目指す者と守る者
「さて、確認するよ」
僕はそう言って周囲をぐるりと見渡した。
「地上を任せるのは獣王セクメトスと部族長から、カムイ、ハピス、ギョウブに加えてアモンとラファ達。エリアス陛下とレイシス義兄さん、バルディア所属のダイナスを始めとする騎士達、クリスとエマ、メルとキール達とその護衛としてティンク」
獣王戦が開催されたこの会場では、今も彼方此方で獣人族と鳥人族の戦士達による剣戟と喧騒、魔法による爆音が轟き、戦塵が煙となって立ち上がり続けている。
僕達がホルストを倒すまでの間、戦士達を指揮してこの場所を死守する人も必要だ。
獣人族の指揮となれば獣王であるセクメトスが適任だけど、彼女は意識を取り戻して歩けるようになったもののホルストの攻撃で満身創痍、とても戦える体じゃない。
当初のセクメトスは『私もルシュムガルに行く』と聞かなかった。
でも、彼女の夫タバルが『セクは皆の指揮をお願いします。ヨハンは……私達の子はこの手で必ず取り戻します』と笑顔で宥めた。
ただし、彼の目は一切笑っておらず、むしろ怒りの火が宿っていて、その眼光は見る者を戦慄させる。
セクメトスは『タバル、お前……』と夫の言動に何やら目を瞬くも、『わかった。そこまで言うなら任そう』と渋々頷いた。
そうしたやり取りを経て、セクメトスを守って補佐する人物として選ばれたのがアモン、カムイ、ハピス、ギョウブの四名に加えてラファ達だ。
エリアス陛下とレイシス義兄さんは、『ファラを救うべくルシュムガルに行く』という強い意思を示したが、『お二人はレナルーテ王国の現王と王子でございましょう。ホルストを倒せても、万が一のことがあれば取り返しがつきません。側姫の私が参ります故、ここはお控えください』とエルティア義母様がそれ以上に強烈で冷徹な意思を表した。
あまりに凄みの利いた彼女の刺すような眼差しに、エリアス陛下とレイシス義兄さんは『う……⁉』とたじろぐほどだ。
そして、僕と父上もエルティア義母様の意見に同意したことで、二人は地上に残った皆の守り役となる。
バルディア騎士団所属の団長ダイナス、副団長ルーベンス、ネルスを含む騎士達と僕の護衛のティンクは、サンドラ、クリスとエマ、メルとキール達の護衛を兼ねて地上に残ることになった。
名前を挙げた皆が頷くと、僕は「そして……」と続けた。
「ルシュムガルに突入するのは僕、父上、フェイ、エルティア義母様、ブレイド・ベルの皆とカペラ。部族長からはルヴァ、ジェティ、ジャッカス、ヴェネ、アステカ。それからタバルの皆。以上だね」
名前を呼んだ皆はこくりと頷き、それぞれに反応を示した。
エルティア義母様は何も言わず小さく頷き、ブレイド・ベルの皆は不敵に笑い、カペラは淡々と「お任せ下さい」と会釈する。
ルヴァは手を拳にし「あの男、絶対に許さないんだから」と息巻き、ジェティは「ああいう男に吠え面って、見ていて一番おもしろいのよねぇ」と口元を緩めているも、その眼光は殺気に満ちている。
「奴の手の内が分かった以上、同じ轍は踏まん」とジャッカスは尖った八重歯を露わにし、ヴェネは「あいつの顔、絶対蹴り飛ばしてやる」と右手の拳を左手で打ち鳴らしている。
「はは、てめぇら意気込むのは結構だが足下をすくわれんなよ」
アステカは皆の様子を見ながら、上着の内側から煙草を取り出して口にくわえた。
先の激しい戦いのせいか、煙草はしわだらけで少し折れ曲がっている。
彼は自らの指先に火を生み出し、その煙草を一気に根元まで吸い、少し間を置いて空へと煙を吐き捨て「まぁ、俺も意気込む気持ちは同じだがな」と付け加えた。
タバルはセクメトスに寄り添い「行ってきますね、セク」と優しく声を掛けているようだ。
「大丈夫なのか。今からでも私が……」
「安心してください、セク。私、すっごく怒っているんです」
タバルが笑顔で発した言葉にセクメトスはごくりと喉を鳴らして息を呑み「わかった。任せよう」と頷いたようだ。
僕は皆の様子を横目に、沈んだ顔をしているキールの前に足を進めた。
「大丈夫かい、キール」
「……⁉ は、はい。大丈夫ですよ、リッド義兄さん。あは、あはは」
