戦慄する力
「ホルストが現れてからずっとこの調子なんです。彼が恐ろしいのは確かですが、でも、どうしてここまで……」
キールが困惑するなか、僕は「フェイ、大丈夫?」と優しく声を掛けると、彼はハッとしてこちらを見やった。
「リッド……リッド……⁉ リッドだってわかってるんでしょ⁉ あいつは、あの男は……⁉」
「うん、わかっている。だとしても僕は逃げるわけにはいかない」
ホルストの魔力体と何度も対峙するなかで、ずっとある違和感があった。
そして、奴に『紅炎烈覇』の一撃を入れたことで、それはある種の確信に変わっている。
「あの、リッド義兄さん。二人でさっきから何を話しているんですか」
「よければ私達にもわかるよう教えてくれませんか」
キールとエルティア義母様が首を傾げると、僕はこくりと頷いた。
「ホルスト・パドグリー。あの男が神を自称するほどの強大な力を得ている理由は、おそらく牢宮核【ダンジョンコア】を体に取り込んでいるんだよ」
「え……⁉」
「……⁉ 確かにそれならあの強大な力を発揮できる魔力量に合点がいきます。しかし、牢宮核【ダンジョンコア】を体内に取り込むなんて聞いたことがありません。本当にそんなことが可能なのでしょうか」
キールは目を見開いて驚愕するも、エルティア義母様は眉をぴくりとさせるだけで冷静だ。
「多分、可能だよ。実際、牢宮核の化身であるフェイを通じて僕は牢宮核の力を借りることができるんだ。やろうと思えば取り込むこともできるはずさ。ただし、大前提として取り込む術者には『相当な力』が必要なはずだけどね」
「……フェイが牢宮核の化身であることは聞いていましたけど、まさかそんな力があるなんて知りませんでしたよ」
「なるほど。つまり、リッド様はご自分の力と同じものをホルストの魔力体から感じ取った、ということですね」
「うん、そんな感じかな」
二人が答えたその時、「違う、あいつはそんな程度じゃないよ」とフェイが頭を振った。
「あいつは、あのホルストとかいう男から感じた牢宮核の数は一個じゃない。きっと何個も取り込んでいるんだ。僕達が敵う相手じゃない。逃げよう、逃げようよ」
「……フェイの言うことにも一理あるかもしれませんよ」
キールが重い口調で切り出した。
「もちろん、ただ逃げるということではありません。一時的に帝国領へ撤退し、各国の助力を得て連合軍を編成。そして決戦を挑むのです。今のこの状況……」
彼はそう呟いて周囲を見渡した。
レイシス義兄さん、メル、サンドラ達が倒れていた皆を一箇所に集め、意識を確認しながら応急処置を行ってくれている。
でも、立ち上がれる者はいない。
「こちら側のまともな戦力はリッド義兄さんに加えてエマさん、エルティア様ぐらいです。今のまま戦うよりも一時撤退も……」
「それは論外だよ、キール」
「リッド義兄さん、最後まで話を……」
「もう止めなさい、キール。貴方、何も見えてないわ」
彼の言葉を遮ったのは、近くで皆の介抱に当たっていたメルだった。
キールの目には恐怖が浮かんでいるけど、メルの目は強い戦う意思が宿っている。
「ど、どうしてですか、メル。貴女だってこの状況は……」
「怯え竦んで状況が見えていないのはキールでしょ。冷静に考えてみなさいよ」
メルはこちらにやってきて、ちらりと空に浮かぶルシュムガルを見やった。
「あの竜が放った一撃を見たでしょ。大空の雲が消し飛んだのよ。仮に貴方の言うように撤退して各国の協力を得て連合軍ができたとしましょう。でも、あの一撃をどうやって防ぐというの?」
「そ、それは……」
「あの一撃を防ぐ方法もない連合軍なんて、ただの大きな的よ。あの男なら嬉々として打ち込むに決まってる」
キールが言い淀むなか、メルは彼の前に歩み出た。
次いで「パン」という破裂音が響く。
メルが彼の頬を平手で打ったのだ。
「め、メル。一体何を……?」
「しっかりしなさい、キール・マグノリア」
キールが叩かれた頬を押さえながら目を瞬くなか、メルは目を潤ませながら告げた。
