24 地獄に堕ちて行きなされ
帝の寝所は人払いされ、山牟呂皇太子と鬼頭真の2人だけが帝を見守っていた。帝の浅く不規則な呼吸音だけが聞こえていて、誰の目から見ても帝の状態はあまり良くない。
そんな死が近い父の顔を見ながら、山牟呂皇太子はずっと喋り続けていた。
「邪神アスール…だと!あの野郎、そんなにあんたが憎かったかね。
たしかに、どうしようもない男だよ、あんたは!碌に帝の仕事もしなかったから、優秀な官使や軍がどれだけ苦労していたか…。あんたには分からなかったんだろうけど!
何度も隣国から攻め込まれていたのを気付いていたのかね?気付いてなかったろうよ。
女に目がなくてさ。女の尻を追いかけることしか出来ないなんて、サイテーな男だよ。あちこちの女に手をつけて。俺と高衣玖なんて3ヶ月しか年が離れてないんだぜ?ゲスとしか言いようがねぇだろうよ!
女の事しか頭にないから藤尾や横山なんぞに付け入られたんだ。ほんと、バカ親父。
それに…なんで高衣玖をなんでもっとちゃんと見てやらなかったんだよ。
子供の頃のあいつは、あんたの事…」
山牟呂皇太子の声が少し震え始めた。
「あいつは、あんたの後ばかり追いかけてた。あんたに構ってほしかったんだよ。
こんなくそ親父でも、バカな帝でも、あいつにとってこの国でたった1人の頼れる相手だったんだぞ!それが分からなかったのかよ。バカ親父!
せめて優秀な奴でも側においてやりゃあよかったのに!あんなロクでもないやつばかり。
俺みたいに、こんなところから抜け出して、広い世界でも見ればいいのに、あいつは…それすら出来なかったんだぞ!
クソ親父!バカ親父!
ああなってしまったら、もう高衣玖を助ける事はできねえよ。
もう…ひっそりと…消えてもらうしかないじゃないか…」
鬼頭真はそっと山牟呂皇太子の側に寄り、何も言わずにに肩をポンポンとした。
しばらくすると寝所の空気が微かに揺れて、手を取り合った巫女と巫覡がふわっと現れ、寝所の片隅に畏まった。
2人に気が付いた山牟呂皇太子は、終わったか、と2人を見ずに聞いた。
「はい。ご指示通りに…」
尊がそう答えると山牟呂皇太子殿はしばらく黙ってじっと帝の顔を見ていたが、立ち上がって美夜と尊に向き合い、小さな声で言った。
「…頼む」
巫女姿の美夜はゆっくりと帝に近づき、神楽を小さな声で歌い鈴を振った。
しゃん、しゃん、しゃん!
祓いたまえ…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
祓いたまえ…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
しゃらしゃらしゃら、しゃん!
美夜は懐から珠を取り出してそっと帝に差し出した。
「供物でございます。
お受け取りくださいませ」
珠は光り輝きながらゆっくりと帝の体の中に入って行き、珠が完全に体に入った瞬間、帝の身体も光り輝いた。
「終わりましてございます」
巫女が帝に礼をしてしばらくすると、帝の不規則だった呼吸が落ち着き顔色が少し良くなった。
それを見た山牟呂皇太子殿下は眼を大きく見開いて、たまげたな…と言った。
だが、帝は目を開けず、体も動かせなかった。
「どうした?甦らんな…」
「山牟呂皇太子殿下…。珠がまだ足りないようです。いかがいたしましょうか?」
尊がそう聞くと、山牟呂皇太子はふむと顎に手をやって考えた。
「…足りないか…。
父上には無能だった自分のせいで、何が起きたのかをちゃんと理解させねばならん。昔と同じ様に動けなくとも良い。見て聞いて、理解するぐらいはなってもらいたいが…」
山牟呂皇太子殿下はしばらく考え、尊に聞いた。
「このまま、美夜に玉響の遣い人の仕事をさせても良いものか…。美夜に負担を掛ける事になってしまうのが心苦しい。
神はなんと仰っている?」
「山牟呂皇太子殿下の意のままに…と」
「…そうか……わかった」
山牟呂皇太子殿下は美夜を見て言った。
「摂政の俺が玉響の遣い人に命じる。
極悪人、藤尾内務大臣、横山侍従長、田村近衛中将から珠を取り、地獄へ堕とせ。ただし、首を刎ねるその時まで3人は死なせるな。
珠は帝に渡せ。3人が首を刎ねられるところを帝に見せねばならん。
…美夜、できるか?」
美夜は頭を下げて鈴を掲げた。
「山牟呂皇太子殿下の意のままに…」
普通の姿に戻った美夜と尊は宮城の地下にある牢へと降りて行った。もちろん、玉響の護衛がしっかりと付いている。
暗くてジメジメした地下はなんとも言えない悪臭が漂っていて、美夜は歩くのも嫌そうに見えた。
「美夜、大丈夫かい?