彼はびくりとして、笑いながら口元がひくついている。
キールは皇族で帝都の中心にそびえ立つ城で過ごし、ずっと本を読んで過ごしていた子だ。
メルの婚約者としてバルディアに来てからは、父上の指導下で僕と一緒に訓練を積んでいるけど、こんな状況はきっと初めてで怖いに違いない。
僕はにこりと目を細め、キールを優しく抱きしめた。
「え、えっと、リッド義兄さん?」
「実はね、キール。僕も怖いんだ」
「え……?」
僕が耳元で囁くと、彼は目を大きく見開いた。
「戦うのが怖くない人なんていないよ。でも、戦わなければ何も守れず、全てを失ってしまう。それが一番怖いことだから、皆自分を奮い立たせて戦うんだ」
そう言うと、僕は心配そうにこちらを見つめているメル、ティス、シトリー、クリス達をちらりと横目で見やった。
「キール、もし目の前でメルやティス達が悪意に晒された時、何も出来ない自分を許せるかい?」
「……きっと許せないと思います」
彼が少しの間を置いて発した声は震えていたけど、とても強い力が宿っていた。
「うん、それが自分を奮い立たせるってことなんだ。その気持ちがあれば大丈夫。メル達を、皆を任せたよキール。これは君の義兄【あに】としてのお願いだ」
「……⁉ はい、リッド義兄さん」
力強い返答をしてくれたキール。
彼にはまだ怯えはあるけど、これならきっと大丈夫だろう。
最後にキールの肩を「うん、頼んだぞ」と強めに叩いたその時、「兄様……」とメル、ティス、シトリーがやってきた。
「母上と姫姉様。そしてアスナを必ず助けてきてね」
「リッドお兄様、どうかお願いします」
「わかってる。必ず助け出してくるよ」
メルとティスに答えると、「あの……⁉」と思い詰めた表情のシトリーが前に出てきた。
「リッド兄様、ヨハン様もホルストに攫われたと聞きました。どうか、どうか、ヨハン様のこともお願いします。ヨハン様はリッド様が初めての大親友で、大好きで、今日という日を心待ちにしていたと、そう私に話してくれました。だから……⁉」
「わかっているよ、シトリー。ヨハンは僕にとっても大切な親友だからね。必ず救い出してみせるさ」
「ありがとうございます、リッド兄様」
シトリーが嬉しそうに目から涙を溢れさせるなか、「婿殿」と呼ばれた。
振り返れば、そこにいたのはエリアス陛下とレイシス義兄さんだ。
「ファラとエルティアのことを頼むぞ。特にエルティアはこうと決めたら譲らぬのでな」
「よく存じております。必ずファラを救い出し、エルティア義母様も守って見せます」
『こうと決めたら譲らない』というのは、ファラも一緒だ。
「私からもお願いする。そして、リッド。君も必ず五体満足で無事に帰ってくるんだぞ」
「ありがとう、レイシス義兄さん。それから皆のこともお願いします。特にキールは初陣ですから」
「わかった。任せてくれ」
レイシス義兄さんの表情は、陰があった以前とは全く違う。
この場においても、明るく覚悟の決まった清々しいものだ。
きっとエリアス陛下やザックあたりにでも鍛えられたんだろう。
「リッド様、思う存分暴れてきてください」
力強い声が聞こえてきて振り向けば、肩を上下させて息をする汗だくのサンドラが白い歯を見せていた。
「サンドラ様の仰る通りです。あんな竜、魔法で消し飛ばすぐらいでお願いします」
「クリス様は私がお守りしますので、どうかご安心ください」
「お供できないことは残念ですが、サンドラ様とクリス様、メルディ様とティス達はお任せ下さい」
クリス、エマ、ティンクが続くように発し、その様子を見ていたラファが「ふふ……」と口元を緩める。
「まったく、リッドがいると色んなことが起きて本当に飽きないわねぇ」
「姉上、今回は真面目にお願いしますよ」
「わかっているわよ、アモン。私、やるときはやるのよ」
「それならいいのですが……」
アモンがため息を吐く姿に苦笑していると、父上から「リッド、準備を頼む」と呼ばれた。
「わかりました」と頷いた僕は、残る皆を見渡して「じゃあ、行ってきます」と告げて会場の中心、舞台の真ん中にブレイド・ベルの皆を引き連れて跳躍した。




