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9 これじゃ、誰だかわかんねえ…その場にいた誰もがそう思った


  田中志寿古、田中定行 地獄に堕ちていきます



 全く人気(ひとけ)のない神社には枯葉が舞い、何処からともなく落ち葉を焚く匂いが漂っていた。


 巫女は既に社の中にいた。

 白衣、緋袴、千早を纏い幣殿に向かって平伏し、シズと名乗っている田中志津古が来るのを待っているのだった。


 やがて、ちびたゲタの音が少しずつ近づいてきた。


「巫女さん、待たせたね」


 そう言ってガタンと大きな音を立てて社の戸を開けた志寿古は、平伏する巫女の後ろ姿を見て、思わず舌舐めずりをした。


(なんと、なんと!巫女さんの尻の周りが色っぽいじゃないか。定も喜ぶだろうよ。

 こりゃあ、思い切り搾り取って、後は高く売ってやるさね…)


 高揚した気持ちが足音に現れて、志寿古はドタドタと足音高く中に入って来た。正座をした志寿古の足の裏は真っ黒だったが、本人は全く気にせず、幣殿に一礼した。


「では…始める前に「あぁ、分かってるよ!」」


 志津古は継だらけの着物の前を開ける(はだける)と札束を出した。


「大金だからねぇ。

 誰かに取られない様に、腹巻の中に入れてきたのさ。ほれ、金三十だ。受け取りな」


 そう言うと、志寿古はポンと音を立てて札束を巫女の前に放り投げた。


「ありがとうございます」


 巫女は札束を手にすると、静々と音もなく歩いて幣殿に行き、金を供えて鈴を振った。


 しゃら、しゃら、しゃら…


 そして、志津古の側に戻って座り、鈴を捧げ持った。


「…それでは、最後のお祓いでございます」


 そう言うと巫女は立ち上がり、静かに歌い、舞い始めた。


 しゃらん…しゃらん…

 鈴の音が小さな社に響く。


 しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…

 

 祓いたまえ…

 参らせたまえ…

 人の世の…()()()()()

 御力を参らせたまえ…


 参らせたまえ…

 人の世の…()()()()()

 御力を参らせたまえ…


 志津古は巫女の神楽歌がいつもと違う事には気がつかない。


 しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…

 

 参らせたまえ…

 人の世の…怨み集めて

 御力を参らせたまえ…


 参らせたまえ…

 人の世の…怨み集めて

 御力を参らせたまえ…

 怨み集めて…御力を参らせたまえ…


 しゃらしゃらしゃらしゃら…しゃんっ!


 巫女は最後に志津古の頭の上でお祓いをするように鈴をはげしく振り、志津古の前に座った。


 すると、志津古の体から光る珠が一つ現れ、ゆっくりと巫女の方に動いて来た。巫女はその珠をそっと手に取り懐に納め、志津古の向かって深々と頭を下げた。


「終わりましてございます」


 頭を上げた志津古は、自分の腹を触ってニヤリと笑った。


「コリコリはなくなってるよ。

 あんた、大したもんだね。本物だよ」


 志津古はもう一度幣殿に頭を下げて、よっこらしょと立ち上がった。


「じゃ、巫女さん。あたしは帰るよ」


 がたんと大きな音を立てて戸を開け、志寿古はチビたゲタの音を響かせながら振り返らずに帰って行った。


 その後ろ姿に深くお辞儀をし鈴を額の前に掲げていた巫女は、志津古のゲタの音が聞こえなくなってから頭を上げた。そして、志寿古の姿が角を曲がって見えなくなってから、ゆっくりと立ち上がった。


 その瞬間、通りの方から叫び声が聞こえてきた。


「うわっ〜っ!痛い!熱い…!痛い、痛い!

 ぎゃぁぁああ〜!痛い!熱い!誰か、助けろ」


 絶叫が辺りに響き渡り、ざわざわと周りで人が騒ぐ声も聞こえた。


 集まった人の目に志寿古の顔、手、足に煙草を押し当てた様な火傷が見え、それが志寿古の身体全体に広がった。


 ぼっ!


