表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙禍ノ彗星  作者: 雨宮麗
虚との邂逅 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/28

27 『崩れゆく時計塔』


 雷鳴が轟く。


 バチバチと青白い稲妻を纏ったレイドの身体が、一直線に空へ駆け上がる。

 瓦礫を蹴り、崩れかけた建物の壁を足場にしながら、一気に高度を稼ぐ。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


 龍との距離が一気に縮まり、ついに龍の瞳がレイドを捉えた。


 龍は鬱陶しそうに首を振ると、巨大な前脚を振り下ろす。


「遅ぇっての!ノロマが!」


 レイドは身体を捻り、その爪を紙一重でかわす。


 頬を掠める風圧だけで皮膚が裂け、赤い筋が走った。


 それでも勢いは止めない。


 さらに一歩。

 さらにもう一歩。


 雷を爆発させるように足場を蹴る。


 そして──


「乗ったぜッ、ザマーみやがれッ!!」


 龍の首筋へ飛び乗った。

 黒い鱗へ両足を叩き込み、身体を低くする。


「よっしゃ!」


 思わず拳を握る。

 下から見上げていたリューエンも目を見開いた。


「バカはレイドでしょ、この脳筋バカ!!」


 だが、喜んだのも束の間だった。


 龍は耳障りな咆哮を上げる。

 巨体が大きくうねり、空中で暴れ始めた。


「うおっ!?」


 レイドの身体が激しく揺さぶられる。

 振り落とそうとしている。


「暴れんな、このトカゲ野郎ッ!」


 首元の鱗へ片手を突き立て、もう片方の拳へ雷を集める。

 青白い電撃が腕を覆う。


「喰らえぇぇぇぇぇ!!」


 拳を叩き込む。


 轟音。

 稲妻が龍の全身を駆け巡る。

 空中へ巨大な雷柱が立ち昇った。


 だが。


「……は?」


 手応えがない。

 雷は確かに龍を包んだ。


 それなのに。

 龍は痛がるどころか、動きを止める気配すらなかった。


 むしろ、煩わしそうに一度だけ身体を震わせる。


「効いてねぇのかよ!」


 直後だった。

 龍が大きく背中を反らせる。


「しまっ──」


 レイドの身体が宙へ放り出された。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」


 必死に鱗へ手を伸ばす。

 指先が黒い鱗を掴む。


「離すかァァァ!!」


 腕へ力を込める。

 龍はなおも暴れ続ける。


 上下左右へ激しく旋回し、身体を捻り続ける。

 レイドは片腕一本だけでぶら下がる形になった。


「レイドッ!!」


 地上からリューエンの叫びが聞こえる。


 返事をする余裕はない。

 握力が、少しずつ奪われていく。


「くっ……!」


 腕が震える。


 肩が悲鳴を上げる。

 龍の速度はさらに増していく。


 猛烈な風圧が指をこじ開けようとする。


「まだ……!」


 歯を食いしばる。


 だが、限界だった。


 汗で滑る指先。

 手が、ゆっくりと鱗から離れる。


「──っ!」


 身体が宙へ投げ出された。


 空が回る。

 瓦礫の街が、一気に近づいてくる。


「やべぇ……!」


 この高さでは助からない。


 そう思った、その瞬間。


「ったく、無茶しやがる。」


 聞き慣れた声が、すぐ隣で響いた。


 次の瞬間。

 がしっ、と力強い腕がレイドの身体を受け止める。


 落下の衝撃をものともせず、その人物はレイドを抱えたまま軽々と着地した。


「……ルーガン!」


 レイドが目を見開く。

 ルーガンはニヤリと笑いながら肩を竦めた。


「脳筋にも程があるぜ、レイド」


 その背後では、シュカとミーシャの姿が見えた。

 シュカは安堵したようにレイドを見つめ、ミーシャもほっと胸を撫で下ろしている。


「あ!シュカ!」


「レイド!」


 二人の声が重なる。


 だが、再会を喜ぶ時間は与えてくれなかった。

 頭上で、龍が怒り狂った咆哮を上げる。


 巨大な口が開き、灼熱の炎が再び集まり始めていた。


 龍の喉奥が赤く脈打つ。


 空気が焼けるような熱を帯び、周囲の瓦礫がぱちぱちと音を立て始めた。


「来るぞ!」


 レイドが叫ぶ。


 ルーガンはシュカとミーシャを自分の後ろへ庇うように立つ。


「シュカ!できるな?」


「は、はい!」


 シュカは反射的に前へ出る。


 胸の奥へ意識を向ける。


 恐怖はまだある。

 それでも今は違う。


 右手を前へ突き出した。


「灼火陽焔!!」


 紅蓮の炎が一気に噴き上がる。

 ほぼ同時に、龍が口を開いた。


 空を埋め尽くすほどの業火。

 それへ真正面から、シュカの紅蓮がぶつかる。


 赤と黒の炎が空中で押し合い、凄まじい衝撃波が街を揺らした。


「うぉっ!」


 レイドが腕で顔を庇う。


 風圧だけで瓦礫が吹き飛び、周囲の建物へ次々と叩きつけられる。


 しばらく拮抗した末、龍の炎は勢いを失い、空へ押し返されていった。


 シュカは肩で息をする。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 額から汗が流れ落ちる。

 完全には相殺できない。


 それでも十分だった。


 龍は炎を避けるようにさらに高度を上げる。

 巨大な翼が黒雲の近くまで舞い上がった。


