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第6話 守護者の鼓動 2

 葉坂学園の廊下では、闘いが、繰り広げられていた。


「こんな時に、何で、昔のことなんか……」


 綺亜は、小さい頃のことを、思い出していた。


 自室に飾ってある、写真の光景が、頭の隅で、残像のように、くすぶっていた。


 綺亜は、男子生徒の影を斬って、昏倒させた。


 体育館を出た後も、操影の魔術"影法師"に操られた、生徒や教師が、立ちはだかってきた。


 今、綺亜と相対しているのは、山本(やまもと)という国語の教師と、十人程の生徒達である。


 綺亜に、生気のない目が、向けられていた。


 綺亜は、唇を噛んで、


(体育館の皆だけじゃなくて、もしかして、学園全体の人を、"影法師"で、縛ったっていうの……?)


 と、思った。


(そうだとしたら、あの"爛の王"の力は、相当なものだわ)


 これだけの騒ぎが、起こっているにもかかわらず、混乱の様子が、どこからも聞こえてこないことが、綺亜の予想の裏打ちのように、思えた。


 山本と生徒達の影は、電波を受信できない時のアナログテレビの画面の砂嵐のように、濁っていた。


 綺亜は、身構えた。


 山本が、不安定に左右に、身体を揺らしながら、歩を進めた。


 山本の後ろには、椅子や机を、軽々と持った、生徒達が、控えていた。


 山本達の歩き方は、支点を失った、振り子のようだった。


「対象者の影と、その意識を縛る魔術"影法師"。縛りから解放するには、対象者の影を、斬ること……」


 と、綺亜が、自身に聞かせるように、言った。


「いくわよっ!」


 綺麗は、廊下を、勢いよく、踏んだ。


 綺亜は、猛然と、奔った。


「やああっ!」


 綺亜のレイピアが、綺亜に向かって放り投げられた、椅子と机を、薙ぎ払った。


「てあぁっ!」


 綺亜は、山本の身体に、拳を、撃ち込んだ。


 山本は、難なく、それを、受け流した。


(やっぱり、皆、身体能力が、極端に、上がってる……!)


 少し、山本の身体が、傾いた。


 綺亜は、その僅かな隙を、狙った。


「もらった!」


 綺亜の蹴りは、山本の肩を、掠めた。


 山本は、すぐに、体勢を立て直してきた。


 綺亜は、更に、間合いを、詰めにかかった。


 山本の姿勢が、低くなった。


(まずいっ)


 と、綺亜は、思った。


(誘い込まれたのは、私のほう……)


 山本の肩からの突進が、綺亜に、直撃した。


「……っ!」


 綺亜の身体が、大きくよろめいた。


 山本が、奔り込んできた。


(このまま、迎撃するしかない)


