16 『楽園の向こう、君がいる場所で』
『シュカ。お前は、どうしたい?』
ルーガンの問いに、シュカはすぐには答えられなかった。
胸の奥に溜まった感情が、言葉になる前に絡まり合う。
後悔も、痛みも、会いたいという願いも――全部が同時に込み上げていた。
やがて、シュカは小さく息を吸い、はっきりと言った。
「……謝りたいです」
震えながらも、逃げなかった。
「拒絶したことも……傷つけたことも。最後に、ちゃんと話せなかったことも」
その言葉を聞いて、ルーガンは一瞬だけ目を伏せる。
「……そうか」
短く頷き、静かに言った。
「なら、先に話しておくことがある」
シュカとレイドの視線が、ルーガンに集まる。
「カインは――生きている」
一拍。
シュカとレイドの思考が、止まった。
「……え?」
「正確に言えば、一度は確かに死んだ。だが、うちには一定の条件下であれば、死者を生き返らせることのできる医者がいる」
ルーガンは、扉の方へ視線を向ける。
「出てきていいぞ、リリアナ」
扉が静かに開き、一人の女性が姿を現した。
白衣のような上着を羽織り、黒い髪を一つに束ねた女性。
穏やかな表情だが、その瞳は、はっきりとした強さを宿している。
「初日ぶりね、シュカ」
柔らかな声だった。
「私はリリアナ。アステリアの一員で、医者よ」
ルーガンが腕を組み、続きを引き取る。
「リリアナは特殊能力持ちだ。死者蘇生ができる」
シュカの喉が、ひくりと鳴る。
「……生き返らせる、って……」
「正確には、条件付きだ」
ルーガンの声は低い。
「死んでから時間が経ちすぎていないこと。魂が完全に散っていないこと。そして――」
リリアナが、静かに言葉を継ぐ。
「肉体が、修復可能な状態であること」
彼女は、視線を伏せて続けた。
「万能じゃないわ。何でも生き返らせられるわけじゃない。……それに、代償もある」
「代償……?」
「蘇生には、私自身の生命力を使うの。ただの怪我ならまだしも、死者蘇生となると話が別。死者の蘇生に消費する生命力はバラバラ。軽い日もあれば、立てなくなる時もある」
室内の空気が、ぴんと張り詰めた。
「だから」
ルーガンが言う。
「誰彼構わず使える力じゃねぇ。今回は……賭けだった」
リリアナは、ゆっくりと頷いた。
「でも、間に合った」
その一言で、シュカの胸が大きく脈打つ。
「カインは、蘇生後にしばらく私とルーガンで話をしたわ。状況も、自分が死んだ理由も……全部、理解してる。何を聞いたかは、記憶が無くなってるようだけれど」
「……じゃあ……」
声が、掠れる。
「今のカインは、自分の意思でここにいる」
ルーガンは、シュカをまっすぐに見た。
「だから聞いたんだ。お前が、どうしたいかを」
一拍の沈黙。
シュカは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……会いたいです」
即答だった。
「ちゃんと、顔を見て……今度は逃げずに、話したい」
ルーガンは、小さく笑った。
「上出来だ」
そして、執務室の奥へ向かって声をかける。
「もういいぞ」
足音が、聞こえた。
ゆっくりと、確かな歩調。
扉が開き――
そこに立っていたのは、カイン。
「あ…………」
シュカの視界が、歪む。
生きている。
確かに、そこにいる。
「……シュカ」
カインが、静かに名を呼んだ。
言葉を選ぶように、口を開きかけ――
「話したいことが――」
「――カイン!!」
シュカは、最後まで聞かなかった。
感情のまま、床を蹴り、一直線に走る。
距離も、躊躇も、全部を置き去りにして――
そのまま、カインに飛びついた。
「っ……!」
衝撃に、カインが一歩よろめく。
「よかった……っ、生きてて……!」
泣きながら、しがみつく。
「ごめん……!本当に、ごめん……!あの時……ひどいこと、言って……!」
カインは、一瞬だけ目を閉じ――
そのまま、シュカをしっかりと抱き留めた。
「……分かってる。俺が、いけなかったんだ」
低く、落ち着いた声。
