第5話 影のパーティー 9
「っ!」
七色の口から、驚きの息が、漏れた。
凛架の影から、つくり出された、黒色の針の先端が、七色の細い脚を、斬った。
七色は、灼けるような痛みに、顔を、しかめた。
針の先端が触れた、七色の左太ももから、血が、何本かの筋をつくって、滴り落ちていった。
「私は、遠慮は、しませんよ」
と、鷲宮は、にやっと笑った。
「七色!」
と、彼方が、叫んだ。
駈け寄ろうとする彼方を、七色は、手で、制した。
大丈夫です、と、七色が、言った。
「好峰さんを、安全な隅の場所まで、運んであげて下さい。操影の魔術にかけられた人達は、綺亜さんと私を狙うように、暗示を、かけられているようですから」
七色の言に、彼方は、頷くと、杏朱を、抱きかかえた。
凛架の蹴り技は、早くて、正確だった。
(空手をやっているだけある)
と、七色は、思った。
七色と凛架は、一進一退の攻防を、繰り広げた。
(立海さんの蹴りに、割り込もうとしても、その隙がない)
凛架は、息を吸い込むと、勢いよく、前に、踏み出した。
(速い……!)
七色が、身構えるよりも速く、凛架の正拳の突きが、七色の腹部を、捉えていた。
七色は、僅かに身を退くことで、凛架の拳を、右手で、掴んでいた。
凛架の身体が、七色に、引き寄せられて、大きく、傾いた。
七色の手刀で、凛架は、ゆっくりと、崩れ落ちた。
「どうしたのですか、"月詠みの巫女"。一般人に、そこまで、手こずるとは、拍子抜けですよ」
と、鷲宮は、揶揄するように、言った。
七色と綺亜は、奮戦したが、多勢に無勢で、徐々に、追い詰められつつあった。
(それに、皆が、相手じゃ……分が悪すぎる)
と、体育館の隅の壁を背もたれに、杏朱を、寝かしつけた、彼方は、思った。
杏朱は、青白い顔のまま、眠りに、ついていた。
彼方が、杏朱の手を握ると、ひどく冷たかった。
(これも、魔術の、影響なのか……)
と、彼方は、思った。
「杏朱。ここで、待っててね」
と、彼方は、杏朱に、言った。
綺亜と七色が、横並びに、なった。
「……操られてしまっている本人と、影からの、複合攻撃。迂闊に、手が出せないわね」
と、綺亜が、呻くように、言った。
七色は、眼前を見据えたまま、
「迷っている暇は、ないです」
と、言った。
綺亜は、揺らぎのない、まっすぐな、七色の言葉に、とまどって、
「七色……?」
「学園の皆さんを傷つける行為に、綺亜さんが、ためらいを感じているのは、わかります」
と、七色は、事務的に、言った。
「それは……」
と、綺亜は、言い淀んだ。
「敵は、確実に、前に、存在している。ならば、躊躇しているわけにはいかないでしょう」
と、言った、七色は、前方を、見た。
綺亜は、叫ぶように、
「そんな、1+1は、みたいな考え方……!」
「1+1は2です」
と、七色は、にべもなく、言った。
「くは……くはははははははははは!」
鷲宮は、肩を震わせて、哄笑した。
「どうですか、お友達に、良いようにやられるというのは!最高に、気持ち良いでしょう?」
七色は、双振りの剣で、生徒達の影を斬り付けていくと、ばたばたと倒れる人影の音が、した。
「綺亜さん、影を!」
と、七色が、言った。
「……わかってるわ、そんなこと!」
と、綺亜が、戸惑い気味に、叫んだ。
操られている生徒達と綺亜の間に、両端を繋ぐ青白い一本の線が、できていた。
綺亜が創り出した、魔力による、青の導火線である。
「スティングレイ、起動しなさい!」
綺亜が、レイピアを振るって、号令すると、雷光の線が、空間を薙いだ。
瞬く間に、迸る雷光は、生徒達の影だけを、正確に狙っていく。
次々に倒れ込む生徒達の姿が、綺亜の瞳に映った。
綺亜の背中を、別方向からの影の針が、襲った。
「しまっ……」
綺亜は、体勢を立て直そうとしたが、目の前に、影の針が、迫った。
鋭い音とともに、その針が、砕かれた。
綺亜の前に、七色が、割り込んでいた。
七色が、影を斬りつけて、女子生徒を、一人、昏倒させると、片膝をついた。
「……はぁっ」
と、七色は、大きく、息をついた。
「大丈夫、ですか……?」
と、七色は、聞いた。
影の針は、七色の腹部を掠ったようで、血が、流れ出していた。
綺亜は、俯いていた。
「……やれた」
と、綺亜は、俯いて、言った。
七色からは、綺亜の表情は、良く、読み取れなかった。
「……綺亜さん?」
綺亜は、自身の葛藤を吐き出すように、
「今のは、私、一人だって、防げた。七色の助けは、いらなかった」
と、言った。
「綺亜さん。貴女は、何のために、戦っているのですか?」
七色の声音は、いつものように、通り一辺倒である。
「先程のドッジボールで、今の綺亜さんは私に勝てない、と言いました」
「今、そんなことを、話している場合じゃないでしょう」
と、綺亜は、苛立ちを隠さずに、言った。
「今の貴女は、自身のための戦いに、囚われすぎています」
と、七色が、言った。
「だから、冷静に剣を振るえず、判断は散漫で、本来の力を、出し切れていない」
綺亜は、唇を、噛んだ。
「そんな『今の』綺亜さんに、私は、決して負けないでしょう」
「……私は、"守護者"。守り護る者。その使命を、全うしているだけ!それの、何が悪いの!」
綺亜の激昂が、体育館に、響いた。
「使命に、縛られないで下さい」




