第5話 影のパーティー 5
ドッジボールのチームは、三組と五組を混合して、二つに分けられた。
体育館の床には、夕方の光が差し込み、生徒たちの影が、長く伸びている。
ボールの軽い弾む音と、クラスメイトたちのざわつく声が交じり合っている。
いよいよゲームが始まるのだという空気が、満ちていた。
彼方は、新谷と七色と同じチームである。
名簿が読み上げられた時、七色の名前が自分と同じ列に並んだのを見て、ほんの少しだけ、胸が高鳴った。
偶然とはいえ、心のどこかがくすぐられるような感覚だった。
一方で、綺亜と凛架と杏朱は、彼方の相手チームに入った。
敵味方が分かれた瞬間、体育館の空気はさらに熱を帯びる。
新谷は、にこにこ顔で、
「いやあ、御月さんと一緒のチームだなんて、俺もついてるぜ!」
と、隣にいた七色へ向けて、勢いよく言った。
「よろしくな」
七色は、少し驚いたように瞬きをしてから、
「はい。よろしくお願いします」
と、新谷の明るさに合わせるように、柔らかい声で、そう返した。
「じゃあ、俺は内野の前のほうに立つわ。ガンガン攻めるぞ」
と言い残すと、新谷は、さっそくぶんぶんと腕を回しながら、軽いステップで、コート中央へ、歩いていった。
闘志満々という調子だった。
彼方は、七色のほうを向き、
「同じチームになったね」
と、声をかけた。
七色は、事務的に、
「はい」
と、短く言った。
しかし、その頬は、ほんのり赤く染まっているようにも、見えた。
彼方は、そのことに気づいたのか気づかないのか、自分の視線を少し下げる。
(そういえば、御月さんが体操服を着ているのを見るのは初めてか)
彼方は、そう思った。
(合同授業なんて、今までなかったからな)
自然と、七色の姿に、目が向く。
白い体操服姿である。
いつもの制服よりも軽く、動きやすそうである。
彼方は、見慣れない印象を受けた。
体育の授業で一緒になるのは今日が初めてだから、当たり前といえば、当たり前だった。
体操服の白は、明るい。
それが、七色の髪の色を、より引き立てている。
その体操服の上からは、七色の胸の膨らみが、はっきりと見えた。
服の生地は薄手で、肌の色と近い。
そのため、輪郭がいつもよりも強く目に入ってしまう。
「……」
彼方は、妙に意識してしまって、七色の体操服から、そっと目を逸らした。
目の奥がじんわり熱くなるのを感じ、自分でも戸惑う。
(体操服から離れないと)
と、彼方は、内心苦笑した。
(これじゃあ、さっきの新谷と杏朱の話に、当てられている感じだ)
頭の中で、自分にツッコミを入れるような感覚だった。
しかし、次の瞬間、七色の落ち着いた視線と、彼方の視線が、重なる。
「どうかしたのですか?」
と、七色が、上目遣い気味に聞いてきた。
長いまつ毛が揺れ、真っ直ぐに見られているようで、彼方は、思わず息を飲む。
彼方は両手を振り、慌てたように、
「何でもないよ」
と、自身の思考を、打ち消すように言った。
七色が、
「ドッジボールは、久し振りです」
と、澄んだ瞳で、言った。
声は、静かだが、少しだけ楽しそうでもある。
「僕もだよ」
と、彼方は、返した。
「朝川さんは、球技は得意なのですか?」
「全然だよ」
と、苦笑する彼方だった。
体育は、そこまで苦手ではない。
ないが、球技だけは、不思議と上手くいかない。
そんな塩梅だった。
一方、彼方とは反対側のコートでは、綺亜が、
「……」
と、黙って、前を見据えていた。
彼方と七色が話している様子が、遠くからでも見える。
綺亜は、その光景を目にした瞬間、
(何だか、胸が……もやもやする)
と、思った。
そのもやもやが何なのか、自分でもよくわからない。
けれども、胸の奥がむず痒く、落ち着かなかった。
先ほどの用具室での出来事もあった。
だからこそ、彼方とは別のチームになりたい、そう思っていたはずなのに、である。
(それで、真っ先に彼方にボールを投げつけてやるって、思ってたのに……)
綺亜は、自身の心の揺れに、戸惑った。
まるで自分ではない誰かの感情が混じってしまったかのようになっていた。
それから、
(ううん。違う、違う!)
