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第10話 願望の行方 10

 鈴原との話はそれほど長くはなかったが、能登が退社する頃には、辺りはすっかり日がくれていた。


 能登は、夜の道を歩いた。


 街の雑踏の音が耳に入ってくるが、能登には、あまり気にならなかった。


 先程の鈴原との話が、気にかかっていたからである。

 

(どう考えれば、良いのかなあ)


 と、能登は、思った。


 結局のところ、情報として得られた収穫は、井原という男性社員が能登の潜入先の編集部に、かつて勤めていたということだった。


 また、鈴原から、編集部内の暑気払い席での集合写真を見せてもらったのだが、鈴原が説明してくれた井原という男は、麻知子が遭遇した井原という男と同一人物のようである。


 わかったのは、そこまでである。


 小鳩が郵送したという日記帳の存在は、鈴原は、知らないようだった。


 鈴原が嘘をついている可能性もあると、麻知子は指摘したが、能登には、その可能性は低いように思えた。


 理由は、特にない。


 ただ漠然と、能登が鈴原と話していて、鈴原が嘘をついているようには、とても見えなかったのである。


 だから、強いていえば、能登の個人的な勘である。


 そんなことを考えながら歩いていると、能登は、後ろから声をかけられた。


 能登が振り返ると、同じ編集部の木村という女性社員が立っていた。


「こんばんは、木村さん。お疲れさまです」

 

 と、能登が、挨拶した。


「こんばんは、籠原さん」


 と、木村は、にっこりと笑って言って、


「今、帰り?」


 と、聞いた。


 能登も、笑顔で頷いた。


「はい。そうです」


「私も、今帰りなの。こんなふうに、会社の外で籠原さんと会うなんて、はじめてだね。まだ、早い時間だし、良かったら、ごはん食べていかない? 良い店、知っているの」


 木村は、嬉しそうに、言った。


『せっかくの情報収集の機会です。行ってみましょう。先ほどの鈴原編集長の話ですと、井原(いはら)の後釜は、この木村という社員のようですしね。彼について、何か新しい情報が得られるかもしれません』


 と、麻知子が、ピアス型の通信機越しに言った。


「……まあ、麻知子ちゃんが、そう言うなら……」


 と、能登は、小声で言った。


「何か言ったかしら、籠原さん?」


「い、いえっ! 何でもありません……っ」


 能登は、慌てて両手を前に突き出してぶんぶんと左右に振った。


『怪しさマックスですよ。もう少し、自然体で否定してください』


「……無理だよぅっ!」


 テンパった能登が、声をあげた。


「あら、無理? もしかして、強引に誘っちゃったかしら?」


 木村が、気まずそうに聞いた。


「い、いえっ! 友達から明日急に遊ぼうって連絡があったので、そっちの話です……っ」


「……そう?」


「そーなんです! 行きましょう! ノリノリで行っちゃいましょうっ」


 能登は、誤魔化し半分に右手を高々と上げた。


『……ま、及第点ですかね』


 通信機越しに、麻知子が、呆れたように言った。


「よかった。じゃあ、こっちよ」


 能登のテンションに納得したのか、木村は、ほほ笑んだ。


 案内されたのは、あまり人通りのない路地に佇んでいる雑居ビルだった。


 能登も麻知子も、来たことがない通りである。


 ここのビルの地下一階よと、木村は、言った。


「ここのお店は、いわゆる、隠れ家的な名店でね。イタリアンなんだけど、キノコのピザが、美味しいのよ。お酒の種類も、豊富だし……って、籠原さんは、お酒は、まだ駄目だったわね」


 と、木村が、言った。


「お酒は……そうなんです」


「飲める年になったら、ね。飲まないと、たぶん人生の半分は損するわ」


 能登と木村は、話しながら、地下に降りた。


 しかし、能登は、すぐに違和感に気付いた。


(……ここ、お店なんかじゃない)


 と、能登は、直観した。


 外観は、イタリアンの店そのものである。


 しかし、まったく人の気配がないし、椅子やテーブルも整然としすぎていた。


 唐突に、扉が閉まる音がした。


「どう?良いお店でしょう」


 麻知子が、通信機越しに、


『……先輩。どうやら、ビンゴだったようですね。意外なところから、ボロが出ました』


 能登は、緊張しながら頷いた。


「あの。営業しているんですか、ここ?」


 と、能登が、聞くと、


「そうね。正確に言えば、良いお店だった、かしら。実は、先週、店主が夜逃げしてね。そのままの状態なのよ。結構、お客さんも入っていて、流行っているように、見えたんだけどね。内情って、わからないものだわ」


 と、木村が、笑って言った。


『先輩。誘い込まれたと考えましょう。そうだとすると、相手は、誘い込むなりの何らかの準備をしている可能性もあります。油断せず、短期決戦でいきましょう』


(了解)


 能登は、通信機越しに、麻知子に頷きながら、


「……井原という人を、知っていますか?」


 と、木村に聞いた。


「もちろん。井原クンは、私のパートナーだもの」


 木村は、当たり前のことのように、そう言った。


 明かりが、消えた。


 次の瞬間、能登は、首筋に熱い痛みを感じた。


 能登の首のあたりから、鮮血がほとばしった。


「……ぇ……」


 能登のかぼそい声が、上がった。


『……先……輩……?』


 麻知子の耳に、能登が、ゆっくりと倒れ込む音が、聞こえた。


「不意打ち完了」


 木村の声がした。


「さあ、籠原能登さん。大人の真似事なんて、なめたことをしてくれたあなたが、このアクシデントにどう対処するのか、楽しみだわ」


 暗闇の中、木村の、明るすぎる笑い声が、響いていた。

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