3人を別の場所に移してもらおうか?」
美夜の事を心配して尊はそう言ったが、美夜は首を振った。
「尊さま、大丈夫です。
極悪人にはそれに相応しい罰が待っております。玉響の遣い人は、それを最後まで見届けます」
わかったと頷いた尊は美夜の手をしっかりと握り、3人が投獄されている地下牢まで歩いた。
地下牢には見張がいたが山牟呂皇太子の許状を見せて人払いをし、美夜と尊は中へと入って行った。
3人は独房に入っていると聞いていたが独房とは名ばかりで、何もかもが丸見えの壁もない檻の中に入れられていた。
美夜と尊に気付いた3人はそれぞれ違う反応をした。
田村近衛中将は寝転がっていたが、ふんと鼻でせせら笑い寝返りを打って背中を向けた。
横山侍従長は慌てて立ち上がり2人に深々と頭を下げ、私は無実です、助けてください、と懇願した。
藤尾内務大臣は檻の鉄柵を掴み、力任せに揺すり大声で叫んだ。
「わしは内務大臣だぞ!こんな所に入れて、許されると思っておるのか!おい、西院七条、わしを直ぐここから出せ!」
そんな3人の様子を見た美夜は、心配そうな尊に微笑みかけ、大丈夫です、と言った。
「尊さま、離れて見ていてくださいませ」
尊が後ろに下がると、美夜は少し大きく息を吸って目を瞑った。
すると、どこからともなく鈴の音が聞こえ、美夜は巫女になった。
しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…
祓いたまえ…
参らせたまえ…
人の世の…禍い集めて
御力を参らせたまえ…
参らせたまえ…
御力を参らせたまえ…
しゃらん、しゃらん、しゃら、しゃら…
しゃらしゃらしゃらしゃら…しゃんっ!
