第1話 勇者試験
高尚な文章が書けないので一文一文が短く拙く感じるかもしれませんが、それでもお話に少しでも面白さを感じてもらえればうれしいなと思います。
魔族が王国に現れてから、数年が過ぎた。
かつてない脅威に対抗するため――
そして、いずれ訪れるとされる魔王復活に備えるために、王国はひとつの機関を設立した。
次代の勇者を育てるための教育機関である。
急ごしらえの制度ではあったが、その運営は主に貴族や大商人たちの寄付によって支えられていた。
ゆえにそこは、才ある者を育てる場であると同時に、家名に箔をつけるための舞台でもあった。
当然ながら、金を持たぬ者の扱いは軽い。
金貨どころか、銀貨一枚の後ろ盾も持たない平民などなおさらだった。
その中で、ひときわ異質な存在がいた。
アルス。
かつて魔族襲来の夜、一人の兵士に守られ、生き延びた少女。
彼女は誰よりも強い意志を持って、この場に立っていた。
『勇者になる』
その一念だけを胸に。
どんなにしんどくツラい訓練にも必死に食らいつき、結果を出し続ける。
だからこそ、疎まれる。
「平民風情が勇者に選ばれるとでも?」
嘲りは日常だった。
だがその言葉の裏には、別の本音が透けて見える。
勇者とは、戦場に立つ者。
それも最前線で命を賭す役目だ。
私兵も多く持たない貴族家、それも家を継ぐべき子を、そんな場所に送り出せるはずがない。
称賛は欲しい。だが、危険はいらない。
その歪みが、アルスへと向けられていた。
アルスは何も言い返さない。
ただ、胸の内で吐き捨てる。
(勝手なことを)
そして、思考を切り替える。
今日の授業を反芻する。
身体に刻み込むように。
もともと彼女はどこにでもいる平凡な町娘だった。
剣とは無縁の生活。
日々の食事は硬いパンと干し肉、木の実にミルク。
刃物を握る機会など、ほとんどなかった。
それでも今は違う。
剣を握る。
その意味を、知っている。
命を奪うということ。
そして同時に、命を守るということ。
その両方の重みを受け止めながら――
アルスは今日も、剣を振る。何度も、何度も。
同じ軌道を、寸分違わずなぞる。
腕は重い。
手のひらは潰れ、血が滲む。
それでも止めない。止めるわけにはいかない。
「……まだ」
振る。振る。振る。無心で何度も、何時間も振り続ける。
「無駄なことをしているな」
背後から声が飛ぶ。いつもバカにしてくる貴族とその取り巻きたちだということは見るまでもなくわかった。だから振り返らない。
「平民の努力なんて無意味。時間の無駄なんだよ!」
それでもアルスは、ただ剣を振る。
――一閃。
鋭い風が走った。
アルスは剣を下ろし、ゆっくりと振り返る。
その目に、迷いはない。
「選ばれるのは、わたしだ」
静かに言う。
「負けない」
空気が張り詰める。
やがて、嘲りの声は消えた。
アルスは再び前を向く。
脳裏に浮かぶのは、あの日の光景。
血に濡れた背中。
最後まで崩れなかった姿。
名前も知らない。
それでも。
(あの人みたいに)
守りたいものを守るために、今日も剣を振るう。
そして時は過ぎて訪れる、最終選抜の日。
王国中から集められた候補生たちが一堂に会する。
観覧席には貴族たち。
中央には王国騎士団。
その最前列に見覚えのある大男の姿があった。騎士団長だ。大勢の参加者の中から目ざとくアルスを見つけてニヤリと笑みをこぼしてあの日を思い出す。
(あの小さかった女の子がとうとうここまできたか)
こみあげてくる嬉しさをグッとこらえて宣言する。
「これより最終選抜を行う!」
一気に張り詰める空気。
「課題は――低級魔族の討伐」
ざわめきが広がる。
次々と名を呼ばれた候補生たちが順に挑む。
一人二人、十人二十人と、試験に挑むが誰も決定打を与えられない。
みな等しく恐怖に足が止まり、剣が鈍る。
数人のグループで挑んでいくも連携はガタガタ。
ただ時間だけが過ぎていく。
「次――アルス」
静寂。
そしてため息が聞こえてくる。
「平民か……」
「今年も駄目だな」
そんな声を背に、アルスは一歩前へ出た。
深く、深く。息を吸う。緊張に汗がにじむ。実際に前に立つと凄まじいプレッシャーが構える剣に重さを与える。
相手はただのオークと変わらない。瘴気を帯びて下級魔族に格上げされただけのただの魔物だ。
間合いを詰めようと踏み出したアルスの動きに呼応して魔族も動く。
速い。
(が、見える!)
身体が、自然に応じる。
最小限の動きで避け、踏み込みカウンターを叩き込む。
――一閃。
空気が裂けた。
次の瞬間。
魔族の動きが止まる。止まったまま、動かない。
いったい何が起きたのかわからない観客たちが固唾をのんで見守る。
そして、崩れ落ちた。
一撃。
それだけだった。
静寂が場を支配する。
誰も、声を出せない。
当然の結果だと言わんばかりの顔をした騎士団長が静かに立ち上がる。
「汝、名は」
「アルス」
問われ、短く答える。
「うむ」
騎士団長は満足げな顔で観客に振り返り、声だけで空を割れそうな大きな声で告げる。
「首席勇者――アルス」
ざわめきが爆発する。
どれほどバカにされようと、どれだけ見下されようと、覆らない圧倒的な結果がここにある。認めざるを得ない。
歓声が上がる。
「「「アルス! アルス! アルス!」」」
何度も何度も名前が呼ばれる。喉が張り裂けそうな勢いでみなが叫ぶ。
その中でアルスは、ただ静かに立っていた。
誰かに頭をそっと撫でられた気がした。
アルスは天を仰ぎながら目を閉じる。
そして――
誰にも見えないようにほくそ笑んだ。




