拗れ拗らせてエピローグ
――私が『柊生さんの気持ちを受け入れない』と決めたのには、二つの大きな理由があった。
ひとつは、柊生さんと『ユナイト!!』に、アイドルとしてもっともっと売れて欲しかったから。
もうひとつは――、柊生さんと『ユナイト!!』が大好きな、ファンのみんなの気持ちを守りたかったから。
それは柊生さんに対してだけではなく『担当するアイドルにはそうあるべき』と私が決めた鉄壁のルールだった。
――だけど。
『アイドルとしての滝本柊生』はそれでもいいとしても。
『ひとりの男性としての滝本柊生』には、満たされないまま孤独に生きていけということになる。
ちょっと前の私だったら、『アイドルになりたいって思ったんだから、それくらい覚悟を決めていて然るべきだろう』くらいのことは思ったかもしれない。
けれど、私は見てしまったのだ。
この1ヶ月半あまりの、『アイドルの滝本柊生』ではない、ただの滝本柊生を。
普通に誰かに恋をして、うまくいかなくて落ち込んで、足掻いて、そんなことに一喜一憂するひとりの男の人を。
――切ない、と、思ってしまった。
だって私は、知っているから。
華々しい舞台裏で、彼らがどれだけ努力して、苦しんで、栄光を掴み取っているか。
その栄光の裏に、どれだけの辛い毎日があるか。
うまくいかなくて歯痒くて、涙を流す姿もたくさん見た。
アイドルとして売れるために、彼らがたくさんのものを諦めるところも見てきた。
特に柊生さんは、中でも物分かりのいい方だったから。
ストイックで、筋を通すということをよくわかっている柊生さんは、これまで無私・無欲という言葉がぴったりなくらい、どんな時にもわがままを言わずに、じっと堪えてやってきた。
そんな柊生さんが出した、初めての『わがまま』。
それが――、事務所を辞めた私を追いかける、ということだったのだ。
◇ ◆ ◇
「ヤマ……、好きだ」
柊生さんの部屋のソファに押し倒されながら、私の胸元でそう囁いた彼の声は、痛々しいくらいに切なかった。
一瞬――泣いているのかと思ったくらいに。
だから私は、それ以上何も口にすることができなくて、黙って縋りついてくる柊生さんの背中と後頭部に手を伸ばし、安心させるように撫でた。
柊生さんは私のその行動に、ぎゅっ、と抱きしめた腕にさらに力を込め、身を寄せるように身じろいだが、それ以上動きを見せることはなく大人しくされるがままにしていた。
……こうしていると、年上だけど、なんだか子供をあやしているみたいだな……。
子供と言うには大きすぎるくらいに大きな図体をしているけれど。
室内が静寂に満たされる中、ただただ、私が柊生さんを優しく撫でるだけの時間が過ぎる。
そうして――。
そろそろ『柊生さんも少しは気持ちが落ち着いたかな』と思った頃。
「…………つまりこれはもう、男女の付き合いを始める、ってことでいいんだよな?」
と。
私の胸元に頭をくっつけたまま、こちらに顔を向けずに、言葉だけでそう尋ねてきた。
いや、尋ねてきた――というよりは、念押しに近いニュアンスだったような気もする。
「……どうしてそうなるんですか」
「……だって。俺は……、お前が好きで。お前も……、俺のことが好きなんだろ」
…………………………。
…………そうですけど。
いや、まあ、そうなんですけど。
「……だからといって、まだ付き合うともなんとも一言も言ってないですよ」
「なんでだよ。今そういう流れだっただろうが」
そう言いながら、柊生さんが拗ねたような顔をこちらに向けて上目遣いに見上げてくる。
そして、そんな顔すらもどうしようもなく格好いいと思ってしまう自分を、心の中で静かに叱咤する。
「……確かに、私は柊生さんが好きだっていいましたけど。付き合うかどうかはそれとはまた別の話です」
「どうしてそういうことになるんだよ……」
普通、両想いになったら付き合うっていうものじゃないのかよ……。と、途方にくれながら呟く柊生さんに少しかわいそうな気持ちになりながらも、心を鬼にして私は言葉を続ける。
「普通の一般人だったらそうかもしれませんが。……柊生さんは、普通の一般人じゃないじゃないですか」
「……………………」
そうなのだ。
結局のところ、気持ちを認めたところで、最終的にはそこに行き着く。
「……じゃあ、俺がアイドルを辞めればいいってことか?」
「そうとも言ってません」
憮然とした様子で私にそう告げてくる柊生さんだったが『柊生さんがアイドルを辞めてしまっては本末転倒ではないか』と私も即座に否定する。
………………はあ。
落胆ではなく、決意を固めるためにため息をつく。
覚悟を決めよう、藍。
確かに、推しとは付き合わないとは決めた、決めていた。
でも、推しを応援するとも決めていたじゃない。
「……男女の付き合いはしません。でも、柊生さんの気持ちはわかった上で、柊生さんとは一緒にいます」
「…………………………つまり?」
私の言葉に、柊生さんがよくわからないような顔をする。
……確かに、それはそうだろう。
私だって、自分の言うことを『何言っているんだ』という気持ちで口にしている。
「柊生さんが、私といることで癒しを得られるというのであれば。私は、柊生さんに癒しを与える努力はします」
でも――、それと付き合うということとはまた別です。
慎重に言葉を選びながら柊生さんに告げる。
「恋人、という肩書きだと、きっと私はアイドルとしての柊生さんの足を引っ張ることになる。だから私は、日常に戻った時に柊生さんが孤独にならないよう、明日も頑張って仕事に立ち向かえるよう、癒しを与える存在になります」
