠みの巫女"の剣から受けた、一太刀は、確かに、"虚影の指揮者"鷲宮イクトという、"爛の王"の消失に足りる威力が、あった。


 しかし、自分という存在は、消えていなかった。


「私は……ここに、いる……」


 と、鷲宮は、言った。


 剣を振るった者が、本来の所持者である、"月詠みの巫女"ではなかったことが、幸いしたのかもしれなかった。


 この結末は、鷲宮自身にも、予想外だったが、己の悪運の強さに、自嘲ぎみの笑みが、漏れていた。


 鷲宮の脳裏に、朝川彼方という少年の姿が、掠めた。


(何だったのか、あの少年は……)


 と、鷲宮は、思った。


 鷲宮には、朝川彼方という少年は、高揚した感情で、何とかねじり出した、膂力に任せて、素人同然の、つたない技術で、剣を振るっているだけの存在にしか、見えなかった。


(最後の瞬間、妙な気配を、感じた……あれでは、まるで……)


 辺りは、静かだった。


「……っ……」


 鷲宮は、断続的に生じる身体の痛みに、息を、吐きだした。


 力の恢復には、時間がかかりそうだが、あくまで、時間がかかるだけ、である。


「……たっぷりと……ぐっ……後悔させてあげましょう……」


 と、鷲宮は、呪いの言葉を、紡いだ。


「随分と、滑稽な芝居ね」


 と、声が、した。


 前方からかかった声に、鷲宮は、顔を上げた。


 その声は、澄んでいた。


 澄みすぎていて、得体のしれない違和感が、あった。


 暗闇のせいか、相手の姿は、良く見えない。


(何だ、この感覚は)


 と、鷲宮は、思った。


 不愉快な感覚が、鷲宮を、包み込んでいた。


「……何者ですか?」


 と、鷲宮は、聞いた。


 くすりという微笑みが、聞こえて、


「"蜘蛛"と言えば、わかるかしら」


「……な……」


 鷲宮は、己の耳を疑い、そして、言葉を失った。


「"天宮殿"の神官……だと!」


 と、鷲宮は、呻くように、言った。


「そう呼ばれもするわね」


「馬鹿な……何故、こんなところに?」


「さあ、何ででしょうかね」


 と、声は、鷲宮をからかうような調子だった。


 風が、吹いた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 鷲宮が、吼えた。


 鷲宮の影が、電波を受信できない時のアナログテレビの画面の砂嵐のように、濁った。


「消えろぉおおお!」


 突如、鷲宮自身の影からつくり出された、影の針が、声の主に、襲いかかった。 


 相手を、影の針が、ざっくりと貫いた。


「……ああ」


 と、鷲宮は、絶望の声をあげた。



 相手は、全くの無傷だった。


「"爛の王"の中でも、とりわけ力の有る十二の勢力"円卓会議"の王、その第十一座、と言っても、所詮、この程度なのね」


 と、声の主は、失望のため息を、漏らした。


「貴方個人には、関心はないのだけれども、この地で、色々と動いたのは、感心しないわ」


 鷲宮は、声の主が、だんだんと、自身に近付いてきているのを、感じた。


「それに、あの倉嶋の力は、私が、遊ぶの。楽しみにしていた玩具に、お手付きをされてしまったのだから、その心情は、察してね」


 声の主は、細く白い、右手を、鷲宮に向かって、開いた。


「消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 と、鷲宮は、叫んだ。


 鷲宮自身の影から、つくり出される影の針は、声の主に届く前に、次々と、打ち砕かれた。


「"影法師"の魔法。少しは、私の魔術探求の糧になるかと思ったのだけれども、とんだ期待外れだわ」


 鷲宮のつくり出した影の針が、砂のように、舞い上がって、霧散していった。


「……ぁ……」


「さて、私がここにいる意味が、もう貴方にもわかるでしょう?」


「……やめ……ろ……」


 鷲宮の口が、震えた。


「貴方の、顕現の理の残滓。残り滓だけれども、奪ってあげるわ。感謝なさい」


「……やめ……」


 鷲宮が、最後に見たものは、自身に静かに伸びてくる、細い糸、だった。

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