表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烙禍ノ彗星  作者: 雨宮麗
エデン追放 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/28

15 『エデンとは何か』

 

 朝、という実感はない。

 だが、鳥の(さえず)りでシュカは目を覚ました。

 空のないゲヘナで、鳥の声は貴重だ。


 ――その時。


 天井近くに設置されたスピーカーから、落雷のような爆音が響き渡った。


『もしもォォォし!!俺だけど!俺だよ、俺!レイド、シュカァ、起きてるかァ!?お前ら、今から俺の部屋集合なァ〜!!』


「俺」もといルーガンからのアナウンスだ。

 シュカはキーンと鳴る耳を押さえながら聞いていた。


 その横で、レイドが襲撃かと飛び起きる。


「レイド、ルーガンさんが……僕たちを呼んでるみたい」


「ルーガンさんか……。相変わらず朝から元気だなぁ」


 そうして二人はすぐに準備をして部屋を出ていく。

 坑道を古レンガで補装したような通路を駆け抜け、無骨な石造りの階段を下りていく。


 一体何の用だろうかと、気が急く。


 執務室の前に着くと、ルーガンがドアを開けて待っていた。


「おう、遅いぞ、バディども!」


 シュカとレイドは顔を見合わせ、息を整えながら中に入った。


 ルーガンの執務室は、地図や資料、沢山の本で囲まれていた。

 どれも年季が入り、草臥れてはいるが、相当読み込まれた跡がある。


 ルーガンは執務室に置かれたソファに二人を座らせると、二人の前にジュースを置き、自分も向かいの席についた。


「喉、乾いてるだろ?ナヴァル特製のりんごジュースだ」


「お!ナヴァルさんのりんごジュース!?ラッキー!」


 そう笑顔を浮かべるレイドと違って、シュカは首を傾げる。


「ジュース……ってなに?絵の具で色つけた水を飲むの?」


 その発言で、ルーガンが腹を抱えて笑う。

 レイドはわなわなと震えている。


「シュカ、ジュースも知らねぇのか!?」


 シュカはレイドの言葉に少し戸惑いながらも、グラスに手を伸ばす。

 薄く赤みがかった液体が揺れた。


「……あ、甘い……」


 目を丸くして飲むシュカを見て、ルーガンがくすりと笑う。


「やっぱりエデンとゲヘナじゃ、食文化も違うみたいだな。()()()()驚いてたし」


「あいつ?」


 シュカの言葉に、ルーガンは首を振る。


「いや、なんでもないさ。今日は朝早くから急に呼び出して悪かったな」


「俺たちに、何か用ですか?」


 レイドが聞くと、ルーガンは少しためらいを残しつつも口を開いた。


「昨日のことで、お前たちに聞きたいことがある」


 昨日のこと。

 その言葉で、シュカは一気に表情を強張らせた。


 その隣で、レイドが声を上げる。


「ッ、ルーガンさん、シュカにはまだ……!」


 しかし、シュカはレイドの言葉を遮るように、彼の服を掴む。


「だいじょうぶ。大丈夫だから」


 そう言われて、レイドは納得とまではいかないが、心配そうな顔をして引き下がった。

 そんな二人の様子を見たルーガンが続ける。


「ちゃんとバディらしく仲良くなってくれて嬉しいよ。シュカにはまだ時間が必要だってことも分かってる。だが、これからの旅団の為にも、ゲヘナの為にも、どうしても話をしなきゃならねぇんだ」


 シュカは小さく息を吐き、グラスを握ったまま視線を落とす。

 昨日のことが頭をよぎり、胸がぎゅっと締め付けられる。


「分かりました。僕に話せることなら……」


 ルーガンは「ありがとう」と言って、少ししてから静かに口を開いた。


「話の内容は……昨日見た壁の一件についてだ。お前たちには衝撃的だろうし、無理に全部を話せとは言わねぇ。だが、あの死には裏があると考えてる」


 シュカの手が、グラスを握り直す。


(……裏がある……?)


 レイドは隣で、シュカの肩にそっと手を置いた。


「シュカ、ゆっくりでいいんだぞ。ルーガンさんは、ちゃんと分かってる」


 シュカはその言葉の優しさに心を落ち着かせながら、もう一度ルーガンの方へと視線を戻す。

 続けても大丈夫だと、小さく頷く。


 それを見て、ルーガンは話を続けた。


「あれはエデンの人間だ。名前をカインだと呼んでいたが、シュカはどういう関係だったんだ?」


 シュカはグラスを握ったまま、一瞬言葉を詰まらせた。


 心の奥で、あの光景が再び蘇る。

 吊るされたカインの無惨な姿、凍りついた血、あの瞬間の無力感。


 自分が、もしあの時カインを拒絶しなければ――

 そんな考えで、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「カインは、僕の友達でした。僕がゲヘナに来るまでは」


「……そうか、友人だったのか。カインはどうしてゲヘナにいたのか、何か知っていることはないか?」


 シュカは一度、目を閉じた。

 言葉を選ぶというより、思い出に触れない場所を探すような仕草だった。


「……カインは」


 小さく息を吸う。


「僕を、助けに来たわけじゃありません」


 ルーガンの表情が、わずかに引き締まる。

 レイドも、肩に置いた手を離さないまま、黙って聞いていた。


「……連れ戻しに、来たんです」


 静かな声だった。


「あの日の僕を、エデンに。“元の場所”に」


 その言葉に、自分で小さく苦笑する。


「元、なんてもう無いのに」


 グラスの中のジュースが、微かに揺れた。


「僕がゲヘナに落とされたことを知って、危険だって分かっていて、それでも来た。それは……多分、本当です」


 そこで一度、言葉を切る。


「でも、カインが見ていたのは“今の僕”じゃなくて……エデンにいた頃の、僕のことでした」


 ルーガンは急かさない。

 ただ、視線だけで続きを促す。


「ゲヘナを、危険で壊れた場所だって決めつけて……だから、僕まで壊れるって言った。僕自身を、認めてはくれなかった」


 シュカの指が、グラスを強く握る。


「助けるって言葉を使いながら、僕の選択は、何一つ見てなかった」


 沈黙が落ちる。

 その重さを、ルーガンは壊さなかった。


「それでも、僕は、本当は嬉しかった。今の僕を見てくれなくても、来てくれたのは事実だから」


 少し間を置いて、続ける。


「そんなカインを、僕は拒絶した。僕があの時カインの手を取っていれば、カインは見つかったりして死ななかったかもしれない。だから、僕は……もうカインを友達とは呼べないんです……!」


