集う先はリッド
「……まさか、婿殿とサンドラ殿にフェイ殿まで。まさかトーガに伝わる『奇跡』まで扱えるとはな。バルディアでは『死人を生き返させる』魔法があると言われても驚かんぞ」
「あはは、これは奇跡なんかじゃありませんよ」
エリアス陛下が驚嘆した様子で漏らした言葉に、僕は苦笑しながら首を横に振った。
ホルストの魔力体を二体倒してから程なく、舞台上に倒れていた部族長達も観覧席に急いで集めてもらい、僕、サンドラ、フェイの三人で『魔力譲渡魔法』を応用した『応急処置』を行った。
魔力の源は生命力だ。
以前、エルバが僕との戦いの中、自らの火魔法で自ら傷を塞いでいたことがある。
『魔力とは生命力から生み出される。俺ぐらいになれば魔力を生命力とし、自身の傷口ぐらい治すことは造作もない。要は使いようだからな』
エルバはそう言っていた。
そしてあいつに出来て、僕に出来ない魔法がこの世にあるものか。
魔力譲渡魔法を練習していくなかで、並行して魔力譲渡を応用した処置……医療魔法とも言うべき魔法をずっと研究していた。
結果、根本治療は出来ずとも折れた骨や臓器を治し、傷や怪我を塞ぐ『応急処置魔法』の開発に成功したのだ。
「エリアス陛下、これは魔法で『応急処置』をしたに過ぎませんからね。傷を塞ぎ、折れた骨を治し繋ぐことはできても、失った血は戻りませんし、臓器だって機能は完全な状態にはなりません。蓄積された疲労も回復しませんから無理は禁物です」
付け加えるなら、対象の怪我の度合いによって、術者の消費魔力量が跳ね上がっていく。
魔力量が多い僕とフェイは平気だけど、サンドラはもう汗だくで息をするのも苦しそうになっている。
彼女は携帯していた魔力回復薬も使って、ずっとセクメトスの応急処置を行ってくれていたから、相当な体力を消耗しているはずだ。
それでも、彼女は魔法を止めようとはしない。
その横顔は戦塵で汚れているけど、瞳には怒りが満ち満ちている。
「婿殿、それだけでも十分に奇跡だよ。何せ……」
エリアス陛下は僕の言葉に口元を緩め、観覧席をぐるりと見渡した。
舞台上でホルストに倒された部族長の面々、観覧席で倒れていたカペラとティンク、ブレイド・ベルの皆に加えてルーベンスとラファ達。
その大多数が意識を取り戻し、かつ怒りを隠さず殺気立っていた。
「戦力皆無の絶望的な状況が、あっという間にひっくり返ったのだからな」
「僕だけの力じゃありません。皆は意識を失っても、戦意の火は消えていませんでしたから」
父上、エリアス陛下、アモンを中心に倒れた部族長達を運んでもらって応急処置魔法を施した瞬間、彼等の全員から高く燃え盛るような戦意が感じられた。
応急処置魔法は術者の魔力を譲渡魔法の応用で対象に流し込むが、それは処置の切っ掛けに過ぎない。
応急処置魔法は魔力を生命力とし、誰もが持つ自然治癒能力を飛躍的に高めることで傷を塞いでいる。
その際、対象の生きようとする意思が強いほど、効果が高まるらしい。
『らしい』というのはまだ研究途中で断言ができないからだ。
「そうか。皆、倒れ意識が薄れるなか、ホルストに一矢報いたい心持ちだったのであろうな」
「はい。僕が皆と同じ立場でも、一矢報いたいと強く願ったと思います」
僕がそう告げると、エリアス陛下はにこりと頷き、「婿殿、もう大丈夫だ」と切り出した。
「手間をかけさせたな」
「いえ、処置の順番が最後になって申し訳ありませんでした」
「気にするでない。この場では私とライナー殿が一番軽傷だったからな。処置の順番が最後になるのは当然だ」
エリアス陛下は体の調子を確かめるように手や足を軽く動かしていく。
「リッド、エリアス陛下の処置は終わったか」
「はい、父上」
返事をして振り向けば、父上は空から飛びかかってくる鳥人族の戦士達を剣で叩き落としていた。
僕、フェイ、サンドラが皆に処置している間、鳥人族の戦士達がひっきりなしに襲い掛かってきたけど、アモン、エマ、レイシス義兄さん、エルティア義母様、父上達が中心になって返り討ちにしてくれていたのだ。
「よし。では、ホルスト討伐隊とこの場に残る者を決めるぞ」
「ライナー、全員で行けばいいじゃねぇか」
父上の言葉に勝ち気な声で返事をしたのはヴェネだ。
彼女はホルストの水魔法で地上に叩きつけられて意識を失うも、比較的軽傷だった。
多分、無意識に受け身も取っていたんだろう。