綺亜は、心の中で、否定の言葉を連呼した。
だが、頭に浮かんでくるのは、
(あいつは、偶然とは言え、私の……胸を触って……ブラも外されちゃって、でも……彼方の手、すごくあったかくて……)
そして、さらに思い出してしまう。
(違う! この前、ボールから庇ってくれた時は、お気に入りの下着だって、触られてちゃって……!)
綺亜は、ぶんぶんと、頭を振った。
(でも、心配してくれた声は……すごく優しくて……)
支離滅裂の辻褄の合わない思考だった。
それは、泡のようにすぐに消えてはまた浮かんでくる。
自分でもどうしてこんなにも気になるのか、理由が掴めない。
ただ、胸のもやもやだけが止まらなかった。
いざ彼方と別のチームになってみると、がっかりしている自分がいることに気付いて、綺亜は、はっとした。
頬が、熱くなる。
(……わかってる)
と、綺亜は、思う。
(今まで感じたことのない感情だけど……このもやもやした状態を、何て呼べば良いのかは、何となくわかる)
朝の時田の言葉が、脳裏に蘇った。
(これは、きっと……)
その時、
「肩に、力が入り過ぎじゃない?」
と、声をかけられる。
綺亜は、はっと我に返った。
すぐ横に、杏朱がいた。
(彼方のクラスメイト……)
先日、昼食を一緒にした時のことが、思い出された。
笑顔で、しかし、どこか鋭い観察眼を感じさせる視線を感じだ。
杏朱は、柔らかい笑みのまま、
「こんにちは、倉嶋さん。同じチームになったわね」
と、言った。
「ええ。よろしくね」
綺亜は、短く返した。
だが、声が、わずかに上ずった。
杏朱は、綺亜の顔を覗き込むようにして、
「あら」
と、言って、
「緊張しているのかしら?」
と、聞いた。
「大丈夫よ」
綺亜は、背筋を伸ばした。
「なら、良かった。倉嶋さんの活躍、期待しているわ」
杏朱は、にっこり笑う。
敵に回すと厄介だが、味方だと頼もしい、そんな笑顔だった。
「ありがとう」
と、綺亜も、そう返した。
少しだけ、表情が和らいだ。
その頃、コート中央では、新谷が、肩をぐるぐる回しながら、
「しかし、やばいな。委員長からの猛攻撃が心配だ」
と呟いた。
凛架の運動神経の良さは折り紙付きである。
新谷は、そのことを強く認めていた。
決して、本人には言わないし言えないが、そう思っていた。
その横で、三組の保川茉莉音が、
「立海さん、空手やってるから、ボールを投げる力もすごいんだよね」
と、言った。
茉莉音は、肩までの短い髪を白いリボンで結んだ、どこか小動物のような可愛らしい少女だ。
「安心しなさい」
と、新谷は、にやりと笑う。
「え?」
「茉莉音ちゃんは、俺の後ろにいれば大丈夫だよ」
「あ、ありがとう、乃木君」
と、茉莉音が、頬を染めながら言った。
どことなく嬉しそうだった。
新谷は、コートの最前線で立っている凛架に、
「ってなわけで、委員長」
と、声をかけた。
「勝負だ」
新谷が、宣言した。
凛架は長い髪を揺らしながら、笑った。
「意気や良し」
新谷と凛架が、対峙する。
二人は、どちらも自信に満ちた表情である。
その場の空気が一瞬、緊張で張りつめた。
「こてんぱんにされる覚悟は、できたということね?」
と、凛架が、挑発的に、言う。
「いや、違うな」
新谷は、凛架を真っすぐに見据え、言葉を続ける。
「開き直って、真っ向勝負をすることに、決めただけだ」
「へえ?」
凛架が、面白そうに、微笑んだ。
「負けるつもりはねえよ」
「まったく、調子が良いんだから」
と、凛架は、不敵に笑った。
二人のやりとりを見て、周囲の生徒たちも自然とざわつき始め、試合開始の期待が、膨らんでいく。





