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第5話 影のパーティー 6

 試合開始の笛が、鳴った。


 赤組対白組で、ドッジボールの試合が、始まった。


 彼方は、白組である。


「ふふっ……見せてやるぜ、俺の必殺ボールをな……ぐはぁっ!」


 開幕に、三組の委員長である凛架の、ボールの鋭い一撃が、田中という男子生徒を直撃して、その出番は、あっという間に、終わった。


「速攻で、いきましょう!」


 凛架のかけ声で、赤組は、活気づいた。


 何度かのボールの応酬の後、白組の女子生徒が、外野からのパスを、受け取った。


「えいっ」


 と、小さなかけ声とともに、放たれたボールには、球威が、なかった。


「あっ」


 と、短く、声をあげたのは、ボールに当たった、杏朱である。


「大丈夫?好峰さん」


 と、ボールを拾いあげながら、杏朱の近くの男子生徒が、気づかうように、言った。


「ありがとう。大丈夫よ」


 と、杏朱が、顔をしかめつつも、微笑みながら、言った。


「……意外です」


 と、七色が、静かに、言った。


「杏朱のこと?」


 と、彼方が、七色に、聞くと、七色は、頷いた。


(あれは、演技だな)


 と、彼方は、苦笑した。


 杏朱は、才色兼備を地でいくような少女で、運動神経も、良かったはずである。


 試合は、中盤戦に、なっていた。


 新谷は、内野で、生き残っていた。


 新谷は、バスケットボール部の副部長を務めるだけあって、球技は、得意である。


 新谷は、活躍していて、相手の組のボールを何度も、受け止め、何人もの相手を、倒していた。


「どんなもんよ!」


 と、新谷は、再び、ボールを投げ込んで、赤組の男子生徒の一人を倒して、言った。


 時々襲ってくる、狙いすました、凛架の攻撃も、新谷は、コートのぎりぎりまでさがることで、球威を弱まらせて、受け止めていた。


 お返しとばかりに、新谷も、狙いを定めて、凛架に、ボールを放つのだが、凛架も、同様の戦法で、新谷の攻撃を、凌いでいた。


「頑張るわね、乃木君」


 と、凛架が、言った。


「そういう、委員長も、しぶといじゃねーか」


 新谷と凛架は、お互い、不敵な笑みを、浮かべていた。


「でも、そろそろ、終わりにさせてもらうわ」


「望むところだぜ」


 と、新谷は、手のひらを上にした状態で、手招きをした。


「今度こそ、決めるっ」


 と、凛架が、叫んだ。


 凛架が、外野からボールを受けて、投げる構えに入ったのを見て、新谷は、後ろに、さがった。


「来やがれっ!」


 と、新谷は、緊張の面持ちのまま、不敵に笑った。


 不意に、後ろから、新谷の耳元で、囁くような声が、聞こえた。


「委員長さん、凛々しいわね。それでいて、とても可愛い」


「まあな!かわいいよな……って?」


 戸惑った新谷に、凛架のボールが、突き刺さった。


 ボールは、新谷の腕に当たって、床に、落ちた。


「勝った……」


 と、凛架が、言った。


「今、誰かが……」


 と、言いかけた新谷は、一瞬、口をつぐんで、


「……負けたな」


 とだけ、言った。


 新谷は、後ろを振り返ったが、誰も、いなかった。


(女の子の声が、聞こえたような気がしたんだけど、気のせいか)