「そういう訳にはいかないよ、ヴェネ。メルやキール達をルシュムガルのところには連れていけないし、会場で戦う獣人族の皆を指揮する人もいるんだから」
僕がそう告げると、ヴェネは「面倒くせぇな」と頭を掻いて「わかった」と続けた。
「それなら、リッド。てめぇがこの戦いの頭で指揮を執れ。んで、配置を決めろ」
「え、僕が……?」
「あぁ、ホルストの魔力体を倒せたのはリッドの力が大きいからな。それに『応急処置』の恩もある。てめぇの判断なら誰も異論はねぇだろうよ」
彼女が目配せすると、その先に居たセクメトスがこくりと頷いた。
「ヴェネの言うとおりだ。私がこうして一命を取り留めることができたのもリッド殿達のおかげに他ならない。皆もそれでよかろう?」
サンドラが懸命に行った処置で意識を取り戻したセクメトス。
ただし、彼女はこの場にいる面々の中で一番の満身創痍で戦闘ができるような状態じゃない。
「えぇ、構わないわよ。リッドちゃんのおかげで命びろいしたもの」
「俺もだ。この戦いにおける俺の命はリッド殿に預けよう」
「この期に及んで、でしゃばるつもりはないぜ」
セクメトスの問いかけにまずジェティ、ジャッカス、ギョウブが相槌を打った。
「現状、ホルストに正面から対抗できる力を持っているのはリッド殿だけ。妥当な判断ね」
「……私の力、リッド殿であれば使いこなしてくれよう」
「リッド殿であれば異論はない。任せよう」
「勝ち馬にはしっかり乗らせてもらうぜ、リッド」
「もう一度戦える。この機会を与えてくれたリッド殿を信じましょう」
ルヴァ、カムイ、ハピス、アステカ、タバルが続く。
「え、えぇ……⁉」
部族長達全員の注目を浴び、困惑していると側にいたアモンが「ふふ、あっはは」と噴き出して笑い始めた。
「責任重大だな、リッド。でも、ズベーラの部族長達が君なら信じられると、全幅の信頼を置いているんだ。もちろん、私もね」
「アモン、君まで……」
「リッド様、アモン様や部族長の連中だけじゃありませんぜ」
自信に満ちた強い口調の声が聞こえて振り向けば、そこではブレイド・ベルの面々が立ち並び、代表するようにオヴェリアが不敵に笑っていた。
「あたし達はずっと前からバルディアに、いや、リッド様にこの命を預けてんだ。地の底だろうが、天の果てだろうが、海の向こうだろうがどこにだってお供しますぜ。なぁ、皆」
「おぉおおおお!」
ブレイド・ベルの皆が雄叫びを上げる姿に、カペラとティンク、バルディア騎士団のダイナス、ルーベンス、ネルス達が頼もしそうに微笑んでいる。
「ふふ、これよこれ。これだからリッドの側は面白いのよ」
ラファが口元を緩め、さも楽しそうに目を細めた。
「圧倒的に不利な状況でも、不思議と周囲を味方にして盤面をひっくり返す。困難であればあるほど、成功した時ほど面白おかしいことはないわ」
「……楽しいかも知れませんが、個人的にはもう少し心を安らかにいたいものです」
「まぁ、良いんじゃないの。ラファ様、エルバの命令を聞いていた時よりも楽しそうだし」
「そうね。私達はラファ様が信じる道について行くだけだわ」
彼女を慕うピアニーは小さくため息を吐き、ローゼンは肩を竦め、リーリエは平然としている。
この場にいる全員の反応を確認したセクメトスはにやりと笑った。
「決まりだ。リッド殿。我らの力は貴殿に託すぞ」
「は、はい。わかりました」
皆にここまで言われたら、やるしかない。
覚悟を決めて僕が頷くと、「おい、リッド」と父上が耳打ちしてきた。
「ここまで全幅の信頼をお前に寄せるとは、只事ではないぞ。お前、ズベーラで何をしたんだ」
「何って、特別なことはしていませんよ。強いて言うなら、関係悪化は絶対嫌なので、真っ当な交渉を心がけたぐらいでしょうか?」
「そ、そうか。まぁ、それならいいが……」
目を瞬く父上に小首を傾げるも、僕は『あ、そうだ』とハッとして皆を見渡した。
「皆さん、ホルストを倒すのにもはや国や立場もありません。どうか私、いえ、僕のことは気軽にリッドと呼んでください。そして、必ずあいつを天から奈落に叩き落としてやりましょう」
指揮を執れ、そう言われた以上、指揮は執る。
だけど、変な気遣いで報連相がぐだぐだになれば勝てるものも勝てない。
おまけに僕はこの場で立場上、一番下だからね。
皆に名前を呼び捨てにしてもらうだけでも、いくらか皆も接しやすくなるはずだ。
僕の発した言葉に、皆はきょとんとするも間もなく「ふふ……」と揃って噴き出した。
あ、あれ……?