 と、思った、綺亜は、身体を沈み込ませて、逆立ちをして、開脚した。


 そのまま、綺亜は、回し蹴りを、放った。


 綺亜の蹴りを、まともに受けた、山本が、倒れ込んだ。


 同時に、山本の後ろに控えていた、生徒達が、襲いかかってきた。


「相手に、なりましょう」


 と、綺亜の耳に、不意に、声が、届いた。


 綺亜の前に、一人の少女が、現れた。


 背は、綺亜よりも、少し低いくらいの、若干小柄な少女である。


 少女は、向かってきた、男子生徒の胸倉を無造作に掴み、そのまま、男子生徒の身体を、軽々と、片手で、持ち上げた。


 男子生徒を、片手で、宙に吊るすように持ち上げたまま、少女は、駆けた。


 少女に持ち上げられた男子生徒の身体が、生徒達を、押し倒していった。


 少女は、一遍に、五人の生徒達を、転倒させた。


「こんなところでしょうか」


 と、少女は、両手のほこりを払いながら、言った。


「貴女は……」


 と、綺亜が、言った。


 少女は、綺亜に、向き直った。


 切れ長の瞳が、強い意志を感じさせる、ロングヘアーの少女である。


「お会いするのは、二度目ですね。北条製薬の落成式のパーティー以来でしょうか」


 麻知子に言われて、綺亜は、


「あの時の……」


 と、言った。


 北条製薬の落成式のパーティー会場で、出会った、二人組の少女の内の一人だと、綺亜は、思い出した。


「はい。町村麻知子(まちむらまちこ)と申します」


 と、少女が、言った。


「貴女のその力……それに、制服も、葉坂学園じゃないし……」


 そうですね、と、麻知子は、淡々と、言った。


「私のこの力は、一般人のものではありませんし、この制服は、桶野川市の女子校の栄東学園(えいとうがくえん)のものです」


「栄東学園……」


「ええ。倉嶋綺亜さん、貴女が、形式上、半年ほど在籍していたことになっていた所ですよ。出席日数は、四日でしたか」


 綺亜は、麻知子が、自身の情報を持っていることに、とまどった。


「かの組織の一員……と言えば、貴女にも、通りが良いでしょうか」


 綺亜は、はっと息をのんだ。


 その時、伏したままの、山本から、声が、漏れて、


「仲良く、二人で、お喋りですか。あまり、油断は、しないほうが、良いですよ」


 突如、山本の影が、震えた。


 山本の影が、突然、隆起して、黒色の針の群れとなった。


 麻知子は、倒れ込んでいる山本の影から作り出された針を、自身の手で、掴んだ。


「なっ……」


 綺亜は、驚きのあまり、言葉を、失った。


 麻知子は、そのまま、拳で、影の針を、握りつぶした。


「子供だましですね」


 と、麻知子が、言った。


「図に乗らないでもらいたい。組織の末端風情が」


 と、"影法師"に操られた、倒れたままの山本が、忌々しげに、言って、


「貴女からは、大した力を、感じませんねえ」


 麻知子は、肩をすくめた。


「確かに、組織の中では、現状、私の立ち位置は、脆弱そのものです」


 ですが、と、麻知子は、続けて、


「私が、成績を上げるには、ちょうど良い機会なのです」


 と、言った。


 訝しげな表情の山本を、麻知子は、見た。


「わざわざ言わせないで下さいよ」


 と、麻知子は、冷笑した。


「私のような末端の構成員でも、充分に足りる相手でしかないということですよ、貴方は」


 麻知子の言葉に、山本は、にやっと笑って、


「それは、どうですかね」


 と、言った。


 不意打ち気味に起き上がろうとした山本を、麻知子は、踏みつけた。


 再び、倒れ込んだ、山本は、もう何も言わなくなった。


「この魔術"影法師"を仕掛けた、"爛の王""虚影の指揮者"鷲宮イクトを、探しているようですね」


 と、言った、麻知子は、綺亜に、向き直った。


「……そのへんも、既に、把握済みってわけね」


「貴女ほどのキャパシティの持ち主ならば、鷲宮イクトの居場所も、わかるのでは?」


「感覚では、上のほうだということは、わかるわ。でも、あまり、自信はないの……」


 と、綺亜は、言い淀んだ。


「さすがです。私には、貴女のような感知能力はありませんが、代わりに、これが、あります」


 麻知子は、タブレットを、取り出した。


「"爛"の検索システムです。まだ、試作段階ではありますが、性能には、それなりに、自信があります」


 麻知子は、タブレット上のキーボードをテンポ良く、操作していった。


「そんなものが……」


 と、綺亜が、言った。


「鷲宮イクトの痕跡を、私達は、根気よく、追ってきました。それが、ここで、役立つことになりました」


 と、麻知子が、答えた。


 淡々とタブレットを操作する麻知子は、


「わかりました。この先の、西棟の屋上のようですね」


「……ありがとう」


 と、綺亜が、言った。


「ここは、私に、任せて下さい。倉嶋のご令嬢には、"爛の王"討滅を、お任せします」


 綺亜は、大きく、頷いた。


「それは、そうと」


 と、麻知子は、言葉を切って、綺亜を、まじまじと見た。


 麻知子の行動に、綺亜は、当惑した。


「何ですか、その恰好は。体操服にブルマ、廊下を、走り回って良い、服装には、思えませんが」


「こ、これは!さっきまで、体育の授業だったからよ」


 と、綺亜が、赤面しながら、言った。


 麻知子は、自身が発信した質問に、興味を失ったように、


「納得しました」


 とだけ、言った。


 綺亜が、走り出そうとしたところに、一人の少女が、駆けてきた。


「ご、ごめんねえ!待たせちゃったよね」


 息を切らせながら、少女が、言った。


 少女は、体操服とブルマという恰好だった。


「貴女は……あの時の……」


 と、綺亜が、言った。


「か、籠原能登(かごはらのと)です」


 と、息を整えながら、少女が、言った。


 能登の胸は、形が良く、豊満で、体操服の名札が、二つの山のような形に隆起していて、読み取りにくかった。


「何ですか、その恰好は……」


 麻知子は、露骨に、不愉快な顔をしてみせた。


「ちょうど体育の時間に、招集がかかって……急いで、飛んできたんだよっ、麻知子ちゃん!」


 と、能登は、言った。


 まだ息を切らしたままの能登を見た、麻知子は、ため息を、ついた後、綺亜に、


「行って下さい」


 と、言った。


「え、ええ」


 とだけ、言った、綺亜は、走り出していた。


「先輩。まずは、この階の制圧から、はじめますよ」


 と、麻知子は、事務的に、能登に、言った。

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