第5話 影のパーティー 4
体育館での、授業である。
「ったく。五時限目の授業が、体育っていうのも、かったるいよな」
と、男子生徒が、気だるそうに、首を回しながら、言った。
「しかも、種目が、ドッジボールって、どういうことだよ」
と、別の男子生徒が、返した。
男子生徒は、苦笑して、
「お前の場合は、どの科目でも、そんな感じだよね」
「ま、否定はしないわ」
体育の担任が、遅れてくるので、それまで、各々準備体操を済ませておくようにとのことだった。
仲の良い者同士が、集まっての、緩い感じでの、準備体操である。
「いやー。体育の時間だけが、憩いの時だぜ」
と、新谷は、嬉しそうに、言った。
「新谷は、身体を動かすのが、好きだものね」
と、彼方は、アキレス腱を伸ばしながら、言った。
新谷は、にやっと笑って、
「伊達に、バスケ部の副部長を、やってるわけじゃねーよ」
彼方の所属する三組と、五組との合同授業で、五組に所属する御月七色と好峰杏朱の姿もあった。
(御月さんも、一緒か)
御月七色は、人形を思いおこさせる、綺麗に整った顔立ちと艶やかな髪をもつ少女である。
七色は、横の女子生徒達と、話していた。
彼方からは距離が離れているので、会話の内容は一切聞こえないが、女子生徒達が、親しげに、七色に、話しかけていた。
(さすが御月さん。人気者だなあ)
と、彼方は、思った。
七色は、一見何の表情もみせていないようにも見えるのだが、彼方には、それが、少し楽しんでいる表情なのだということが、わかって、それが、彼方には、嬉しかった。
「しかも、男女合同ってのが、良いねえ」
と、言った、新谷は、続けて、
「体操服。そして、ブルマ……白い服とのコントラスト、紺の布地の波!どこを見渡しても、ブルマだらけ!眩しすぎる、至福の時を、俺は今、確かに感じている!」
握りこぶしをする、新谷を見て、彼方が、苦笑していると、
「こんにちは、朝川君」
と、杏朱が、彼方の近くにきて、言った。
好峰杏朱は、腰までかかる長い艶やかな黒髪と聡明さを物語る切れ長の黒い瞳が印象深い少女である。
「私の体操服姿を見て、欲情するのは、止めてほしいわ」
「していないよ」
と、彼方は、否定した。
「でも、朝川君の視線は、感じていたわ。嫌ね、むっつりさんは」
「勝手に、捏造しないように」
「ちらっ」
と、言いながら、杏朱は、くるりと一回転した。
杏朱の綺麗な黒髪が、ふわりと舞って、花の香りが、彼方の鼻孔を、くすぐった。
「シャンプーを変えてみたのだけれども、どう?」
と、杏朱が、聞いた。
「良い香りだと思うよ」
「やっぱり、いやらしいわ。香りに、興奮していたなんて」
と、杏朱は、からかうように、笑った。
杏朱が、自身のブルマの端を摘まんで、離すと、肌と布が触れる、小気味の良い音が、した。
「結構、この体操着は、気に入っているのよ。ブルマの美しい穿きこなしの条件は、わかる?」
と、杏朱が、彼方に、聞いた。
彼方が、答えずにいると、新谷が、
「フィット感だろう」
と、自信ありげに、答えた。
「あら。正解。お見事」
と、杏朱は、目を丸くして、言って、
「ブルマに対して、適度なフィット感が、重要よ。そのフィット感から、生み出される、太ももとお尻とブルマとの絶妙なラインの、素晴らしさといったらないわ」
と、続けた。
「おいおい。彼方。杏朱ちゃん、ブルマの何たるかが、良くわかってるじゃねーか」
と、新谷が、言った。
「ふふ。ブルマの伝道師の異名を、晒す時が、きたようね」
と、杏朱が、微笑んだ。
「身体にフィットするブルマの締め付け。女の子の太ももの白さ。そして、ちらりとはみ出したお尻の白さ。魅力的で、蠱惑的ですらあるわ」
彼方は、杏朱と新谷の話についていけず、
(盛り上がっているな)
と、思うしかなかった。
「次の質問よ」
