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23 あの世からこの国を見ておれ


 尊の反撃 3

 高衣玖皇子は…


 藤尾は山牟呂皇太子の亡骸を皇太子宮に移すようにと指示を出した。


「静かにお休みいただくためだ」


 そう言えば誰も否は言わなかった。


 山牟呂皇太子は静かに皇太子宮に安置され、亡骸の傍には目を赤くした鬼頭真近衛大将が控えていた。


 しばらくすると前触れもなく、田村近衛中将が皇太子宮にやってきた。


 カッカッカッと長靴の音を響かせて山牟呂殿下の側にやってきた田村は、近衛大将の鬼頭真に敬礼をした。そして、高衣玖殿下からの伝言ですと声を張り上げた。


「…なんだ、言ってみろ」


 鬼頭大将は力なく部下の田村を見た。


「山牟呂殿下の亡骸の護衛は田村に任せて、鬼頭は屋敷に帰り休養せよ。以上です」


 鬼頭大将は更に目を潤ませた。


「高衣玖殿下は私を気遣ってくださったのだな。ありがたいことだ。

 わかったよ。屋敷に戻ろう。

 でも、私はもう少しだけ山牟呂殿下のお側にいたいよ。私はね、殿下が小さな頃から護衛として殿下のお側に…うううっ…」


 泣き出してしまった鬼頭真に、田村が優しい声を掛けた。


「鬼頭大将…。お疲れなのですよ。

 さあ、後はわたしに任せて少しお休み下さい」


「ああ、そうだな。こんな顔では山牟呂殿下が悲しむだけだからな。屋敷に戻って少し休むとしよう。田村、山牟呂皇太子殿下をよろしく頼むよ」


 そして、山牟呂皇太子の側から離れようとしない侍従や護衛達にも声をかけた。


「殿下は亡くなられた。

 少しお側を離れても、誰も咎めはしないよ。

 皆、田村の言葉に甘えて、少し休もう。明日からは葬儀の準備をせねばならん。忙しくなるからな」


 そう言うと鬼頭大将は、ぐすん、ぐすん、と鼻を鳴らしながら部屋を出ていき、侍従や護衛も後に続いた。


 それを見送った田村は扉を閉めて、辺りが静まるのを待ち、頃合いを見計らって山牟呂殿下の直ぐ側まで来た。


「山牟呂殿下…。我が主人、高衣玖皇子の指示です」


 そう小さく呟いた田村が山牟呂殿下に近づき、懐中から短剣を取り出した。そして短剣を大きく振り上げて言った。


「山牟呂殿下に確実な死を贈ります!」


 田村は血走った目を見開いて、山牟呂皇太子殿下心臓に突き立てた。


「田村、後だ!」


「えっ?」


 田村が後ろを振り返った一瞬の隙をついて、隠れていた山牟呂皇太子が田村の鳩尾に拳を一発入れた。


「きゅ〜ぅぅ」


 田村は情けない声を出してヘナヘナと倒れ、意識を失った。


 すぐ後ろで田村を捕まえようとしていた鬼頭真が、山牟呂殿下!と大声を上げた。


「ご自分で一発お見舞いするとは!そんな手筈ではなかったでしょう!

 全く…。無鉄砲な所は子供の頃から変わってない!」


 山牟呂皇太子は黒く長いサラサラの髪を掻き上げ、ヘラっと笑った。


「ちょっとムカついてしまったんだから仕方ないだろう!

 しかし鬼頭。こいつ、チョロいな。近衛中将がこんなんでいいのかよ。不安になってきた」


「……殿下!」




 しばらくして目覚めた田村に鬼頭真は剣を突きつけた。


「高衣玖皇子に指示されて…いや、高衣玖皇子が直接お前なんぞに声をかけるわけないか。藤尾にでも言われて、のこのことここに来たのだろ。

 念には念を入れて山牟呂皇太子殿下の胸を一突きし、間違いなく殺せとでも言われたか!」


 田村は、ふんと横を向いた。


「残念だったな。お前が刺したのは形代(かたしろ)だ!お前なんぞに山牟呂皇太子殿下が殺られる訳なかろう!」

 

「ふん。俺を助けに高衣玖殿下がここにいらっしゃるぞ!」


 それを聞いて山牟呂皇太子はスタスタと田村に近づいた。


「お前はバカだな。期待してもお前みたいな捨て駒のザコ、誰も助けに来るものか」


 山牟呂皇太子殿下はそう言うと田村近衛中将の襟を掴んだ。


「田村。お前は俺を殺そうとした謀反人。

 俺の前で、高衣玖からの指示だと罪も吐いた。覚悟しろ」


 見目麗しい山牟呂殿下の凄みの効いた顔はとても恐ろしく、田村はまた意識がなくなった。





       ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




 