 突然、不吉な音が響き、志寿古の身体が燃え始めた。


 志寿古の絶叫が続く。


「誰か!助けてくれ!痛い、痛い、痛い!助けてくれ!」


 集まった野次馬も、あまりの出来事に遠巻きに見ることしかできない。


「なんだよ?何が燃えてんだ?」

「えっ?人?人が燃えてるんじゃないか?」

「おい!だ、誰か、水をかけろ!」


 燃えながら叫ぶ志寿古に誰かが水を掛けたが、火は全く消えなかった。


 火はどんどんと激しくなり、炎に包まれた志寿古はあっという間に黒焦げとなっていた。そして、恐々と集まった野次馬の輪の真ん中には、人だった黒い塊が転がっているだけになった。


『これじゃ、誰だかわかんねえ…』

 その場にいた誰もがそう思った。



 巫女は外の騒ぎを聞いていたが動じる事もなく、社の扉を閉めてつぶやいていた。


「田中志寿古殿。

 自分の息子に恨まれるとは…。焼かれる辛さ、その恨み、身に纏って地獄へ堕ちて行きなされ」


 巫女は目を閉じ、静かに風が舞う中をすっと消えていった。


 巫女が消えた社には流れ者の医者(鬼頭夏夜)が何処からともなく現れ、幣殿に供えてあった金30を手にすると懐に入れた。そして、現れた時と同じ様に消えていった。


 2人が消えた後には社の影も形も残っていなかった。そこは荒れ果てた茅の生い茂る所で、誰にも見向きもされていない朽ちた鳥居の残骸があるだけだった。


 



 棚橋の交差点から三つ目にある家の前では、定行が様子を窺っていた。中からはしゃん、しゃんと鈴の音が微かに聞こえてくる。


 ここが母親の志寿古が言っていた巫女の家で間違いないようではあるが、定行は念には念を入れて辺りを見渡した。


 そしてカラカラと玄関の扉を開けて呼ばわった。


「ごめんください。

 巫女さんのお宅はこちらでしょうか?」


 すると、中から本当に鈴を転がしたような可愛らしい声が聞こえて来た。


「そうでございますが…どちら様でございましょう?」


 定行がその声が終わるのも待たずにずかずかと家の中に入って行くと、巫女が座敷の真ん中で向こうをむいて立っていた。


 定行は巫女のすぐ後ろに立って、巫女の腰に手を回した。


「おいおい。無防備な女だねぇ。

 せめて、きゃあ…ぐらい言えよ、張り合いがない。まあ、静かにしてればいい思いをさせてやるからな」


 巫女は振り返り、真っ赤に塗った唇の端をほんの少し上げて笑った。


「それでは、あなた様も…お静かになさいませ」


「物分かりのいい女だ」


 そう言った瞬間、定行の体はまるで力が抜けたようになり、ぺしゃりと床に座り込んだ。


「何だ?お前…俺に…なに…を…や…」


 定行は立ちあがろうとしたが、体はそのまま動けなくなっていた。口は動かず声も出せず、定行は眼玉だけをギロギロと動かしている。


「お静かでよろしいこと…。

 そちらから来てくださるとは手間が省けました。

 何をされるのでしょうね。怖いですか?

 少しずつ、少しずつ。欲しい物をいただくのですよ」


 巫女は定行の周りをゆっくりと回りながら踊り始めた。手に持った鈴がしゃら、しゃら、しゃん、しゃんと鳴る。

 定行の目玉が恐怖で微かに震えている。

 巫女は鈴を振りながら歌い始めた。


 参らせたまえ…

 人の世の…怨み集めて

 御力を参らせたまえ…


 参らせたまえ…

 人の世の…怨み集めて

 御力を参らせたまえ…

 怨み集めて…御力を参らせたまえ…


 しゃらしゃらしゃらしゃら…しゃんっ!


 鈴を強く振ると、定行の足が一本もげた。


 巫女は鈴を振りながらまた歌い始め、鈴が強く振られると腕がもげた。


 巫女は最後に定行の頭の上でお祓いをするように鈴をはげしく振り、定行の前に座った。


 巫女が定行を見つめると、定行の体から光る珠が一つ現れてゆっくりと巫女の方に動いてきた。巫女はそれを大事そうに懐に収めると、固まって動けない定行の耳元で囁いた。


「老舗茶舗 'よし邑' の若女将からの願いでございます。大事な物を一つ一つ奪われる苦しみ、殺しても足りないほどの恨み、その身に纏って…地獄へ堕ちて行きなされ」


 定行の眼玉が激しく動き、やがてがくりと頭を垂れて息をしなくなった。


 巫女はそのまま目を閉じ、すっと姿を消した。


 巫女が消えた後には何処からともなく流れ者の医者が姿を見せ、辺りを確認するように見回してからいなくなった。


 すると、巫女の住まいがゆらゆらと陽炎の様に揺らぎ、見えなくなった。住まいがあった場所はぺんぺん草の生える空き地になった。


 定行の身体はどこにもなかった。


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