ウケを狙ったつもりはないんだけどな。
戸惑っていると、皆を代表するようにセクメトスが「わかった」と嬉しそうに笑った。
「では、リッド。改めて頼むぞ、ホルストをぶっ飛ばすためにな」
「指揮を任されての第一声が国や立場など関係ない、か。分かっていてもなかなか言えるものではない。それをこの場でさも当然のように言ってのけるとは、素晴らしい。さすがは婿殿、天晴れだ。あっははは」
エリアス陛下まで急に笑い出し、僕はびくりとして困惑する。
助け船を求めて視線を泳がせば、父上はやれやれと呆れ、オヴェリア達ブレイド・ベルの面々は嬉しそうにドヤ顔を浮かべ、メル達は瞳をきらきらと輝かせていた。
◇
時はリッドが『紅炎烈覇』でホルストの魔力体を霧散させた直後に遡る。
「……がは⁉」
とある荘厳な造りをした円形状の白を基軸とした室内、その最奥に一段高くなった床に神座とも言うべき大きく煌びやかな椅子が設置されていた。
そこに鎮座している人物こそホルスト・パドグリーであったが、彼は急に苦しそうに咳き込んだ。
ホルストは口元を服の袖で拭い、袖の赤い染みを見て口元をにやりと緩めた。
「まさか魔力体を通じて私にまで届くとは。いやはや、リッド君は実に末恐ろしい子だ。君達も、そう思うだろう?」
ホルストが神座に背中を預けて見やった先に立っていたのはファラ、ナナリー、アスナ、ヨハンであった。
しかし、四人とも手足を拘束された上に四角状の魔障壁に囲われており、その場を動くことは敵わない。
「くそ、出せ! 出せよ、ホルスト! その首、噛みちぎってやる」
獣化で獅子化したヨハンが鬼の形相で尖った八重歯を見せつけて怒号を発し、魔障壁を破壊しようと体当たりするがびくともしない。
「く……⁉ 姫様を守るどころか、囚われの身になるとは。不甲斐ない」
アスナは悔しそうに呟き、歯を食いしばっている。
ナナリーは冷静な表情だが、何かを思案しているようだ。
そうした中、ファラが笑顔で刺すような視線をホルストに向けた。
「お伝えしたはずです。リッド様はとても優しい方ですが、家族【バルディア】に手を出した者は絶対にお許しになりません、と。必ずリッド様はここに辿り着き、貴方を倒すことでしょう」
「そうかね。それは実に楽しみだ」
ホルストが気にするどころか、まるで心待ちにしているように口元を緩めている。
その意図が読めないなか、ナナリーが「貴方は……」と切り出した。
「貴方は私達に何を求め、ここに連れてきたのですか?」
「さて、言ってなかったかな。君達に用はないが、君達の血と魔力、才能に用がある。特にナナリー・バルディアの血とファラ・バルディアの魔力。この二つには非常に興味があってね」
「私達の血と魔力……? それがどうしたというのですか?」
ナナリーの問いかけに、ホルストは呆れ顔でため息を吐いた。
「ファラの魔力は思いがけない拾いものだがね。ナナリー、君は……いや、ロナミス家はそんなことすら忘れてしまったのかな?」
「ロナミス家……?」
「全く、自らに流れる血の価値を忘れるとはな。愚かを通り越して呆れ果てるばかりだよ。まぁ、いずれ機会があれば教えてやろう。今は君達よりも、これから来るであろう客人をもてなす準備で忙しくなるのでね」
ホルストはそう言うと神座から立ち上がり、ファラ達に向かってゆっくり歩き出した。
「……もちろん、君達にも手伝ってもらうよ」




