神【ホルスト・パドグリー】の啓示
「ぐ……⁉」
天昇龍【グランドステア】がルシュムガルに牙を食い込ませると同時に、僕は片膝を突き、肩を大きく上下させながら息を吸い込んだ。
フェイの協力で牢宮核【ダンジョンコア】から得た莫大な魔力を、メモリーの助力で僕自身の魔力と融合させて発動させたこの大規模魔法。
体がきしみ、全身に流れる魔力を通じて激痛が駆け巡っていく。
さすがに体への負担が凄まじいけど、これでルシュムガルに至る道はできた。
グランドステアは樹を骨組みに土と水を肉とし、絶対零度で形を成している。
天に続く巨大な螺旋階段だ。
「リッド、大丈夫か」
膝を突いて間もなく、父上達がこちらへ次々にやってくる。
僕とブレイド・ベル以外の突入組には、魔法発動まで待機しているようにお願いしていた。
戦力温存と僕のすることを説明する時間がなかったからだ。
ブレイド・ベルの子達であれば、僕が『する』と言えばすぐに察してくれるからね。
「大丈夫です、父上。僕は少し休んで追いかけます。皆は打ち合わせどおり、先に進んでください」
「……わかった。無理せずに追ってこい」
父上はそう言うと、ルシュムガルに辿り着くべく天昇龍の背中に飛び乗った。
その動きを合図に「では、私も先に参ります」と薙刀を片手にエルティア義母様も飛び乗り、天昇龍の背中を昇っていく。
よく見れば、エルティア義母様は動きやすいようにドレスのスカートの両裾を縦に裂いているみたいだ。
跳躍しながら昇っていくその姿を目で追いながら「カペラ、エルティア義母様をお願い」と僕は大声で発した。
「僕はブレイド・ベルの皆と昇るから、カペラはエルティア義母様を追いかけて」
「畏まりました。出来るかぎり道を切り開いておきます」
カペラは会釈した後、すぐに天昇龍へ飛び乗ってエルティア義母様の後を追っていく。
「リッド、貴方が味方で良かったわ。この恩はいずれ返します」
「さすがリッドちゃん。有り難く使わせてもらうわね」
「ホルストもこの事態を把握しているはずだ、油断するなよ」
「へへ、まぁ、この状況でどんな手を打ってくるのか。興味はあるがな」
「障害となる者はできるかぎり倒しておきます。リッドは護衛のブレイド・ベルと一緒に上がってきてください」
次いで部族長のルヴァ、ジェティ、ジャッカス、アステカ、タバルが僕達を飛び越え、そのまま天昇龍の背中を駆け上がっていく。
ちなみに部族長は僕のことを『リッド』と呼び、僕と父上も彼等のことは基本呼び捨てになった。
ホルストを倒すにあたって国や立場が邪魔になるという考えからだ。
父上達がルシュムガルに向けて駆け上がり始めて間もなく、鳥人族の戦士達が慌ただしく動き始めた。
「な、なんなんだあの龍は⁉」
「くそ、ライナーと部族長の一部があの龍の背中を使ってルシュムガルに向かい始めたぞ」
「おのれ、ホルスト様の元には行かせるな」
「会場の奴等は放っておけ。あの龍に取り付くんだ」
会場周辺と空にいた戦士達は龍へと向かい始め、父上達の行く手を阻もうと襲い掛かっていく。
でも、父上の剣、エルティア義母様の薙刀、カペラの短剣によって尽く返り討ちに遭っている。
そして、三人の後に続く部族長達の繰り出す一撃で戦士達は次々と戦闘不能となって地上や龍の背中、もしくは水堀に落下していく。
「はは、すげぇすげぇ。皆すごい勢いで昇ってやがる」
僕の背後からやってきたヴェネが隣に立ち、上を見上げながら白い八重歯を見せた。
「ヴェネ、君は先に行かなくていいの?」
「まぁな。ライナーにお前のことを頼まれたんだよ」
「父上に……?」
僕が首を傾げると、ヴェネはこくりと頷いた。
