第17話 火龍の寝床
「風音ちゃん、スペシャル撃つ?」
「……今回は温存しとくっ。
決め撃ちしても良いけど、カリネロ用に持っときたいから」
そう返す私の画面には、機械で出来た両腕とその手に握られた愛銃が映っていた。
そして画面端には、キラキラと溜まった事を示して虹色に光るスペシャルゲージ。
私……風音の操作するマグリスは、青色のコンテナに背中を預けながら攻めに転じる瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
だけどもきっと、今はその時じゃない。
このステージ……ハトリア港は、互いにリスポーン地点から見て扇状に広がる地形。
上から見たらダイヤの様にも見えるここは廃都で一二を争う程に広く、視界もコンテナを始めとするトラックやダンボールなどの無数の障害物により、かなり悪い。
固定撃ちルートは頭に入っているけども、敵位置が絞れない今だと運要素が強いし見送ったのだ。
「りょーかいっ、2人は?」
「もうちょいで、壁抜け出来る〜」
「バリアは、少し待ってくれ」
「なら、待とうか。
相手が仕掛けて来たら迎え撃つ感じで……」
ポッ……
不意に足元へ光が灯る。
それは灰色のアスファルトを、ほんのりと赤みがかった色で照らした様な光。
一瞬止まった思考、だけども画面の表示を見て全てを理解した。
「火龍来てるっっ!!」
「一旦引いてっっ、打開側で戦おう!」
それは指定区域内を示すもので、現在は警告状態。
10秒間のタイムリミットが、今も足を踏み入れたままの私たちへ表示される。
残ったならばそれは即死級のダメージを叩き出す、そにため蜘蛛の子を散らす様にしてその場から逃げ出すのだ。
その範囲は広く、中央にいたならば一瞬でも足を止めたら絶対に喰らってしまうレベル。
そして最後に抜け出すためスライディングしたところで、
カチンッ……
スイッチが押された様な音と共に、背後から勢いよく燃え上がる音が鳴り響く。
振り向くと、もうそこは……人が立ち入れる様な状態ではなかった。
『火龍の寝床』
それは、カリネロのスペシャル。
足を、ただ一歩踏み入れる。
それだけでキャラを継続ダメージを受け続ける……『火傷』状態にしてしまう、そんなフィールドを設置する能力であった。
今も何も燃える様なモノは無いはずなのに、アスファルトの表面は燃え盛っている。
そんな代物を開始早々に放ち、宝石へのルートを大まかに2つへ分けて来たのだ。
ここを通るという選択肢は……流石に無謀すぎる。
あちらに着くまでに丸焼けになってしまうだろうし。
となると取れるのは2つ、
「合流するか、挟むかどっちにする?」
最初のこっちの陣形は、左から1−1−2。
中央に居た先輩は火龍から逃げる際に右へ合流したらしく、3と1に今は別れていて、私は1の方。
火龍を後ろから迂回すれば、時間はかかるものの合流はできる。
安全策だけど……最大のチャンスを不意にする可能性もあった。
「……挟もう、こっちもスペシャル溜まってるし」
「了解っ!」
その状況で私たちは、前進を選択した。
そうして私はゆっくりと、コンテナの影を進んでいく。
マグリスが角待ちと戦うのは、あまりにも分が悪い。
そのためしっかりと索敵に気を配りながら、ラインを上げる。
そんな最中相手の宝石の解除カウントが、カチリカチリと進み始めた。
……いや、これはチャンスだ。
こっちが早く回れば、一網打尽に出来るかもしれない。
全員いなくとも1人は守りでいるはず、そこを抜けたら人数有利はつけられる。
だからこそ少し急ぎ気味で、通路を駆け抜けていく。
辿り着いたここは、もう宝石付近を撃てる少し高いポイント。
そして背後の確認をしたところで、
それと完全に、目が……合った。
コンテナの隙間の、その奥の奥から……キリキリと引き絞られた弓。
だけども、その放たれた矢は正確に──私を、貫く。
その1秒後、マグリスは死んだ。
『blueマグリス』が『redセン』によって倒されました
『ここでアルテミスの呪詛が炸裂ぅぅぅ!!
レムイ選手のセンによるファーストキルだッッ!』
「ごめんっっ、抜かれた」
「おけおけ、じゃあ復帰待とうか」
「センは、今どこにいる?」
「最左翼から中央行ってるから、一旦合流するのかもっ!
まだ2本持ってるから気をつけてっっ!」
キルカメラの映る相手のキャラ──セン。
褐色の肌に植物を束ねた腰蓑を身につけ、動物の牙で作ったアクセサリーを首や腕に巻きつけた……狩人だ。
手に持つ獲物は大きな弓。
このゲームでは珍しい……スナイパーだった。
キシリ、と強く握られたコントローラーが音を立てる。
このやられ方は、やっぱり何回やっても慣れない。
心臓にも悪いし、何より……途端に胸を満たしていく無力感にやる気が少し削がれるのだ。
だけどもそういう時は、一旦深呼吸して師匠の言葉を思い出す。
『まあ仏の顔も三度までって言うし、一試合の理不尽死は三回まで広い心で許していこう』
『……もし超えちゃったら、どうすれば良いんです?』
『その時は、大体もう負けてますから。
三度目の正直とか、二度あることは三度あるって諺から考えるに、先人達は三回の失敗までは賛否両論だけど四回目はアウト、って教えてくれてるんじゃないかな?
……なので、もし四回やらかしたら、みっちりと振り返りコースですね!』
『うげっ!頑張ります……』
それは冗談めいた口調で語られた考え方、でもその教えは体に染み込んでいた。
頭は復活待ちの間に冷え、リスポーンしたキャラは前線へと走っていく。
だけどもその最中に、ふと思い当たることがあった。
それはスペシャル、アルテミスの呪詛で生成した3本の矢、その余りの使い道。
効果で生成した矢は20秒経つと自動に消えてしまう。
だから合流して攻撃、という流れだときっと間に合わないし、何より……そんな安全策をとる人間はあそこに潜伏しない。
……であれば、どこから撃ってくるだろう?
中央と連携して動けるのは前提だけど、左右からだと無数のコンテナで敵を視認できないだろうし……。
『復帰した時は、まず盤面を広く見ようか』
師匠の教えを思い出すと、自然と目線は上を向く。
「セン……クレーンから撃ってくるかも」
その先には、ステージで一番高いオブジェクトが鎮座していた。
「あれ、ホントにいるかも〜」
ぼんやりとしたラムネちゃんの声。
普段は和む声のトーン、だけども目の良い彼女のその報告は、警戒度をマックスまで上げるには充分すぎた。
「斜線切って!!」
先輩の叫ぶ声かヘッドホンに響く。
「あ?……あっぶ!!」
「王子ッ!?」
「やべ、毒吸っちまった……」
アルテミスの呪詛、それは敵へのヒット時だけ効果が現れるものではない。
外れて突き刺さった地面、そこから噴き出るのは明らかに人間が吸ってはいけない色の紫煙。
そう──毒ガスだった。




