交渉は高尚に
※引き続き、柊生視点になります
「藍ちゃんの引っ越し先?」
「はい」
「……それを聞いてどうするの」
「社長。俺、ヤマが……、彼女が好きなんです」
「…………」
腹芸をしてもしょうがない。
いずれは向き合わなければならないなら、今向き合ってしまおうと腹を括った。
「彼女が俺たちのマネージャーをしている時は、あまりにも近すぎるし、彼女も望まないだろうと思って我慢していました。でも、彼女がマネージャーを辞めた今なら……、アプローチをしてもいいですよね?」
ストレートにそう尋ねると、社長は俺の目をじっと見据えた後、はあ、とため息をついて、言葉を返してきた。
「まあ、藍ちゃんがいいって言うならいいよ。そんなの、本人たちの問題だし」
「……ありがとうございます」
「でも、引っ越し先を教えるのは、ねえ」
連絡先とかならまだしも、家って。
そう言う社長に、「メールで連絡しても、返事が来ない可能性が高いと思ったんで」と言うと「まあ確かに」と返される。
「教えてもらえないのであれば俺、仕事は頑張れそうにないですね」
「おっと、それは脅しかな?」
「いいえ? その代わり、教えてもらえたら、今以上に仕事を頑張れそうな気もしますが」
嘘は言っていない。
ヤマがいなければモチベーションが上がらないのも事実だし、もしまた縁が繋がったなら、それこそ今以上に仕事を頑張らなければ「私のせいで柊生さんの仕事が減ってる……!?」とヤマが自分を責めるのも目に見えている。
「なるほどね。柊生くんはほんと、真面目だよねえ」
にこにこと食えない笑みを浮かべる社長は「わかった。じゃあ交換条件だね」と言い出す。
「柊生くんの言う通り、仕事の質を落とさないこと。量も減らさない、なんなら増やすこと。まあこの辺はマネージャーの仕事の範疇でもあるからなんともだけど」
「いえ、いいです。やります」
仕事に関しては、以前から色々と顔を出してツテを作っていたから、いくつかアテはあった。
『ユナイト!』の強みは、マネージャーだけでなくメンバー全員にも営業力があるところだ。
それは、メンバー全員が『山敷 藍』というマネージャーを見て学んできたところも大きい。
現場でスタッフや製作陣の顔を覚え仲良くしておくことが、次の仕事につながるということを全員がわかっているのだ。
結果その後、アカデミー賞候補作の監督に声をかけてもらえることとなるのだが、それはまたしばらく後の話になる。
それはさておき。
にっこりと笑った社長に、ヤマの引っ越し先を教えてもらった俺は。
(ついでに社長に最近のヤマの帰宅時間も探ってもらって、時間の当たりもつけさせてもらった)
不安に苛まれる胸を抑えて、教えてもらった引っ越し先の住所へと向かったのだった。
◇ ◆ ◇
社長に教えてもらったヤマの自宅前で待ち伏せしながら、引かれたらどうしようと不安に怯える時間は、なまじオーディションを受けるのとは違う意味で精神的にキツかった。
そうして俺は、まもなくして目の前に現れたヤマの姿を見て、二度目の衝撃を受けることになる。
地味な格好をやめ、すっかり垢抜けてキラキラと可愛らしくなったヤマが――、そこに立っていたからだ。
「お前……、なんでそんな格好してんだよ」
しかし――、言うに事欠いて、ようやく念願の再会を果たした最初の一言がそれで。
「えっと、あの……、どちらさまですか……?」
さらには、そんな俺の追求に、さらりとそらっとぼけて逃げようとするものだから。
「とぼけんな。いくらなんでも、メイクと服装ぐらいで誤魔化されると思うなよ」
せっかく追いかけて捕まえたと思った瞬間、もはや彼女は次のステップに向けて羽ばたこうとしていた。
それまでの蛹の姿を脱ぎ捨て、美しい蝶になって。
――繋ぎ止めなければ、と思った。
切実に。
でなければ、せっかくまた近づくことができたのに、手のひらからこぼれ落ちてしまう。
そうして、こぼれ落ちたものを他の男に奪われてしまっては、俺が今まで我慢して耐えてきた期間はどうなるのだ。
そうして、そんなじれじれとした思いからあれやこれやと策を弄した結果、その日なんとか【お友達】という形でそばに居続けることを許してもらうことができた。
ようやくここに至って、俺はスタートラインに立てることなったのだった。