「あぁ、そうだ。自分は妻を助けにいくから守ってほしいってよ。それに、これは俺達部族長の総意でもあるんだぜ」
「……父上の依頼はまだわかるけど、部族長の総意ってどういうこと?」
母上を救うため、父上は真っ先に天昇龍の背中を凄まじい勢いで登っている。
この状況は事前の打ち合わせで決めていた。
僕が道を作り、皆が先に駆け上がっていく。
魔法発動後、反動で少し動けなくなる僕は後から追いかける予定だ。
僕のことはブレイド・ベルの皆が守ってくれるからね。
実力的にも一人にしても大丈夫という判断を下したはずなのに。
「魔力体とはいえ、ホルストを倒せたのはリッドだけなんだぜ。この状況において、いわばお前は俺達の切り札だからな。部族長から一人ぐらい護衛も付くってもんだ。ちなみに言い出したのはルヴァな。んで、俺が立候補した」
語り終えたヴェネは、ドヤ顔を浮かべて自らを親指で指し示す。
「はは、なるほどね。そういうことなら有り難くお願いするよ」
僕は笑みを浮かべて深呼吸すると、ゆっくりその場に立ち上がった。
「お、もう大丈夫なのか?」
「うん、休んでばかりもいられないからね」
心配してくれるヴェネに答え、僕がルシュムガルを見上げたその時、『ふふふ、あっはははは』と空から高笑いが響く。
「……ホルストか」
声の主を察し、僕がその名を呟くなか、『これは面白いものを見せてくれる』と楽しげな言葉が続く。
『しかし、たかがルシュムガルに至る道を作った程度で、私に敵うと思っているのかね。だとすれば実に愚かで愉快なことだ』
「うるせぇ、そんなのやってみねぇとわからねぇだろうが」
ヴェネが拳を振り上げて勝ち気な声で叫んだ直後、『ほほう……』と頷くホルストの声が再び聞こえてきた。
『ならば見せてやろう、神の兵力を。そして、私の元に来るつもりなら急ぐことだ。あと数時間もせぬうちに『天翔竜の息吹』の次弾準備が整うぞ』
「な……⁉」
僕はぞっとして言葉を失い、戦慄した。
空の雲と大気を消し飛ばしたあの兇悪な魔弾が、再び竜の口から放たれるのか。
会場で抵抗していた戦士達の動きも止まってどよめきが起きた。
あんな魔弾が放たれれば地上は焦土と化し、地図から街や国の名が消滅する。
その現実が起こるまで、もう猶予はない。
そしてあの男は、ホルストは躊躇無く引き金を引くはずだ。
あいつは自分のこと以外、何とも思っていない。
『足下の世界が燃える様を見て笑って喜ぶ』……そんな奴に違いないのだから。
「絶対に射たせるものか……」
決意を口にしないと怒りでどうにかなりそうだ。
歯を食いしばって天翔竜を睨み付ければ、『どうした、諸君』ととぼけたようなホルストの声が聞こえてきた。
『揃いも揃って何を呆けている。さぁ、早く私の元に来たまえ。諸君の国と故郷を守りたくはないのかね。これは神の啓示だよ』
「……本当にくそったれな野郎だぜ」
ヴェネが舌打ちをして吐き捨てた。
「リッド、もうあんまり時間がねぇぞ。行けるか⁉」
「あぁ、もちろんさ。皆も覚悟はいい?」
僕は頷くと、自身の周囲にいるブレイド・ベルの皆を見渡した。
彼等は誰も彼も不敵に笑いながら「当然」、「もちろんです」、「覚悟はもうできてます」と力強い返事をくれる。
「よし、じゃあ行くよ。ルシュムガルに怯えて遅れをとらないでね」
自分も鼓舞するように大声で告げた僕は、肩にフェイを乗せたまま身体強化・烈火を発動し、天昇龍の背中めがけて飛んだ。
背後からはヴェネ、ブレイド・ベルの皆が跳躍して追いかけてくる。
ファラ、母上、ヨハン、アスナ……待ってて、すぐ助けるから。
そしてホルスト・パドグリー、お前は首を洗って待っていろ。
必ず僕の家族に手を出した報いを受けてもらうからな。




