襲いくる戦士達
「えぇ、そうなの。さしずめ蟋蟀【コオロギ】かゴキブリ戦士ってところかしら」
「あはは、酷い言いようですね……」
ジェティの歯に衣着せぬ物言いに苦笑したその時、上層で舞い上がっている土煙と爆煙の中から『黒い魔力を纏った戦士達』が咆吼を上げながら次々に飛び降りてきた。
ぱっと見た感じ、黒い魔力に覆われた戦士達は鳥人族だけじゃない。
耳や尻尾の形から察するに獣人族の全部族が混合しているみたいだ。
「あらら、言ってるそばからやってきたわねぇ。あいつら攻撃しても傷口がすぐ再生するのよ。下に落とすか、氷漬けにでもして行動不能にするしかないわ」
「再生、か。ホルストの野郎、何でもありだな。まぁいい、俺が全員蹴っ飛ばして……」
ジェティが尖った八重歯を見せ、ヴェネが舌打ちをして身構えるなかで僕は「ちょっと待って」と発した。
「あの戦士達の対処に心当たりがあります。ジェティ、戦士達の胸の中心に翡翠色の玉がありませんでしたか?」
「……見てないわね。いえ、正確には確認してないわ」
彼女は首を振って肩を竦めるが、「でも……」と続けた。
「言われてみればどいつもこいつも装備は軽装なのに、胸の辺りだけは鎧で覆っていた気がするわね」
「なら確認するまでだな」
話を聞いていたヴェネがにやりと口元を緩め、襲いくる黒の戦士達目掛けて跳躍した。
「オヴェリア、俺に続け」
「命令すんな。あたしはリッド様に仕えてんだよ」
「そりゃ悪かったな」
黒い魔力に覆われた狐人族と思われる戦士の一人にヴェネが突撃して防御を崩す。
次いで追ったオヴェリアが戦士の胸を覆う鎧を蹴り砕いた。
「ガァアアアア⁉」
咆吼とも叫びとも取れる声を戦士が上げるなか、鎧が崩れて落ち、『翡翠色の丸玉』が露わになる。
僕は目に飛び込んできたその光景を前に『ガリエル・サンタスと同じだ』と確信を得ていた。
ガリエル・サンタス。
彼は、アモンが部族長となった新政グランドーク家の状況をよしとしない、旧グランドーク家派の筆頭サンタス家の嫡子だった。
サンタス家は狐人族の実権を握るべく陰謀を張り巡らすも、僕とアモンの動きで失敗。
その後、当主レモス・サンタスは不審の残る焼身自殺を遂げ、ガリエルは行方知れず。
サンタス家は改易され、豪族としての立場を完全に失った。
この騒動の中、僕は変装した状態でガリエル・サンタスと剣を交えている。
その際、ガリエルは飴玉のような翡翠色の丸玉を飲み込み、黒い魔力を纏って異様な力で襲い掛かってきた。
そして今の戦士達同様、肥大化した翡翠色の丸玉がガリエルの胸の中心に現れ、破壊すれば黒い魔力が無くなることは確認済みだ。
やっぱり、あの騒動の裏にもホルストが絡んでいたんだな。
ほぼ黒だと思っていたことが、ここで完全に黒になったわけだ。
騒動後、旧グランドーク家派に属していた豪族達の家族が次々に消息不明となっている。
ここまでくれば、彼らがホルストの手に落ちていると考えるのが妥当だろう。
旧グランドーク家に属し、サンタス達の陰謀に加担した豪族の当主達は、そのほとんどが牢に繋がれている。
でも、彼らだって道は誤ったけど、家族を養い、救う想いはあったんだ。
大切な者が黒い魔力に覆われ、ホルストの手駒にされることを決して望んでいたわけじゃない。
僕は左腰に差した魔刀の鞘を左手で持ち、柄に軽く右手を添えた。
ヨハンとの試合前、ティンクに預けていたものを、ここに来る前に渡してもらったものだ。
「ヴェネ、オヴェリア。後は僕に任せて」
「あいよ」
「了解」
二人が返事をして戦士への道を開けた瞬間、僕は戦士との間合いを一気に詰めて鞘から刀を振り抜いた。
間もなく硝子が砕け散るような甲高い音が周囲に響きわたる。
「ウガァアアアア⁉」
翡翠色の丸玉が刀で砕かれ、戦士が悲痛な叫びを上げるなか、僕は彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「あるべき姿を取り戻せ。君にも帰りを待つ者がいるはずだ」
「……⁉ あぁ、あぐぁあああああ⁉」
戦士が両手で頭を抱えて程なく、彼を包み込んでいた黒い魔力が揺らめき、煙のように霧散していった。
その姿が間違いなく狐人族の戦士、それも青年だ。
彼は意識を失っているらしく、このままだと地上に真っ逆さまだ。
僕は「ごめん」と発し、威力を調整した風槍を至近距離で発動した。
「う……あぁ……」
意識を失った戦士は吹き飛ばされた先でブレイド・ベルの子達が受け取り、ゆっくりとその場に寝かせてくれた。
とりあえず、これで彼は大丈夫だろう。
「ウガァアアアア」
「シャアアアアア」
「……⁉」
ほっとしたのも束の間、黒い魔力に覆われた他の戦士達が襲い掛かってくる。
僕は火槍で彼らを吹き飛ばしつつ、爆風と反動を利用してジェティの元に飛び戻った。