と、杏朱が、言った。
「ブルマは、何色が、最も美しいかしら?」
新谷は、間髪入れずに、
「紺だろう」
「正解。凄いわね」
と、杏朱が、言った。
「紺のブルマと白い太ももの相性たるや、神々のいたずらとすら、言われているわ」
女子生徒が、ブルマの端を直しているのを見て、
「あれだよ、あれ。あの仕草なんだよ!」
新谷が、感動の声をあげた。
「い、生きてて良かったー!」
と、新谷は、嬉し涙を、流していた。
「私も、同志が、増えて、嬉しいわ」
と、杏朱が、言った。
彼方は、杏朱を、見て、
(絶対、からかっているだけだよなあ)
と、思った。
「……そんなに体操服が良いの?」
と、新谷に、問いかける声が、した。
「最っ高だね!太もも、さいこー」
新谷は、ガッツポーズを、取った。
「そう、それは、良かったわね」
「……って、委員長?」
と、言った、新谷の声は、凍り付いていた。
新谷の前には、凛架が、仁王立ちになっていた。
「良い心構えね。ドッジボール、チームが乃木君と別になるのを、祈ってるわ。そうしたら、真っ先に、撃墜してあげるから」
新谷の顔は、既に、青ざめていた。
「授業、はじめるぞ」
と、体育館に遅れて来た、体育の教師の声が、かかった。
「今日は、ドッジボールだ。あー、三組の日直は、誰だ?」
「私です」
と、綺亜が、挙手した。
「悪いが、用具室から、ボールを、取ってきてもらえるか。カートに入ってるから、男子も、いたほうが良いか。朝川、手伝ってやってくれ」
「わかりました」
と、彼方が、言った。
綺亜と彼方の視線が、交錯した。
綺亜は、目を逸らしたが、彼方は、気付かないふりをして、
「綺亜。倉庫に、一緒に、行こう。向こうだよ」
と、言った。
「……わかった」
とだけ、綺亜は、言った。
綺亜は、体育館の右手の奥にある扉まで歩いていって、
「ここで、良いの?」
と、聞いた。
窓もなく電灯が点いていないので、真っ暗だった。
「うん。色々な用具の置いてあるから、気を付けてね」
「そうね。確かに、ネットとかボールとかが、あるわ」
言いながら、歩いていた綺亜は、あっ、と、声をあげて、体勢を崩した。
何かの用具に、足をとられたらしかった。
思わず、抱きとめた彼方だったが、間に合わず、マットの上に、二人とも、倒れこんだ。
「いつつ……」
「だ、大丈夫、綺亜」
と、視界がきかないなかで、彼方が、言った。
「ひあっ!」
綺亜は、素っ頓狂な声をあげた。
「ちょ、ちょっと!ど、どこ触ってんのよ!」
「え?暗くて、良く見えなくて。どこって……?」
暗くて良く見ないが、彼方の手が触れているのは、薄い布地のような感触だった。
彼方は、両手に、柔らかい膨らみを、感じた。
「……良いから、早く、どいて……!」
「あ、ごめ……」
彼方は、布地から、手を離した。
「……ふぁっ!」
と、綺亜が、驚いたように、声をあげた。
「フォック……外れちゃっ……」
「何?」
「何でもないっ」
長い綺亜の髪が、彼方の顔を、柔らかく、くすぐった。
「き、綺亜?ご、ごめん、暗くて、良く見えなくて……ちょっと待って……」
彼方は、ゆっくりと、立ち上がった。
「……何も見えないわよね?」
何故か乞うような、綺亜の問いかけに、彼方は、
「薄いグリーンかな……うっすらと、それくらいはわかるんだけれども……」
「わ、わかるなっ!」
彼方の鳩尾に、鋭い痛みが、はしった。
綺亜の蹴りが、飛んできたらしかった。
数分後に、用具室から出た二人だったが、綺亜は、
「……さっきのことは、忘れてあげる」
と、言った。
「えっと……」
「彼方が、私と別のチームになって、大人しく、私に、撃墜されてくれればね。痛くはしないから」
綺亜の鋭い視線に、彼方は、たじろいた。
どうやら、少し大変なことになりそうだと、何となく、彼方は、思った。




