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第6話 守護者の鼓動 7

「あらかた、この階の"影法師"に縛られた、人達の無力化は、済んだようですね」


 と、麻知子が、言った。


「そうだね。何とか、なったかな」


 と、言ったのは、麻知子の上司の能登である。


 麻知子は、肩をすくめて、


「ほとんど、私が、無力化しましたけれどもね」


 と、言うと、能登は、慌てた調子で、


「だ、だって、麻知子ちゃんが、どんどん先に、進んじゃうからだよ」


 と、言った。


「まあ、確かに、先輩には、露払いをしていただいたり、それなりに、任務には、貢献していただきましたが、まだまだですね」


「……ねえ、私が、上司なんだよね……?」


 能登の視線と、麻知子の挑戦的な視線が、重なった。


「そうですよ。言葉が、なっていないのでしたら、謝りますよ?」


 と、麻知子は、無愛想に、言った。


 能登は、寂しそうに、微笑んで、


「ううん。違うの。先輩の私が、麻知子ちゃんの足を引っ張っちゃっているから、もっと、頑張らないとなって」


「……別に、気にしていませんよ」


 と、麻知子は、短く、言った。


 能登は、ウェーブのかかった、柔らかな髪を揺らして、不安げな視線を、麻知子に向けて、


「麻知子ちゃん。ちょっと、寒いんだけど……」


 と、言った。


「まあ、そんな恰好ですからね。寒くは、あるでしょうね」


 と、麻知子は、淡々と、言った。


 能登は、体操服とブルマという恰好だった。


「だって、体育の授業中に、組織から、招集がかかったんだよ。さすがに、恥ずかしいから、ジャージを着て、急いで、来たんだよ」


 と、能登は、食い下がった。


 麻知子は、嘆息しながら、


「着ていた、そのジャージは、どうしたのですか?」


 と、聞いた。


 能登は、泣きそうな顔になって、


「戦いの途中で、ぼろぼろになっちゃったから……バッグの中に、入れちゃって……ええと、ちょっと、見てくれないかな?」


 と、言った。


(面倒な人だな)


 と、麻知子は、思った。


「現況にそぐわない恰好ということ以外は、問題なさそうですよ。少し、後ろを、見せて下さい……ああ、なるほど。そういうことですか。納得がいきました」


「ええっ!そんな、麻知子ちゃん一人で、納得されても、困るよ」


 と、能登が、言った。


「先輩のブルマですが、破けています」


 と、麻知子は、事実を、告げた。


「えええええ~っ!」


 能登は、慌てて、両手を、後ろに、回した。


 麻知子の指摘通り、能登のブルマは、臀部の右側が、大きく、破けてしまっていた。


 そのせいで、下着も、露わに、なってしまっていた。


「どうしよう、麻知子ちゃん!」


 と、叫んだ、能登の顔は、ますます泣き出しそうだった。


 能登と麻知子は、二つの顔を、持っていた。


 一つは、普通の学生としての顔である。


 通学をして、勉学に励む、学生である。


 もう一つは、世界の理の外の存在である"爛"の殲滅機関の一員としての顔である。


 能登と麻知子は、機関の中の、情報を扱う部署に、配属されていた。


 麻知子は、能登とコンビを組んでいて、能登の部下である。


 年は、能登が、二つ上である。


 今回の任務は、葉坂学園を急襲した、"爛の王"への対処だった。


 麻知子の携帯電話が、震えた。


(返事が、来たか)