「よし!」


 レイドが拳を握る。


「今なら!」


「いや、待て」


 ルーガンは空を見上げたまま短く呟く。


「まだだ」


「え?」


 レイドが振り返る。


 ルーガンの視線は龍ではなかった。

 崩れかけた街並み全体へ向けられている。


 巨大な龍が飛ぶたびに、あちこちの建物が悲鳴を上げていた。


 壁が崩れ、塔が傾き。


 瓦礫が雨のように降り注ぐ。


「この状況じゃ斬れねぇ」


 ルーガンは静かに言った。

 長剣を抜けば、一撃の余波だけで周囲の建物ごと吹き飛ぶ。


 シュカも、ミーシャも。

 レイドたち皆を巻き込んでしまう。


「それに街が邪魔だ」


 龍は巨大すぎる。


 建物の合間を飛び回られれば、大振りな斬撃は振るえない。


 ルーガンほどの剣士だからこそ、その窮屈さが分かっていた。


「ならどうすればいい!」


 レイドが叫ぶ。


 答える間もなく、轟音が響く。

 龍の尾が建物を薙ぎ払い始めた。


「伏せろ!」


 ルーガンが二人を抱えて跳ぶ。


 その直後、石造りの建物が粉々に砕け散った。


 巨大な石柱が頭上を掠めて落下する。

 着地した場所も安全ではない。

 すぐ隣の建物が軋み始めていた。


「このままじゃ街ごと潰される!」


 レイドが歯を食いしばる。

 リューエンは周囲を見回していた。


 龍は高すぎる。

 このまま地上から撃っても意味がない。


 その時だった。


「……あれ」


 リューエンの視線の先。

 街の中央近く。


 廃墟の中でも一際高く残っている建物が見えた。

 崩れかけてはいるが、まだ辛うじて立っている。


 巨大な時計塔。


「……届くな」


 リューエンが小さく呟く。


「レイド!」


「なんだ!」


「少し時間ちょーだい!」


 そう言うや否や、リューエンは瓦礫を蹴って駆け出した。


「お、おい!」


「上から撃つ!」


 返事だけを残し、建物の壁を蹴り、窓枠を足場にしながら驚異的な速さで時計塔を登り始める。

 ルーガンはその背中を見送り、小さく笑った。


「なるほどな」


 地上では届かない。

 だが、あの高さなら龍の飛行ルートを捉えられる。


 レイドも気付く。


「リューエン……!」


 時計塔の頂上へ、小さな人影が立った。


 龍へ向け、ゆっくりと造り出した銃を構える。


 時計塔の頂。

 吹き荒れる風が、リューエンの髪を激しく揺らす。


 崩れかけた石造りの塔は、龍が羽ばたくたびに軋み、今にも崩れ落ちそうだった。


 それでもリューエンは足を止めない。

 ゆっくりと深く息を吸い、銃を構える。


 視線の先では、龍が黒雲を切り裂くように旋回していた。


「……距離、風向き、高度」


 独り言のように呟く。


 龍は速い。


 狙って撃つだけでは当たらない。

 だからこそ。


「予測して、撃つ」


 カチリ、と撃鉄が起きる。

 その姿を、地上のレイドが見上げていた。


「頼むぞ……!」


 リューエンは小さく笑う。


「外したら、ごめんね。……外さないけどさ」


 重い銃声が一発。


 放たれた弾丸は空中で青白い龍へ姿を変え、一直線に巨大な龍へ突っ込んだ。


 爆炎。

 龍が大きく首を仰け反らせる。


「効いた!」


 レイドが叫ぶ。

 だが、それは傷を負わせたというより、不意を突かれた程度だった。


 龍は怒り狂ったように咆哮を上げる。


 黄金の瞳が、時計塔の上に立つリューエンを射抜いた。


「……これでも効かないのって、マジで言ってる?」


 リューエンの笑顔が引きつる。

 龍は標的を変えた。


 巨大な翼を一度羽ばたかせるだけで、空気が爆ぜる。


 一直線に、時計塔目掛けて突っ込んでくる。


「リューエン!」


 レイドが叫ぶ。

 リューエンはすぐさま二発、三発と撃ち込む。

 その全てが外れることなく龍に命中する。


 しかし龍は止まらない。


 爆炎を突き破り、その巨体が目前まで迫る。


「あー……やば」


 龍は口を開かなかった。


 代わりに、巨大な尾が横薙ぎに振り抜かれる。


 凄まじい轟音。

 時計塔の中腹へ尾が直撃した。


 石造りだった塔が悲鳴を上げる。


 一本。

 また一本と亀裂が走り、次の瞬間ついに崩壊した。


「リューエェェェン!!」


 レイドの絶叫。

 時計塔は根元から折れ、無数の瓦礫となって崩れ落ちる。


 その中へ、小さな人影が投げ出された。


 リューエンだった。


「しまっ……!」


 空中で体勢を立て直そうとする。


 しかし掴むものがない。

 そのまま真っ逆さまに落ちていく。


 シュカが息を呑む。

 ミーシャが目を見開いて、レイドは反射的に駆け出そうとした。


 間に合わない。


 誰もがそう思った。


 だがルーガンだけは違った。

 落下するリューエンを一瞥すると、小さく息を吐く。


「……やっと来たか」


 その一言に、レイドが振り返る。


「え?」


 ルーガンは龍ではなく、さらにその上を見ていた。

 誰もいないはずの虚空を。


 次の瞬間だった。

 どこからともなく、静かな男の声が響く。


『──時の狭間へようこそ』


 世界が、ぴたりと静止したような錯覚。


 続いて、もう一つ。

 淡々とした声が、空へ溶ける。


『特殊能力──時空断界』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