巫女は最後にお祓いをするように鈴をはげしく振った。
すると田村、横山、藤尾の体から珠があらわれてゆっくりと巫女の方に動いて来た。巫女はその3つの珠をそっと手に取り懐に納た。
「3人揃って首を落とすその瞬間まで、この世の地獄を味わいなされ。そして…」
巫女は3人を睨みつけながら、鈴を左右に振った。
「地獄へ堕ちて行きなされ」
帝は3つの珠を巫女から受け取り意識が戻った。
帝は問いかけに、あーあー、うーうーと答え、右手をかろうじて動かし意思表示をした。
そんな状態の帝に、山牟呂皇太子は一体何が起きたのかを話して聞かせた。
高衣玖皇子の事、邪神アスールの事、帝を亡き者にしようと企んだ側近たちの事。そして神職西院七条家と玉響鬼頭家の事。
「父上、あなたに帝を名乗る価値はない。それはご自分でもお分かりになりますね?あなたが蔑ろにしてきた事が、あなたの身に返ってきたのです。
命だけはお助けしました。
後は反省の日々を過ごしてください。そして、あなたの息子、高衣玖皇子とその母親を心から弔ってやって下さい。
よろしいですね?」
帝はあーあーと何か言いたげだった。
山牟呂皇太子は美夜と尊に、これ以上の珠を帝に渡す必要ない、ときっぱりと言った。
数日後、3人の極悪人は処刑されるべく、刑場に引き摺り出された。
皆の前に現れた3人はなんとも言い難い風貌になっていて、それを見た者達は悲鳴を上げ、何人かは吐き、何人かは気絶した。
3人は狂う事もできず意識を失う事もできず、苦痛だけを味わいながら、珠を取られた後の数日を過ごしていたのだった。
そんな3人の元腹心の部下達が引き据えられている刑場に、帝は車椅子に乗って現れた。
帝は何か言いたいのか、右手を少しふり、あーうー、あーうー、と声を出したが、意味は誰にも分からなかった。
帝が見つめる中、3人は処刑された。
高衣玖皇子は行方知れずということになった。
山牟呂皇太子は、仕方ないだろう、と言った。
「だって、帝の息子がカナンの邪神アスールと契約していた、なんて民に知らせるわけにはいかんだろ?
行方がわからん、という事にしておくのがいいんだよ」
宮城の中には真実を知っている者もいるが、それを漏らすこともなかった。そんな事を誰かに話しても、誰にもいい事はない。
真実は秘されたまま、何人もいた高衣玖皇子の妃達はそれぞれの実家に戻された。誰からも何の不満も出てこなかったのは、山牟呂皇太子の心遣いの賜物だったのだろう。
程なく帝は退位し、山牟呂皇太子殿下が帝となった。即位式での威風堂々たる帝ぶりに、皆が驚いた。
新帝は西院七条尊を政治顧問として政治の世界に引き摺り込んだ。
「嫌だとは言わせねぇ!お前も覚悟しやがれ」
そう言って新しい帝は、何もかも吹っ切れた様な笑顔を見せた。
そして、真面目な顔になり西院七条尊に向かって頭を下げた。
「我が弟のせいで、尊の両親や仲間、使用人が犠牲になった事を心からお詫びする。私がもう少し高衣玖に心を配っていれば防げたのだろうか、と自問自答し、反省している。
これからは民に心を配り、皆が楽しく幸せに暮らせる国造りをしていく事で、私の償いとしたい。
尊、それで許してくれるだろうか?」
尊は新帝の手を取った。
「許すも何も…。山牟呂様のお陰でこの国は救われたのですから」
新帝は玉響にもこう伝えた。
「長い間、不遇だったにも関わらず、忠義の心を忘れなかった玉響に感謝する。これからもその力を使わせてもらいたい。
美夜。お前には遣い人として、法の網を掻い潜るような奴等から珠を取る事を許可する。そして、その珠を治療法のない病で苦しんでいる者に渡せ。
ただし、無理はするな。いいな?
お前に何かあったら、西院七条に俺が狙われる。それは勘弁してもらいたいからな」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
こうして尊さまは蘇って、今、私とカーテン越しに光が差す部屋で、香り高いお茶を飲んでるの。
「やはり '華そうび' はおいしいわ。私の大好きなカステイラにも良く合うもの。
そう言えば…尊さまは何かあった時の合言葉は 'カステイラ、カステイラ、カステイラ' だって、私を揶揄ってましたね」
私が尊さまの顔をちょっと睨むと、尊さまがクスッと笑って言った。
「私の美夜は可愛いね」
私の横にはいつも大好きな尊さまがいて、見守ってくれる。そして、玉響の遣い人の仕事が辛くならない様に、いつも優しく気にかけてくれるの。
このお茶を飲み終わったら、今日も私はこう言って鈴を振る。
「地獄に堕ちて行きなされ」
そして、苦しむ誰かをほんの少し助けるの。
最後まで読んでいただきありがとうございました