 と、麻知子は、思った。


「先輩。少し、失礼します」


 と、麻知子は、能登に断って、通話のボタンを、押した。


「お疲れさん」


 と、麻知子の携帯電話越しに、男の声が、響いた。


「てっきり、メールで、お返事をくださるのかと、思っていました」


 と、麻知子が、言った。


「まあ、偶には、俺の声も、聞きたいだろう?」


「聞きたくないですし、この緊急事態に、その緊張感の無さは、困ります」


「わかった、わかった」


 男の声は、軽い感じだった。


 声の主は、雨尾家(あまおや)という、麻知子の属する、組織の上司である。


「指示を、お願いします」


 と、麻知子は、不快感を隠さずに、言った。


「機嫌が、悪そうだな」


「いえ、貴方の気のせいですよ」


「そういうことにしておこう」


 と、雨尾家は、苦笑した。


 組織の任務にあたる場合には、雨尾家の指示を受けることが、ほとんどだった。


 雨尾家は、麻知子と能登の、実質的な上司である。


 麻知子は、雨尾家と、対面したことはなかった。


 連絡手段は、通話とメールだが、基本的には、通話のみである。


 いつも、こうして、電話越しに指示を受け、任務を遂行し、電話越しに報告するのである。


 但し、任務の遂行中に、雨尾家から、電話がかかってくるのは、珍しかった。


「どうしたのですか?」


 と、聞いたのは、麻知子である。


「どうした?」


 麻知子は、電話越しに聞こえる、何か音がするのが、気になった。


「貴方の携帯から、少々、騒がしい音が、するものですから、気になって、聞きました」


 ああ、と、雨尾家は、笑った。


「今、取込み中でな。気にするな。ちょいと、掃除をしているもんでね」


「掃除……?」


「片付けだよ」


「部屋の掃除ですか?」


 と、麻知子は、呆れながら、言った。


「まあ。そんなところだ」


「私事と仕事を、一緒に、しないで下さい。迷惑を被るのは、私達なんですから」


 くくっ、と、麻知子の耳元で、笑い声が、響いた。


「何が、おかしいのですか?」


「いや。私、じゃなくて、私達、なんだと、思ってな。お前さん、結構優秀なんだが、独りよがりな、一匹狼なプレーが、目立っていたからなあ。能登ちゃんと組ませて、正解だったな」


 麻知子は、瞑目して、


「……私の、メールは、読んでいただけたのですよね?」


 と、言った。


「ああ、読んだ。だから、こうして、折り返しの電話を、しているんだろう?」


 雨尾家は、


「任務の完遂まで、どのくらいかかりそうだ?」


 と、聞いた。


「……それでは、答えに、なっていません」


 麻知子は、はっきりとした調子で、


「お願いしたのは、任務の変更の指示です」


 と、言った。


「わかってるよ」


「あの強大な力を持つ、"爛の王"に、倉嶋綺亜が、単独で対処できるとは、思いません」


 と、麻知子が、言った。


「私達も、増援に向かいます」


 麻知子の言葉を、無視するように、雨尾家は、


「"爛の王"の討滅まで、後、どのくらいかかりそうだ?」


 と、電話越しに、聞いた。


「何を、言っているのですか?」


「言葉通りだ。"月詠みの巫女"と"守護者"が、揃い踏みしているんだぞ。十二分だろう?」


「討滅など、できるのですか?相手は、"爛"の中でも、高位の存在である"爛の王"……更に、"爛の王"の中でも、とりわけ有力な十二の勢力"円卓会議"に座するとされる者です。そう簡単には……」


「お前さんの私見は、求めていない」


「……っ!」


 麻知子は、反駁の言葉を、飲み込んだ。


「"月詠みの巫女"御月七色もしくは"守護者"倉嶋綺亜は、"爛の王""虚影の指揮者"鷲宮イクトを、討滅できそうなのか?」


「……わかりかねます。私達に与えられた、任務は、鷲宮イクトの魔術"影法師"に縛られた人々の無力化です」


「それで、正解だ。もう少しで、全域を、制圧できるんだろう」


「……はい」


「それなら、仕事は、終わったようなものだろう。いつもの、完遂の報告は、不要だな。この通話をもって、今回の任務は、終了だ」


 と、雨尾家は、言って、


「俺は、掃除中なんだ。もう、連絡してくるなよ。じゃあな」



 そこで、通話は、切れた。


「はは……相変わらず、無責任な上司ですね」


 と、麻知子は、苦笑した。


「……麻知子ちゃん?」


 と、能登が、俯いていた、麻知子を心配するように、覗き込んだ。


「後は、好きにしろということですか……」


 と、言った、麻知子は、前方を、見据えた。


「先輩。早く、残りの階を、制圧して、倉嶋綺亜の増援に、向かいますよ」

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