 と、新谷は、思った。


 試合は、終盤戦に、突入していた。


 両組の外野から、歓声が、飛び交っていた。


「強いな、御月さんーっ」


「良いぞ。いけー、綺亜ちゃーん!」


「御月さん、ファイトー!」


「倉嶋さん、あと少しだよっ」


 男女混合の、応援の声が、体育館に、響き渡っていた。


 赤組の内野に残っているのは、綺亜と五組の松本という男子生徒の二人である。


 白組の内野に残っているのは、彼方と七色の二人、になっていた。


 三組と五組を代表する、美少女の直接対決というシチュエーションに、両組とも、大いに、盛り上がっているようだった。


「ちょっと!」


 と、綺亜が、声をあげた。


 綺亜と七色の間で、ボールの、攻撃と反撃のラリーが、続いた。


「何でしょうか?」


 と、綺亜の、鋭い攻撃ボールを、受け止めながら、七色が、言った。


「七色じゃなくて、彼方に話しかけてるのよっ」


 と、七色からの、鋭い一撃を、タイミング良く受け止めながら、綺亜は、言った。


「な、何?綺亜」


 と、綺亜の、気迫のある呼びかけに、少しとまどいぎみになった彼方が、聞いた。


「しゃっきとしなさいよ、彼方」


 と、綺亜は、言って、投球モーションに入ると、ブロンドの髪が、大きく揺れた。


「男子なのに、七色ばっかりに、ボールを取らせて、恥ずかしくないのっ!」


 バスケットボールのダンクシュートのように、綺亜の、華奢な身体が、宙を、舞った。


 綺亜の体操服が、めくれて、ウエストの部分が、一瞬、露わになった。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!綺亜ちゃんの、へそチラきたーっ!」


「生きてて良かったーっ!」


 赤組と白組の、外野の、男子生徒達が、吠えた。


「それは、違います。私が、率先して、ボールを、取っているだけです」


 と、七色が、言った。


 彼方を狙った、綺亜のボールを、七色が、受け止めた。


「彼方の騎士(ナイト)気取りってわけ?私は、彼方の護衛者よっ」


 再び、彼方を狙ったボールを、七色が、取ろうと、大きく、横に跳んだ。


 体勢を崩しながらも、七色は、捕球した。


 七色の体操服が、めくれて、ウエストの部分が、一瞬、露わになった。


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!七色ちゃんのも、きたーっ!」


「これで、明日も、頑張れるーっ!」


 赤組と白組の、外野の、男子生徒達が、再び、吠えた。


「そうですか」


 と、七色は、短く、言った。


「そうですか、って!何とか、言いなさいよっ!」


「そうですか、と答えました」


 と、ラリーを繰り返しながら、七色は、言った。


「そんな涼しそうな顔をして!甘く見ないでっ」


 と、綺亜が、叫んだ。


「ふふ。会話のドッジボールね。見事に、噛み合っていないわ」


 と、言ったのは、外野に移動してから、一度もボールを手にしていない、杏朱である。


「そ、そうね」


 と、杏朱に応えるように、凛架が、苦笑いをした。


 でも、と、杏朱は、楽しそうに、言って、


「朝川君は、少し、わかっているようね」


「好峰さん?」


 杏朱の言葉の意味に、凛架が、とまどっていると、杏朱は、微笑み返して、


「何でもないわ」


 と、言った。


(御月さんも、熱くなっているな)


 と、彼方は、感じていた。


 七色は、一見、綺亜の言うように、涼しい表情をしているようにも見えるのだが、彼方には、それが、少し違うことが、わかった。


「私は、貴女に、負けるわけには、いかないのよ……っ!」


 と、言った、綺亜は、自身の激しい感情に流されるように、ボールを、投げた。


『"月詠みの巫女"である御月七色も、朝川彼方に、好意を抱いていると、思われます』


『それは……』


『お嬢様と、御月七色は、恋敵というわけです』


『相手に負けたくないというお気持ちは、わかります。しかし、残念ながら、今のお嬢様は、意地を張られているだけです。ご自身のお気持ちから、目を背けてしまわれています』


『……』


『ご自分の本心からも、逃げてしまっているだけです』


『……私のことを、わかってるようなこと、言わないで!』


『わかりますとも。お嬢様を、ずっとお世話してきたのですから』


『負けたくないというのなら、正々堂々と、誇りを持って、勝負をして、良いのです』


『"守護者"として、"月詠みの巫女"と共に、仇敵を、討てば良いのです。そして、一人の女性として、恋敵と、競えば良いのです』


 朝の時田との会話が、綺亜の頭の中で、既視感として、蘇っていた。


(わかってる。でも、今の私は……)


 綺亜は、葛藤している自身に、気付いていた。


(向かい合える程、強くもなくて……そんな自分が、許せなくて、認められなくて。こんな子供みたいに、叫んで……!)


