第6話 守護者の鼓動 1
カーテン越しの淡い光で、少女は、ゆっくりと、目を開いた。
「身体……痛い……」
と、少女は、つぶやいた。
ふくらはぎが、腫れているように、少女は、感じた。
コツコツと正確に時を刻む、時計の針の音が、やけに気になって、少女は、白い天井を、ぼんやりと、見つめた。
(また、少し、熱が、あるみたい)
と、少女は、思った。
体感では、三十七度代である。
ベッドから、ゆっくりと、上半身を起こした少女は、近くの小さな棚に飾ってある写真立てを、手に取った。
飾られているのは、先週の日曜日に、撮った写真である。
写真の中心に写っているのは、少女自身で、外出用の綺麗な白いドレスを着て、満面の笑みを、浮かべている。
場所は、少女が住んでいる、屋敷の庭園である。
少女の左右では、父親と母親が、笑っていた。
少女は、病弱で、長い間、屋敷から出ることさえも、禁じられていた。
少女は、深窓の生活を、余儀なくされていた。
そのような境遇の少女にとって、屋敷の庭園で、両親と遊ぶことが、何よりの楽しみだった。
少女は、目を細めて、
(この前は、楽しかったな……)
と、思った。
少女の顔が、ほころんだ。
しかし、少女は、次の瞬間には、胸の痛みに、顔をしかめた。
突然、胸の痛みに、襲われることが、あった。
痛みが、襲ってくる時には、いつも、その予感が、あった。
少女は、その予感が、とても嫌いだった。
注射器の針が、肌に、刺し入れられる瞬間に、似ていた。
胸が痛む時には、きまって、関節の痛みと発熱が、伴った。
肘や膝のあたりが、じんわりと、倦怠感と鈍痛を、運んでくるのである。
胸の痛みの発作が起こってしまうと、熱も、三十八度以上出てしまうことが、多かった。
そうなると、少女は、歩くことも、ままならなかった。
一連の発作は、症状で見れば、風邪に似ているのだが、決して、風邪ではなかった。
「……これは、呪いよ……」
と、少女は、最近、小説で覚えた言葉を、つぶやいた。
小説は、ファンタジー世界の悲恋物で、王子と呪いに苦しむ魔女との、切ない恋物語だった。
少女は、倉嶋綺亜、九歳である。
腰までかかる柔らかなブロンドの髪と、エメラルドグリーンの瞳が、ハーフを思わせる、美しい少女である。
綺麗なブロンドの髪は、母親譲りだった。
頬の火照りを感じながら、やっとのことで、ベッドから起き上がった、綺亜は、姿見の前に、立った。
鏡に映っている自身の顔は、青白く、表情は、沈んでいた。
(ひどい顔、してるな……)
と、綺亜は、思った。
「でも、これは、調子が、悪いからよ」
綺亜は、鏡に映った自身に、言い訳するように、言った。
「綺亜。起きている?」
柔らかい声は、綺亜の顔を、ほころばせた。
綺亜は、部屋の出口まで、小走りにかけていって、軽やかに、ドアを、開いた。
「おはよう、お母様」
と、綺亜は、にこやかに、言った。
綺亜の前には、一人の女性が、立っていた。
綺亜の母親の、倉嶋レイア(くらしまれいあ)である。
「おはよう、綺亜」
レイアは、綺亜の頭を、優しくなでた後、綺亜の額に、触れた。
綺亜は、くすぐったそうに、笑った。
「少し、熱が、あるみたいね」
「ちょっとだけよ」
「胸のほうは……」
心配げな母親の声に、綺亜は、
「大丈夫よ。そんなに、しょっちゅう、発作が、起こるわけじゃないもの」
と、言った。
そう、と、レイアは、静かに微笑んだ。
大きな窓の向こうに広がる、広大な庭園には、手入れの行き届いた、色彩豊かな見事なバラが、揺れていた。
「ね」
と、綺亜は、上目遣いに、レイアを見て、
「お稽古したい。お母様との手合わせ」
綺亜は、剣を構える仕草をした。
綺亜は、嬉々として、
「この間、時田に、剣のお稽古を、してもらったの。相変わらず、褒めてもくれなかったけど、一度も、駄目出しをされなかったのは、はじめて。手応えを、感じたわ」
と、言った。
誇らしげに話す綺亜に、レイアは、ゆっくりと、頷いていた。
レイアは、瞑目して、
「今日は、止めておきましょう」
「何で?」
綺亜の声は、不満そうだった。
「無理をしては、駄目よ」
「その時は、ちゃんと、そう言うわ」
「綺亜。本物の騎士に、なりたいのでしょう?」
少女の母親の問いかけは、穏やかな調子だった。
「……うん」
と、綺亜は、残念そうに、言った。
「良い子ね」
レイアは、もう一度、綺亜の頭を、なでた。