 シュカの声は、最後の方で震え、言葉が喉に詰まった。

 瞳が、心と共に揺らぐ。


「……僕があの時拒絶したから。だから……」


 それ以上、言葉にならなかった。


 室内に、重たい沈黙が落ちる。

 誰も、すぐには口を開かなかった。


 最初に動いたのは、ルーガンだった。


 彼は深く椅子にもたれ、天井を仰ぐように息を吐く。


「……なるほどな」


 低い声だったが、そこに責める色はなかった。


「連れ戻そうとして、拒まれて、その直後に――ああいう形で殺された、か」


 シュカは思わず身を強張らせる。

 だが、ルーガンは続けて、はっきりと言った。


「それは、お前のせいじゃねぇ」


 シュカが顔を上げる。


「で、でも……!」


「いいか、シュカ」


 ルーガンは机に肘をつき、真っ直ぐにシュカを見た。


「手を取らなかったことと、殺されたことは、関係ない」


 言葉は荒いが、声音は静かだった。


「拒絶する権利は、お前にあった。それを理由に命を奪われる世界の方が、間違ってる」


 レイドが、はっきりと頷く。


「そうだ」


 短く、しかし強い声。


「シュカが自分の場所を選んだだけだ。それを否定される理由なんて、どこにもない」


 シュカは唇を噛み、視線を彷徨わせた。


「……でも」


 ルーガンは、その「でも」を遮らない。

 代わりに、少しだけ声を落とした。


「ただな」


 その一言で、空気が引き締まる。


「それだけで、殺されることは有り得ないんだ」


 シュカの胸が、嫌な音を立てる。


「エデンとゲヘナの往来は重罪だ。それを承知で興味本位で乗り込んで、とっ捕まる奴らが今までにいなかったわけじゃない。だが、大罪とはいえ、殺されるなんてことはなかった。精々、ゲヘナ送りになって実質の無期懲役止まりだ」


 ルーガンは、そう言ってから一拍置いた。

 その沈黙は、今までのどれよりも重かった。


「……そこで気付いたんだ」


 低く、確信を含んだ声。


「カインは、ただゲヘナに来ただけじゃねぇ。エデン側が、わざわざカインを殺す必要があったってことだ」


 シュカの喉が、ひくりと鳴る。


(殺す理由……)


「ゲヘナに落ちた人間を連れ戻そうとして処分された、なら話は単純だ。だがな」


 ルーガンは、視線をシュカに戻す。


「壁に晒す必要はない」


 その言葉に、シュカの指先が冷たくなる。


「見せしめだ。あれは誰かに“見せる”ための殺し方だ」


 レイドが息を呑む。


「……誰に?」


 ルーガンは即答しなかった。

 代わりに、静かに言う。


「“知る可能性のある者”全員だ」


 シュカの背中を、冷たいものが滑り落ちた。


「あと一つ、確かな事実がある」


「確かな事実、ですか?」


 ルーガンは頷くと、少しだけ瞼を伏せて続けた。


「カインの体には霜が降り、一部が凍っていた。あれは、エデンの王宮騎士団団長の特殊能力だ」


「あ……騎士団は聖堂で儀式をして、特殊能力を手に入れることができるんですよね?」


「あぁ、エデンではそう言われてるのか。実際には、ゲヘナで使える特殊能力を持った人間を見つけたら、そいつを殺して手に入れる。特殊能力は、殺すことで奪えるからな」


 シュカは、言葉を失った。


 唖然としたまま、ルーガンを見つめる。

 理解が、感情に追いつかない。


「……殺して、奪う……?」


 声にならないほど小さく、掠れた呟き。


 エデンで教えられてきた“聖なる儀式”。

 罪人を弔い、その力を継ぐための神聖な行為――

 そう信じていたものが、音を立てて崩れていく。


「そんな……そんなの……」


 震えるシュカに、ルーガンは「シュカが気にすることじゃない」とだけ言って、話を続ける。


「わざわざ騎士団団長が自らその場で殺すほど、何か大きな情報を知ったカインは、シュカに伝えに行こうとした」


「え……?」


「これは、カインが殺される瞬間を見ていたゲヘナの男からの情報だ。何かを聞いて、慌てて走り出したそうだ。『シュカに伝えないと』『ずっと、友達でいたかった』って、殺される直前に言っていたと」


「そ、んな…………」


 シュカの胸に、息苦しいほどの痛みが広がった。


「……ずっと……友達で……」


 言葉を繰り返そうとして、声が喉で途切れる。

 指先から力が抜け、グラスがかすかに音を立てて揺れた。


(伝えに……来た……?)


 連れ戻すためじゃない。

 最後は――自分のために。


「……そんなの……」


 シュカは俯き、唇を噛みしめた。

 血の味がしても、気づかないほどだった。


「シュカ。お前は、どうしたい?」


 最後のルーガンの問いは、シュカの心に触れるような声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