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第5話 影のパーティー 8

 拍手の音が、した。


「その影を見れば、私は、揺れ惑う己が四肢を、見る。踊り、踊らされて」


 と、通りの良い声が、響いた。


「さあ、踊り狂う悲劇を、始めよう」


 壇上の奥から現れたのは、ネイビーのトレンチコートを羽織り、ネイビーの帽子を目深に被った、一人の男性である。


 トレンチコートの男は、芝居がかった調子で、言った。


「私が主催しましたパーティーは、いかがでしょうか?」


 と、男は、言った。


「……こいつが……」


 と、綺亜が、言った。


 その声の調子に、綺亜は、確かに、聞き覚えがあった。


(こいつが、お母様を……)


 と、思った、綺亜は、両手を、握りしめた。


「お話するのは、商店街での一件以来でしょうか」


 と、柔和な笑みを浮かべて、トレンチコートの男が、言った。


「あの時は、何とも、不躾な挨拶で、失礼しました」


 トレンチコートの男の柔らかい態度とは、対照的に、綺亜は、相手を、睨みつけて、


「これが、初めてよ」


 と、言った。


 なるほど、と、トレンチコートの男は、苦笑して、


「こうして、直接に、お話しするのは、初めてですね」


 トレンチコートの男が、指を鳴らすと、三人の男子生徒達が、咆哮をあげた。


「同じ学び舎で、苦楽を共にする友人達からの、無慈悲な制裁。中々にそそられる、シチュエーションじゃありませんか?」


 三人の男子生徒達が、綺亜に、向かっていた。


 何れもの生徒が、跳び箱を、軽々と、片手で、持ち上げていた。


("影法師"に、意識を縛られているから、脳のリミッターが、外されてしまっている。あれじゃ、身体のほうが、持たない)


 と、綺亜は、思った。


「さあ、倉嶋綺亜さん。この窮地に、どう立ち向かうのか、私に、見せて下さい」


 と、トレンチコートの男が、言った。


 綺亜は、ためらいの表情を浮かべたが、自身の思いを断ち切るように、構えて、


「……ごめんね」


 と、呟いた。


 力任せに振り下ろされた、跳び箱が、綺亜の身体を、掠めた。


 激しい音を立てて、粉々になった跳び箱の木片が、綺亜の腕を、切った。


 綺亜の蹴りが、一人目の男子生徒の身体を、捉えていた。


 男子生徒の体が、宙に、舞った。


 その綺亜の動作の、フォロスルーを見逃すまいと、もう一人の男子生徒が、綺亜に襲いかかったが、


「えあっ!」


 綺亜の華奢な身体が、くるりと回転し、蹴りが、放たれた。


 二人目の男子生徒が、倒れ込んだ。


 一瞬の内に、二人の男達が、体育館の床に、倒れ込んでいた。


 綺亜が、見上げると、三人目の生徒が、両手で抱えた跳び箱を、綺亜めがけて、落とそうとしていた。


(まずい……!)


 三人目の男子生徒の跳び箱による振り落としを、床を転がって回避した綺亜は、男子生徒の足元を、すくった。


 綺亜は、息を切らしながら、立ち上がった。


「お見事です。貴女の足技は、やはり美しい。私のパーティーも、楽しんでいただけているようで、何よりです」


 と、トレンチコートの男が、言った。


「悪趣味すぎる、パーティーね」


 と、綺亜が、言った。


「お気に召さないと、おっしゃられる?」


「小細工抜きで、正々堂々と、勝負しなさい」


 と、綺亜は、相手を、睨みつけた。


「このほうが、お互いに、楽しめると思ったんですがねえ」


 トレンチコートの男は、大袈裟に肩をすくめてみせて、


「やれやれ。折角、用意したステージなんですがね。興を感じ取るには、まだまだ幼いお嬢様、というわけですか」


 と、トレンチコートの男は、目深に被っていた帽子を、正した。


 顕わになった、トレンチコートの男の顔は、端正な二十代の風貌で、丸眼鏡を、かけていた。


 トレンチコートの男の切れ長の目は、計算高さを、物語っているようであり、薄い唇からは、男の冷酷さが、感じ取れた。


「真正面からかかってきなさいよ。臆病者」


 と、綺亜が、言った。


 トレンチコートの男の眉が、不愉快そうに、しかめられた。


「見栄を張った、安い挑発は、命を捨てるのと、同義だ」


 怒気をはらんだ低い声に、綺亜は、


「……そっちが、本性ってわけね?」


 と、言った。


「わざわざ、手を抜いてあげているのです。もう少し、楽しませて下さい」


 トレンチコートの男が、ゆっくりと右手を真横に振るうと、生徒達の動きが、ぴたりと止まった。


「これは、ハンデです。私と単騎でやりあうには、あなた方は、弱すぎる」


 七色は、双振りの剣を、構えていた。


「改めて、名乗りをあげさせていただきましょう」


 と、言った、トレンチコートの男は、両手を軽く広げて、


「私は、"爛の王""虚影の指揮者"、鷲宮イクト」


「"爛の王"……」


 と、彼方が、言った。


「……"爛"の中でも、特に強大な力を持つ、高位存在の"爛"……」


 と、七色が、鷲宮を見据えたまま、言った。


「さすがは、"月詠みの巫女"。良い気迫ですね」


 鷲宮が、右手を軽く振るうと、生徒達の向きが、一斉に、七色達に、向けられた。


「ですが、この私を、倒せますかね?」


 鷲宮が、指を、鳴らすと、気を失っていた凛架が、突如、覚醒した。


 空ろな瞳のままの凛架が、無言で、七色に向かって、奔り込んで行った。


 凛架の鋭い蹴りが、七色の胸の辺りを捉えていて、僅かな音を立てて、掠った。


 七色の体操服が切り裂かれて、白い肌が、あらわになった。


「……っ!」


 七色は、凛架の腕を掴むと、身体を、回転させた。


 凛架の身体が、最小限の衝撃で、床に、倒された。


「圧倒的な差だ。あなた方は、私の操り人形には、手を出せない。ですが……」


 突如、凛架の影が、震えた。


 凛架の、細い縦長の影が、突然、隆起して、黒色の針の群れとなった。

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