第6話 守護者の鼓動 1
カーテン越しの淡い光で、少女は、ゆっくりと、目を開いた。
「……」
大きな屋敷の一室に、少女は、いた。
その部屋は、高い天井を持ち、壁には淡いクリーム色の上品な壁紙が貼られている。
窓辺には、風に揺れる薄いレースのカーテンがかけられている。
日差しは柔らかく、まるで少女を包み込むように、室内へ降り注いでいた。
美しい少女である。
腰までかかる柔らかなブロンドの髪である。
その髪は、陽光を受けるたびに金色の粒を散らしたように輝き、指先で触れれば、絹糸のように滑り落ちそうなほど、しなやかだった。
それは、西洋の赴きを感じさせた。
エメラルドグリーンの瞳である。
光の加減で、深い森の色にも、透き通る湖の色にも見えるその瞳は、幼いながらも、強い意志を宿していた。
端整な顔立ちの中でも、特に印象深い釣り目である。
それは、可憐さを思わせて、同時に、意志が強そうな印象である。
怯えているわけでも、強がっているわけでもない。
ただ、何かを探すように、いつも真っ直ぐに見つめる眼差しだった。
それらがハーフを思わせる、美少女である。
屋敷は、西洋風である。
古い歴史を感じさせながらも手入れが行き届き、重厚な家具や長い廊下の先々に飾られた絵画は、少女の家の格式を、雄弁に物語っていた。
大きな窓の向こうに広がる、広大な庭園には、手入れの行き届いた、色彩豊かな見事なバラが、咲き乱れていた。
風がそよぐたび、花弁は揺れ、香りは、部屋の中にまで漂ってくる。
庭園の中央にある噴水が、太陽の光を受けて、輝いて、見えた。
少女は、
「身体……痛い……」
と、つぶやいた。
ふくらはぎが、腫れているように、少女は、感じた。
コツコツと正確に時を刻む、時計の針の音が、やけに気になる。
少女は、白い天井を、ぼんやりと、見つめた。
身体が、熱い。
(また、少し、熱が、あるみたい)
と、少女は、思った。
体感では、三十七度代である。
ベッドから、ゆっくりと、上半身を起こした少女は、近くの小さな棚に飾ってある写真立てを、手に取った。
飾られているのは、先週の日曜日に、撮った写真である。
写真の中心に写っているのは、少女自身だ。
外出用の綺麗な白いドレスを着て、満面の笑みを、浮かべている。
場所は、少女が住んでいる、屋敷の庭園である。
少女の左右では、父親と母親が、笑っていた。
少女は、病弱で、長い間、屋敷から出ることさえも、禁じられていた。
少女は、深窓の生活を、余儀なくされていた。
そのような境遇の少女にとって、屋敷の庭園で、両親と遊ぶことが、何よりの楽しみだった。
少女は、目を細めて、
(この前は、楽しかったな……)
と、思った。
少女の顔が、ほころんだ。
しかし、少女は、次の瞬間には、胸の痛みに、顔をしかめた。
「……っ」
突然、胸の痛みに、襲われることが、あった。
痛みが、襲ってくる時には、いつも、その予感が、あった。
「……苦しい」
少女は、その予感が、とても嫌いだった。
注射器の針が、肌に刺し入れられる瞬間に、似ていた。
胸が痛む時には、きまって、関節の痛みと発熱が、伴った。
肘や膝のあたりが、じんわりと、倦怠感と鈍痛を、運んでくる。
胸の痛みの発作が起こってしまうと、熱も、三十八度以上出てしまうことが、多かった。
そうなると、少女は、歩くことも、ままならなかった。
一連の発作は、症状で見れば、風邪に似ているのだが、決して、風邪ではなかった。
少女は、気だるげに、
「……これは、呪いよ……」
と、最近、小説で覚えた言葉を、つぶやいた。
小説は、ファンタジー世界の悲恋物だ。
王子と呪いに苦しむ魔女との、切ない恋物語だった。
少女は、倉嶋綺亜、九歳である。
腰までかかる柔らかなブロンドの髪と、エメラルドグリーンの瞳が、ハーフを思わせる、美しい少女である。
綺麗なブロンドの髪は、母親譲りだった。
頬の火照りを感じながら、やっとのことで、ベッドから起き上がった。
綺亜は、姿見の前に、立った。
「……」
鏡に映っている自身の顔は、青白く、表情は、沈んでいた。
(ひどい顔、してるな……)
と、綺亜は、思った。
「でも、これは、調子が、悪いからよ」
綺亜は、鏡に映った自身に、言い訳するように、言った。
その時、
「綺亜。起きている?」
と、声がした。
柔らかい声は、綺亜の顔を、ほころばせた。
綺亜は、部屋の出口まで、小走りにかけていって、軽やかに、ドアを、開いた。
「おはよう、お母様」
と、綺亜は、にこやかに、言った。
綺亜の前には、一人の女性が、立っていた。
綺亜の母親の、倉嶋レイアである。
「おはよう、綺亜」
レイアは、綺亜の頭を、優しくなでた後、綺亜の額に、触れた。
綺亜は、くすぐったそうに、笑った。
「少し、熱が、あるみたいね」
と、レイアは、心配そうに、言った。
綺亜は、母親を真っすぐに見ながら、
「ちょっとだけよ」
と、言った。
「胸のほうは……?」
心配げな母親の声に、綺亜は、
「大丈夫よ。そんなに、しょっちゅう、発作が、起こるわけじゃないもの」
と、言った。
「そう」
と、レイアは、静かに微笑んだ。
大きな窓の向こうに広がる、広大な庭園には、手入れの行き届いた、色彩豊かな見事なバラが、揺れていた。
「ね」
と、綺亜は、上目遣いに、レイアを見て、
「お稽古したい」
綺亜は、剣を構える仕草をした。
「お母様との手合わせ」
綺亜は、嬉々として、
「この間、時田に、剣のお稽古を、してもらったの」
と、言った。
「相変わらず、褒めてもくれなかったけど、一度も、駄目出しをされなかったのは、はじめて。手応えを、感じたわ」
誇らしげに話す綺亜に、レイアは、ゆっくりと、頷いていた。
レイアは、瞑目して、
「今日は、止めておきましょう」
「何で?」
綺亜の声は、不満そうだった。
「無理をしては、駄目よ」
「その時は、ちゃんと、そう言うわ」
「綺亜。本物の騎士に、なりたいのでしょう?」
少女の母親の問いかけは、穏やかな調子だった。
「……うん」
と、綺亜は、残念そうに、言った。
「良い子ね」
レイアは、もう一度、綺亜の頭を、なでた。