 同じ時刻。帝の寝所に藤尾内務大臣がトボトボとと供も連れずにやってきた。


 寝所の入り口に立っていた近衛兵が敬礼をすると藤尾は力なく頷いた。


「…ご苦労…」


 藤尾内務大臣は背中を丸めて寝所に入っていった。


 薄暗い寝所の中には2人の侍従が帝の側に控えていて、藤尾内務大臣に深々とお辞儀をした。


「横山侍従長はどこかな?」


「はい、そろそろいらっしゃる時間でございます」


「そうか、少し待たせていただくとしよう…」


 寝所の隅にある椅子に腰掛けて、藤尾はため息を吐いて、項垂れた。


(高衣玖皇子が帝になれば、私は太政大臣だ。この国の権力は全て私が手に入れる!

 そのために、やらねばならん。だけど…)


 そんな事を考えていると横山侍従長が寝所に入って来た。藤尾はのそりと立ち上がり、横山と2人で帝の様子を覗き込んだ。


 顔色の悪い帝は呼吸も乱れがちになっていた。


(私が殺らなくても、放っておけば帝はその内死ぬだろう…)


(いや、確実に亡くなってもらわねばならん…)


(でも、なぜ、私が殺らねばならんのだ…)


(私は高衣玖皇子が子供の頃から養育係としてずっと側にいたんだぞ!あのお方の側近のこの私が、何故自分の手を汚さねばならんのだ!)


 藤尾が自問していると、横山侍従長が控えていた2人の侍従に声をかけた。


「帝のご様子も良いようだな。しばらくは私と藤尾殿で帝のお側にいよう。お前達は茶など飲んで少し休みなさい」


 2人の侍従は頭を下げて、静かに退室して行った。


(…横山は殺る気だ!私は…)


 しばらく帝の顔を覗き込んでいた藤尾は大きく息を吐き、懐に手を入れ小さな薬包を取り出した。

 中には錠剤が2つ。


(私は…やるしかない)


 会話もなく2人は頷きあった。

 横山侍従長が帝の口をこじ開け、藤尾がその薬を帝の口に入れようとした時、だめですよ〜と言う声が帝の寝所に響いた。


 えっ?という顔をする2人の前にふわっと姿を見せたのは鬼頭夏夜と数名の近衛兵(玉響)で、剣を2人に向けていた。


「驚かせましたか?藤尾内務大臣、横山侍従長。

山牟呂王太子殿下の命令で寝所に控えておりました。気が付かなかったですか?」


 夏夜はニヤッと笑った。


「もしその薬は栄養剤だとでも仰るのなら、今お2人が飲んでいただいて構いません。

 まあ、これだけの目撃者がおりますので、充分でございますね」


 横山侍従長はふらっと倒れ、藤尾内務大臣は何も言えずにへたり込んだ。





       ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





(…くそっ!使えない奴らばかり…)


 高衣玖皇子は田村、横山、藤尾が山牟呂皇太子に捕縛されたと察知すると、美夜がいる隠れ家へと逃げ帰った。


 その屋敷は宮城の片隅に建つ離宮で、今では荒屋になっている。


(ザコはいなくなっても構わん。

 アスール様が俺に味方してくださっているのだからな)


 美夜のいる部屋に入った高衣玖皇子は世話係を切り殺し、美夜の腕を引っ張った。


「お前を俺の女にし、苦しむあいつの顔を見る予定だったが時間切れだ。

 立て。俺について来い」


 美夜は何も言えずに気を失った。


 ちっ!


 高衣玖皇子は倒れた美夜を肩に担ぎ地下へと続く長い長い階段を降りて行ったが、担いでいる美夜を不審に思う余裕すらなかった。


 階段を降り切ったところには大きな扉があり、中は薄暗い空間が広がっていた。


 高衣玖皇子は怒りと憎しみで荒くなった息を立て、音のないその空間を進んで行った。


 空間の真ん中には、周りに黒い影が渦巻く祭壇があった。高衣玖皇子はどさりと美夜を投げ出し、祭壇に平伏して呼びかけた。

 

