いたづら過ぎれば仇となる
※引き続き、柊生視点です。
最初は尊敬だった気持ちが時間と共に育っていき、『これは恋だ』と自覚するまでにそれほど時間はかからなかった。
自分の気持ちに気づいてからは、アプローチすべきか否か散々悩んだ。
己の職業がアイドルという職業なのも大きな理由の一つだ。
アイドルが恋愛に現を抜かすのはファンに対する裏切りだという気持ちもどこかにあったし、ヤマから職業意識の低い男だと思われたくなかった。
――柊生さんは仕事に対して誰よりもストイックだし、ファンを大事にするから――。
ヤマからそう見られている自分を、貶めるようなことはしたくなかった。
彼女の求める『滝本柊生』というアイドル像を保ち続ける。
しかし、そうしようとするが故に、好きになった彼女には近づくことさえできない。
いや、物理的に近づくことはもちろんできる。
そうではなく――、気持ちの面でだ。
さりげなく優しさを見せてみても『さすが柊生さんですね!』と微笑まれて終わる。
彼女にとっては、俺はあくまでアイドルの滝本柊生であり、一人の男として見られることはないのだ。
じりじりとした想いを抱えながらも日々は疾くすぎてゆく。
一体――、どのタイミングだったら、ヤマに気持ちを告げても許されるのだろうか?
彼女に『イエス』と言わせることができるのだろうか?
そんなことを悶々と考え続ける日々が続いていたある日のことだった。
社長から――ヤマが事務所を辞めると聞かされたのは。
◇ ◆ ◇
「は……、辞める……?」
「そう」
「え、いつまでですか?」
「一応今月末までだけど、有休もあるから最終出勤日はもう少し早くなると思う」
さらりと社長にそう言われたが、あのヤマが仕事を辞めるだなんて正直信じられなかった。
「理由は……?」
「んー、まあ……。『自分の幸せを追い求めたくなった』って言われたらねえ」
叔父としては、止められないよね、と。
苦笑して言う社長だったが。
――自分の幸せ?
なんだそれ。
それは、何をして『幸せ』だと、あいつが指しているのだろうか。
彼女の『幸せ』は、俺たちのグループが売れることなのだと思っていた。
だから、これまで俺も自分を殺して気持ちを抑えてきたのに。
――なのに。
それからしばらくの間俺は、ヤマから辞める話についての説明を直接されることがないか、ずっと待ち続ける日が続いた。
……なんでだよ。
あんなに楽しそうに仕事してたじゃないか。
『ユナイト!』のために、あんなに頑張ってたのに……。
彼女にとって、『ユナイト!』はもうどうでも良くなってしまったのだろうか?
そんなに簡単に切り捨てられるものだったのだろうか?
そうやって内心でぐるぐると渦巻く思いが、自然、彼女に責めるような眼差しを向けることも増え。
「……柊生、目つき」
と、同じ『ユナイト!』のメンバーの悠真から何度か指摘を受けることもあった。
こいつは、メンバーの中でも俺と同い年で、場の空気を読むのがうまく察しもいい。
おそらく、俺がヤマに対して何かしら思っていることは気付いていたんだろうな、と思いつつ。
「……悪い。またやってたか?」
「うん。まあ、気持ちはわかるけどね……」
そう言って悠真は、俺を気遣うように肩を叩いてくる。
みんな同じなのだ。
山敷藍という敏腕マネージャーがここを去ろうとしていることに、敏感になっている。
せめて、ちゃんと理由を説明してくれたら――と思いながら、彼女が説明してくれるのを待っているのだ。
しかし、そんなことを思っているうちに結局ヤマ本人からは何も詳細を聞かされないまま、あいつの最終出勤日前日を迎えた。
その日はちょうど、俺が主演で出させてもらっていた連ドラのクランクアップの日で、スタッフやキャストの間で『撮影が終わったら軽く飲みに行こう』という話が持ち上がり。
その後、飲み会の席で間違えて酒を飲まされたヤマを送ろうとした先で、ずっと聞きたかった退職の理由を聞くこととなるのだった。
「けっこんしたいから――、ですかね」
「――は?」
いま、なんて言った?
「だって、マネージャーやってたらぜったい婚期のがすし……」
そう言って、酔っ払ってせいもあってか頬を染めるヤマの。
その潤んで震える瞳を見て。
ずり落ちかけたメガネもまた可愛さを増長させているなと思った。
――いや、そんなことより。
……結婚?
マネージャーをやっていたら婚期逃す?
「……俺、お前のことずっと好きだったんだけど」
じゃあ俺は?
俺、お前のことずっと好きだったけど、お前が仕事を一番大事にしているんだと思ってずっと見守り続けてきた俺は?
後から考えると『そんなのそっちの勝手でしょ』と言われても仕方のない思考だが、その時は俺も、酒が入っていたせいで気持ちが昂ぶっていたせいもあったと思う。
「マネージャーだと思ってたからずっと言わなかったけど。マネージャーじゃなくなるんなら、もういいよな……?」
そう言いながら俺は「嫌だったら、言えよ?」と、申し訳程度の前口上を口にして。
そのまま――、ヤマの唇に自分のそれを重ねた。
――人は、一度たがが外れると再現ないって本当だな――。
ヤマの唇に自分の唇を軽く重ねた後。
結局それでは済まなくなって、深く口づけを交わしながら頭の片隅でそんなことを思う。
それでも止めようとしない自分も大概だが、ヤマが嫌がるそぶりを見せないのもそれに拍車をかけた。
「ん……」
時折漏れてくるヤマの吐息に、昂ぶった気持ちが煽られるのを感じた。
自分の理性がこんなに、紙切れほどの薄っぺらさだとは、と自嘲する。
しかし、そんなこちらの思考とは裏腹に、どうやらいつのまにかヤマの方が限界を迎えていたらしく、壁伝いにずるずると床に崩れ落ちていった。
「……ヤマ」
「んぅ……」
軽く呼びかけるが、目の前の相手は既にすやすやと寝息を立て始めていて。
自分の堪え性のなさを反省しながら、小さくため息をついた。
よっ、と抱き上げて自分のベッドまで運び、上着を脱がせてやったところで、ふとちょっとした意趣返しを思いつく。
――このまま同じベッドで寝て、隣で俺が寝てるのを見たら、こいつどう反応するんだろ。と。
それが、致命的な選択ミスになるということにも気づかずに。
結果翌朝、不覚にもそのまま眠りこけてしまった俺を置いて、ヤマは俺から逃げ出した。
ふと閃いた余計ないたずらのせいで、俺はヤマとちゃんと向き合って話す場まで失ってしまったのだ。
愚かとしか言いようがない。
しばらくは自己嫌悪に陥り、落ち込むだけ落ち込んだ後。
腹を括った俺は、社長に直談判に行った。