「うわぁお、さすがリッドちゃん。剣も魔法もとっても素敵ね」
「ありがとうございます」
僕はお礼を言いつつ、刀を鞘に戻して抜刀術の構えを取った。
黒い魔力の戦士達はこちらの隙を窺っている。
翡翠の丸玉が壊された者が出たから警戒しているのかもしれない。
「それで、リッドちゃん。見せてくれた『あれ』が弱点ってことで間違いないかしら?」
「はい。原理は不明ですが、あの丸玉は寄生虫か冬虫夏草のようなもので『寄生した宿主の意思を奪って魔力を与えている』という仕組みかと。丸玉さえ破壊すれば魔力源を失って再生はしなくなり、宿主は意識を失います」
「なるほどねぇ。ホルストの奴、領地に籠もって気持ち悪いものを作ったもんだわ」
ジェティはおどけた口調で発するが、その目に浮かぶ光は怒りに満ちていた。
黒い魔力に覆われた戦士に猿人族の姿もあるし、中には僕やブレイド・ベルの子達と背丈が変わらない戦士もいる。
「……あのクソ野郎。絶対に四肢をもぎ取って地獄に叩き落としてやる」
彼女がドスの利いた低い声でぼそっと呟いた言葉が聞こえ、僕は背筋がぞっとした。
明るく調子の良いお姉さんって感じだけど、ジェティもやっぱり部族長たる凄みを持っているようだ。
ただ、彼女の発する威圧に呑まれている場合でもない。
僕は少し息を整えて「ジェティ、お願いがあります」と切り出した。
「あら、何かしら?」
「これから……」
戦士達に聞こえないよう小声で伝えると、ジェティは「ふふ」と目を細めた。
「……良い状況判断だわ。リッドちゃんは本当に将来が楽しみな子ね」
「ありがとうございます。では、僕が魔法で戦士達の注意を引きます」
「わかったわ」
返事を確認すると、僕は大量の火槍を周囲に生成して戦士達目掛けて放った。
連続で爆音が轟き、爆煙が立ち上がるなか、銀毛に覆われる姿へ獣化したジェティが戦士の集団目掛けて勢いよく跳躍する。
「覚悟することね、貴方達。部族長ジェティ・リストートの力を思い知らせてあげるわ」
「……⁉ ヌガァアアアア」
「ガァアアアア」
「キシャアアアア」
火槍の対処でばらばらになった戦士達が目を赤く光らせ、ジェティの攻撃に備えて身構えた。
ジェティは臆するどころか不敵に笑い、彼らの間近に迫っていく。
次いで彼女は爪を伸ばし、身構えた。
「さぁ、見せてあげるわ。部族長たる者の力を」
「……⁉」
ジェティは勝ち気な口調を発するも、戦士達の間をすり抜けるように素通りする。
「じゃあねぇ~」
僕達と彼等に手を振り、彼女は天昇龍の背中を跳躍して登っていった。
「……?」
虚を突かれた戦士達が首を傾げて呆気に取られるなか、僕はジェティに向かって大きく手を振った。
「ジェティ、上層の父上達によろしくね~」
さっき、僕がジェティに伝えた内容はこうだ。
『僕達がこの場にいる戦士達を引き受けますので、父上達のところへ急ぎ戻ってください。おそらく戦士達の対処で苦労しているはずです。貴女一人であれば簡単でしょう?』
彼女はこの意図をすぐに察してくれ、一芝居打ってくれたというわけだ。
戦士達はハッとして登っていくジェティを追いかけようとするが、ヴェネ、オヴェリアをはじめ、ブレイド・ベルの皆がそれを許すわけがない。
昇り行くジェティに気を取られて隙だらけだったこともあって、黒い魔力に覆われた戦士達の鎧と胸の丸玉を僕達は次々に破壊していった。
「……所詮は付け焼き刃。この程度では足止めにもならないか」
上層から降りて来た戦士達を倒し終えたその時、可愛らしい声でありながら強い口調が上から聞こえてくる。
見上げればそこに居たのは深紅の軽装具を身に纏った『イリア・パドグリー』と、彼女を守るように取り囲む鳥人族の戦士達だった。
ただし、戦士達は今までの鳥人族と違って顔を鎧で隠し、背丈も大人だけでなく僕達と同じか、それより小さいくらいの子もいるようだ。
戦士達の装備は統一されていて、両手で槍を持ち、腰には剣を差し、腰裏には弓、背中には矢筒を背負っている。
イリア以外、軽装具の色は漆黒で揃えられているけど、紺色と白色の軽装具を纏った小柄な子が一人ずつ。
深い緑色、鮮やかな橙色の軽装具を纏った大人の戦士も一人ずついる。
気配だけでわかる、全員これまでの戦士達とは比べものにならない強さだ。
特にイリアと色違いの軽装具を身に纏っている戦士から感じる魔力、これは只者じゃない。
イリアを含め、これまでの戦士達のように簡単にはいかないだろう。
あえて僕は戦う構えを解き、両手を広げた
「……君はイリア・パドグリーだね。アリアの妹である君とは戦いたくない。退くか、このまま素通りさせてくれないかな」
「寝言は寝て言え」
彼女は鼻を鳴らし、目尻の上がった鋭い目付きでこちらを見据えてきた。
「リッド・バルディア、お前は私の敵だ。敵なんだよ」