「アスール様…」


 何かが現れ、微かに揺れた。


「アスール様、あなた様のお望み貢物、玉響の遣い人でございます。私との契約をお忘れになりませんように」


 すると、闇の中から声がした。


「なるほど…。高衣玖皇子(たかいくのみこ)様は邪神と呼ばれるアスールと契約しましたか」


「誰だっ!」


「アスールは強い力を持って()()神だと聞いた事があります。大昔、貢物をしてアスールから力を得た者がカナン国の祖となったとか。

 貢物はアスールの力の源で、貢物が強い力を持っていればいるほど、アスールの力も大きくなる。

 高衣玖皇子様は邪神アスールに玉響の遣い人を貢物として捧げ、この国を如何なさるおつもりだったのでしょう?」


 闇の中からうっすらと人型が見えた。


「あなたの母君は戦に敗れたカナンの美しい姫でしたね。愛する婚約者もいたのに、無理やり帝にこの国に連れてこられて、この館に住まわされた。

 母君はさぞかし帝を恨んていた事でしょう」


「黙れっ!お前は何者だ」


「母君は住んでいたこの屋敷の地下深くにカナンの神、邪神アスールを祭る神殿を作り、毎日、毎日、恨みを捧げた。

 恨みを貢物として力を蓄えたアスールはあなたに契約を持ちかけた。

 玉響がどんな一族か、遣い人がどんな力を持っているのかをあなたに教えて、供物として連れてこいと言った。

 そうすれば、あなたの望みを叶えてやると…」


「おまえ、もしかして西院七条尊か?」


「よくおわかりで…」


 高衣玖皇子がけたたましく笑った。


「お、お前。お前はバカか?

 アスーラ様の加護があるこの場所に来て、生きて帰れるとでも思っているのか?

 可哀想な男だな」


「なんと!」


 驚いた声が空間に響いた。


「可哀想な男は高衣玖皇子殿下でございます。

 私がここにいる事を不思議に思っていないとは…」


 うっすらとした人型は尊になって高衣玖皇子の前に現れた。


「高衣玖皇子殿下は私がどの様な力を持っているのか、ご存知ないのですね?」


 尊が右手の指を二本立て眉間にあて小さな声で呪文を唱えると、果てしなく続く薄暗い空間に光が溢れ出した。

 金色の冠を付け、黒地に眩いばかりに金糸の刺繍が施された神官服の尊は、ゆらゆらとした光の中に立っていた。


「邪神アスールは既に私が封じ込めました。もう、あなたがどんなに祈っても現れる事はありません」


「…お前?」


「私はこの国の神から神託を受け、この国の進むべき道を示す巫覡。未来を予知し、より良い方向へと未来を変える力を持っているのですよ」


「ふん。そんな事、しるか!

 俺はこの国に復讐したいだけだ。親父、山牟呂をこの世から消し去り、俺がこの国の帝になるのさ。

 俺がこの国をぶち壊す。それだけだ!」

 

 高衣玖皇子が祭壇の前に倒れている美夜を抱き上げて、ケラケラと笑った。


 尊は神官服の衣擦れの音を立てながら、右手を美夜の方に伸ばして言った。


「…もういいよ」


 すると、高衣玖皇子に抱えられた美夜の姿が真っ白になり、紙吹雪となって辺りに舞い散った。

 

「形代の美夜を通して、あなたがやろうとしていた事も、この場所も、すべて分かっておりました」


 尊が少しづつ前に進んだ。


「摂政山牟呂皇太子殿下からの伝言です。

 『地獄に堕ちることだけは許してやる。

 母親と共に、あの世からこの国を見ておれ』」


 そして高衣玖皇子の顔を睨みつけながら、愛する美夜の名前を呼んだ。


「美夜…出ておいで。待たせたね」


 美夜がいたはずの自分の腕の中を茫然と見つめる高衣玖皇子の耳に、微かに鈴の音が聞こえた。


 しゃらん…しゃらん…しゃらん…

 

 祓いたまえ…

 参らせたまえ…

 御力を参らせたまえ…


 白衣に緋袴、千早を着て鈴を手に持った巫女姿の美夜が現れ、小さな声で神楽を歌い、舞いながら高衣玖皇子に近付いて来た。


 美夜が円を描くように一際大きく腕を回すと、和紙で纏め水引で括っている黒く長い髪が揺れ動いた。


 美夜は左右に鈴を降った。


 しゃらしゃら…しゃらしゃら…


 すると、高衣玖皇子の体の中から光輝く珠が現れ、ゆっくりと美夜の方へと動いていった。美夜はその珠を手に取り大切そうに懐に入れ、大きく鈴を振った。


 しゃん!


 美夜は動けなくなった高衣玖皇子の耳に囁いた。


「山牟呂皇太子殿下の勅命でございます。

 母君の待つあの世に行きなされ。

 珠はあなた様の父君、帝に渡します」


 高衣玖皇子はガクッと首を垂れた。


 しゃしゃしゃしゃんっ!!!


「終わりましてございます」


 そう言うと美夜は片手をすっと尊に伸ばした。


「巫覡西院七条尊さま。参りましょう。この国未来を担うお方の所へ」


「そうだね、玉響の遣い人…。行こう」


 2人は手を取り静かに消えた。そして、周りにいた玉響の護衛(時三たち)も消えた。


 後には遺体となった高衣玖皇子が残っていたが、宮城の片隅に建つ荒屋だった離宮が突然、轟音を立てて崩れた。


 後には瓦礫の山だけが残り、高衣玖皇子は完全に、跡形もなく消え去った。


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