「全部、聞いた。だから……今は、ここにいる」
その光景を、リリアナは静かに見つめる。
ルーガンは、腕を組んだまま言った。
「感情の整理は後だ。今は――生きてることを確かめろ」
シュカは、涙に濡れた顔のまま、カインを強く抱きしめ続けていた。
「カイン......っ」
ぼろぼろ涙を溢すシュカの背に、手を回そうとしたカイン。
――その時。
「おい」
低い声が、横から割り込む。
レイドだった。
「そろそろ離れろよ!!」
「レ、レイド……?」
シュカが涙で顔を濡らしたまま、きょとんと顔を上げる。
レイドは腕を組み、むすっとした顔で二人を見ていた。
「さっきからベタベタしすぎだろ」
「は......?」
カインが一瞬固まる。
「言っとくけどな、シュカは俺の相棒なんだからな!」
びしっと指を突きつける。
「勝手に独占すんな!」
「いや、独占って……再会したばかりだし……」
「知るか!」
レイドは一歩前に出て、シュカの腕を引いた。
「ほら、シュカは俺の隣!」
「え、ちょ、レイド……!?」
引っ張られて、シュカがよろける。
カインはその様子を、ぽかんと見ていた。
(……なんだ、こいつ)
頭の中で整理が追いつかない。
“烙禍”――危険で、暴力的で、常に殺意を抱えた存在。
そう聞いていたはずなのに。
目の前にいるのは――
ただ拗ねている子供のような少年だった。
思わず、張り詰めていた糸が緩んだような気がした。
その様子を見て、ルーガンが吹き出す。
「おいおいレイド、せっかくの再会をぶち壊すなよ」
「ぶち壊してねぇ!」
レイドは即座に言い返す。
「ちゃんと“順番”ってもんがあるだろ!」
「なんの順番だよ……」
ルーガンが呆れたように呟くと、レイドはふんっと鼻を鳴らした。
「相棒優先に決まってんだろ!」
「そんなルール聞いたことないんだが……」
そんなレイドとルーガンの会話を聞いたカインは、思わず額に手を当てた。
さっきまでの緊張感が、完全に崩れていく。
(……なんなんだ、この空気は)
死んだはずの自分が生かされている事実。
知らない場所。
信用しきれない連中。
なのに――
「……はは」
気付けば、カインは小さく笑っていた。
「カイン?」
シュカが驚いたように顔を上げる。
「いや……なんか、思ってたのと違いすぎて」
「思ってたのと?」
レイドが眉をひそめる。
カインは少しだけ視線を逸らした。
「ゲヘナは、もっとこう……殺気立ってる場所かと思ってた」
一瞬、空気が止まる。
「はぁ?」
レイドが不満そうに声を上げた。
「誰が殺気立ってるって?」
「いや、一般的なイメージの話で……」
「俺は優しいだろ!」
「今のどこが……」
「全部だ!」
言い切るレイドに、ルーガンがまた笑う。
「まぁ安心しろ。そいつは旅団の中でも特にうるせぇやつだ」
「ルーガン!?」
わちゃわちゃとしたやり取り。
それを見ながら、シュカはまだ少し涙の残る顔で――でも確かに笑った。
「……カイン」
静かに呼ぶ。
「うん?」
「これが……今の僕の居場所」
カインは、その言葉を受け止めるように、ゆっくりと周りを見た。
レイド。
ルーガン。
リリアナ。
まだ、全部を信じられるわけじゃない。
でも――
(……少なくとも)
シュカがここで笑える理由は、分かる気がした。
「……そうか」
短く、そう答える。
そして少しだけ、言葉を選ぶようにして続けた。
「俺も……、ここにいる」
「え……?」
シュカの目が、また大きく開く。
「全部信じたわけじゃない。でも」
一瞬だけ、レイドを見る。
レイドは腕を組んだまま、じっと睨み返していた。
「悪い奴らじゃなさそうなのは……分かった」
「おう、見る目あるじゃねぇか!」
レイドがドヤ顔で言う。
「お前に言ってない」
「なんだと!?」
また始まる小競り合い。
その中心で、シュカは小さく笑いながら――
今度こそ、ちゃんと実感していた。
カインが、生きてここにいること。
そして、自分の選んだ場所に来てくれたことを。