友達でも、恋人でも、家族でもない。
滝本柊生という推しを支える、揺るがない味方という存在。
それが、私が今出せる、最適と思える答えだった。
「……癒し」
「はい」
柊生さんの呟きを肯定するように、こくりと頷く。
「……それは、俺がキスしたいって言っても叶えてもらえるのか?」
「……………………」
思いがけない柊生さんからの言葉に、思わず唇をへの字に引き結んだ。
「………………その行為は、恋人の範疇に入ると思いますが……」
「でもそれで、俺が絶対に癒やされるって言っても?」
「……………………」
…………そこまでは考えていなかった、とは今更言えず。
でも、柊生さんを癒す存在になります、と言い切った以上、ノーとも言えない。
「……藍?」
そうこうしているうちに、眼前まで迫った柊生さんがとろけるように甘い声で私の名を呼ぶ。
「……嫌じゃないなら、キスするけど」
そう言われて、からめとられた視線を、逸らした私が負けだった。
流れるような動きで唇を奪い取られたかと思うと、そのまま覆いかぶさられるようにして押し倒され、舌を絡め取られた。
「んぅっ……、柊生さん……っ」
好き、と自覚したからだろうか。
私の唇や舌を啄む柊生さんの熱い舌も、触れられる指先も、何もかもが気持ちよかった。
だから――、良くないとは思いつつも、一瞬深く考えることを放棄してしまったのだ。
「……いいよ、じゃあそれで。お前が俺を癒してくれるって言うのなら。それでそばに居てくれるって言うなら」
今はそれで――。
「しゅ、しゅうせいさ……んむっ」
キスが途切れた合間に、柊生さんは私にそうはっきりと告げると、続きとばかりにまた私の唇を貪った。
結局、柊生さんが満足するまでその行為が続いた後、息も絶え絶えにぐったりとソファに沈み込む私を、柊生さんがご機嫌な顔で見下ろすことになったわけだが――。
こうして、私と柊生さんの関係は、拗れに拗れまくった後、ひとつのシュウチャクに至ったわけである。
それを『終着』と呼ぶのか、『執着』と呼ぶのかは、神のみぞ知るところである。
◇ ◆ ◇
「「ヤマさん、マネージャー復帰おめでとー!!!!」」
ぱん! ぱぁん! と。
事務所の中で、クラッカーが鳴り響く。
――あれから2ヶ月後。
あれ、というのは、私が柊生さんに『私が癒しの存在になります』宣言をしてから2ヶ月後だ。
結局私は心機一転転職したベンチャー企業を辞め、もとの事務所のマネージャー職へと返り咲いたのだった。
なぜかと言うと。
私の後任で入った新人くんが、たったの3ヶ月で私がこれまでに築き上げてきた事務所と他社との関係値をめっためたにし。
『ユナイト!』の事務所内での運営に暗雲が立ち込めている――、という話を聞いてしまったからで。
実際、職場に返り咲いて、ここ数ヶ月のメールや仕事の形跡を見るだに、それが嘘や冗談ではなく本当だったことがありありとわかった。
急ぎ案件のメールも放置しっぱなしだし、画像や映像のチェックも、雑誌やインタビュー記事の確認も雑。
過去のスケジュールを見ても「こんなスケジュールのぶっ込み方したらタレントがしんどいやん!」という散々なもので。
かくして、せっかく就職させてもらった転職先の会社には平謝りし、「山敷さん、優秀だったから期待していたのになあ」というありがたい言葉を頂きながらも、元サヤに戻ってきたのだった。
「いやあー! やっぱりこうして戻ってきてみると、ヤマっち込みでの『ユナイト!』だって思うよね!」
「うんうん! ほんと、おかえりヤマさん!」
年下組の礼央と朔が先ほど鳴らしたクラッカーを手にしたまま、そう言って私を歓迎してくれる。
礼央と朔以外のメンバーも、うんうんと言わんばかりの勢いで同意してくれて、自分勝手な都合で辞めたのに、こうして温かく受け入れてくれるメンバーにちょっと泣きそうになる。
そんな中。
ふと視線を向けた先にいた柊生さんと目があった瞬間、私のハートが『ばくん!』と跳ねた。
……ああ、くそう。
やっぱり好きだなあ。
「ねえねえ、ヤマっち、もうあの可愛い格好しないの?」
「しません。あれは一般企業に勤める時用の格好だからね」
「ええ〜〜」
無邪気な礼央の指摘に、しれっと言い返す。
――そう。
マネージャー復帰と同時に、私はまた、元の地味な格好に戻っていた。
「ま! いっか! ヤマっちが地味な方が、柊くんも安心だしな!」
「ちょ……!」
礼央の言葉に思わず慌てる私だったが、目を向けた先の柊生さんは、笑って肩をすくめるだけで。
…………もう!
否定のひとつでもしてくれればいいのに、もはやグループ内では周知の事実らしいことに憤然とする。
「言っときますけど! 私は担当アイドルとは付き合わない主義なので!」
ましてや、推しとはもっと付き合わない主義なんですけど!!
――そう。
推しというのは、付き合うものではなく、応援して支えるものなのだ。
だから私は、推しとは付き合わないで、彼らを癒し、支えるべく惜しみない努力をする。
…………まあ、『癒し』の方法に、最近疑問を持たないわけではないのだけれど――。
何はともあれ、こうして私はまた、彼らをスターダムに上げるために奮闘する日々へと戻っていく。
私の『推し活』は、当面終わりを見せることはなさそうなのであった。
これにて完結となります。
もともと他サイトで掲載していた部分から、割と変わった部分もありますが、
こちらも楽しんでいただけますと幸いです。
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