 綺亜は、頭を、振った。


「私……はっ!負けたくない!」


 と、綺亜は、七色を、見据えた。


「やあああああああああっ!」


 綺亜は、渾身の一撃を、放った。


 凄まじい速さと威力で、ボールが、七色に、飛び込んでいった。


(速い!)


 と、七色は、思いながら、捕球の体勢に、入った。


 七色は、片膝をつきながら、かろうじて、綺亜の攻撃を、受け止めた。


 七色は、両手に痛みを感じながら、


「今の綺亜さんは、私に、勝てません」


 と、言った。


「……っ!」


 いつもは、あまり自身の考えを口にしない七色が、はっきりと、言った。


「……どういうこと!」


「今の綺亜さんは、自身を、見失いかけています。意味は、わかっているはずです」


 片膝をついている七色のブルマが、彼方の目の前に、あった。


 ぴっちりとしたブルマは、七色の色白の桃尻の綺麗な曲線を、表していた。


(近い)


 彼方は、自身の顔が熱くなるのを、感じた。


 七色の白い下着が、ブルマから、はみ出てしまっていることに、彼方は、気付いた。


(何とかしないと!)


 彼方は、とっさに、庇うように、七色の後ろに、立った。


 彼方の所作に、七色は、驚いたように、


「どうかしたのですか?」


 と、聞いた。


「や。服を、直したほうが良いかなと思って……」


 七色は、小首をかしげた後、得心したように、


「そうですか。今の捕球で、服が、乱れてしまったのですね」


 と、言った。


 七色は、自身の体操服の背中のあたりを、静かに、引っ張った。


「これで、大丈夫でしょうか?」


「や。上は、大丈夫」


 と、彼方は、言った。


「上は……ですか?」


 七色は、彼方の言わんとしていることが、わからないようだった。


 彼方は、逡巡しながら、七色に、耳打ちするように、


「御月さん。その……下着……お尻のところ、ちょっと」


 七色は、やっと、彼方の言葉の意味がわかって、赤面した。


「その……すぐに、直しますので、そのまま、後ろにいてくれると、助かります」


「……オーケー」


 と、彼方は、気恥ずかしそうに、言った。


 そんな二人のやり取りを見た、綺亜は、顔を赤らめていた。


「っ!良いわ、続きをやりましょう、七色!」


 と、綺亜が、声をあげた。


 七色と綺亜が、互いに死力を尽くして、撃ち合って、数分が、経過した。


「制限時間は、後三分に、するからな」


 決着がつきそうにないからか、教師が、そう宣言した。


「……はぁ……はぁ……けりをつけてあげる。覚悟は良いわね、七色」


「望む、ところです」


 綺亜と七色は、互いに、随分と息が上がっていた。


「……いきます」


 七色が、投球モーションに入った途端、


「うわああああああああああああああああああああああああっ!」


 か細い叫び声が、上がった。


 全く目立つことのなかった松本が、綺亜の前に、躍り出たのだった。


「せめて最後ぐらい、この俺が、格好良く決めてみせ……」


 言い終わらない内に、七色のボールに当たって、崩れ落ちた松本だった。


 両組の外野が、沈黙した。


 ストップウォッチの電子音のタイマーが、試合終了を告げた。


 内野の人数は、赤組の綺亜の一人に対して、白組は、彼方と七色の二人である。


「……意外な結末だったな」


 と、新谷が、呟くように言った。


「白組の勝ち!」


 体育の教師が、高らかに、宣言した。


 こうして、白熱したようなしなかったような、試合が、終了した。

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