「貴方はただの男の子ではないのよ、帝国の頂点に立つ皇族に名を連ね、バルディア家の一員なの。あの竜の存在はズベーラだけの問題に留まらないわ。今この場で倒せなければ、色んな国が存亡の危機に陥るのよ。それなのに国を守るべき立場の貴方が、恐怖に竦んで逃げ腰になってどうするの⁉」
「あ……う……」
メルが感情を露わにして強い口調で発した言葉に、キールは何も言い返せずにがくりと肩を落とし、そのまま力なくへたり込んでしまった。
すると、メルはキッと鋭い目付きでフェイを睨んだ。
「貴方もよ、フェイ・バルディア」
「ひ……⁉」
フェイはびくりと体を震わせるも、メルは容赦なく詰め寄っていく。
「バルディアの名を背負った以上、敵わない相手だからって逃げることは許されないのよ。それだけ貴族の、いえ、バルディアの名が背負う責任は大きいの。もちろん、勝つためには時には逃げることもあるわ。でも、いまこの時は戦うしかないの。それとも何? フェイは敵わない相手と見るや裏切って母上や姫姉様を見捨てて逃げるような臆病者なのかしら」
「……⁉ ち、違う。僕は、僕を大切にしてくれた人を裏切って、見捨てて逃げるような卑怯者でも、臆病者でもないよ」
フェイは過去に信じた相手に裏切られて心に大きな傷を負った経験がある。
メルにはこの件を伝えていないから偶然だろうけど、結果として彼の表情から恐れが消えたようだ。
「じゃあ、母上と姫姉様、アスナを助けるために貴方の力を貸して。お願い、兄様と一緒に戦ってほしいの。だって、だって……」
メルは瞳から大粒の涙が溢れて頬を伝い、ぽろぽろと落ちて地面を濡らしていく。
「だって、私じゃ兄様の力にもなれないし、母上と姫姉どころか守ってくれた皆を助けることもできないの。だからお願い、フェイ。貴方に力があるというのなら兄様と一緒に戦って、お願いよ」
「メルディ……」
強い言葉を発していたメルが泣き崩れ、フェイは呆気に取られてしまった。
キールも打ちひしがれたようで唖然としている。
周囲にもメルの声が聞こえていたらしく、皆の視線がこちらに向いているようだ。
僕は深呼吸をして歩き出し、泣き崩れるメルに寄り添った。
「メル、よく言ってくれたね。ありがとう」
「う……うぅ……⁉」
嗚咽を漏らすメルの背中をさすりながら、僕はまずキールを見やった。
「キール。父上曰く『戦場では心が恐怖に支配され、冷静さを失い大局を見られなくなった者から破滅する』そうだよ。だから、普段から胆力を磨く必要があるんだって。その真意、今ならわかるんじゃない?」
「……はい。わかり、ます」
彼がこくりと頷くと、僕はにこりと笑った。
「うん、それなら大丈夫だよ。誰だって初陣は怖いからね」
普段のキールなら『この場で逃げることが最低の悪手』であることは、すぐに理解できたはずだ。
でも、自分の命すら危ういだけでなく、圧倒的で得体の知れない未知の敵が相手となれば、冷静な判断を下すことは難しい。
正直、僕だってこれからしようとしている動きが最適解かわからない。
だけど、それでもやるしかない。
「フェイ、改めてお願いする。ホルストを倒すため。母上とファラ、アスナとヨハンを救うために君の力を貸してほしい」
「……わかった。そもそも、僕とリッドは一心同体だからね。こうなったらどこまでもやってやるさ」
「ふふ、君ならそう言ってくれると思っていたよ」
小さなため息を吐いたフェイ。その顔にはもう怯えや迷いは見えない。
「……⁉ フェイ、ありがとう」
泣いていたメルがぱぁっと明るい表情を浮かべ、嬉しそうに彼を抱きしめた。
「あ、あはは。メルディは大袈裟だなぁ」
フェイは照れ笑いを浮かべるも満更ではないみたい。
でも、その様子を見つめているキールはどこか複雑そうだ。
「どうやら話はまとまったようですね」
機を見て声を掛けてきたのはエルティア義母様だ。
「しかし、キール様が仰ったようにこちらの戦力は僅かですし、それにあの竜へ続く道はありません。リッド様、どうするおつもりですか?」
「戦力と道、どちらも何とかできると思うんだ。ちょっと考えがあってね」
「考え、ですか?」
エルティア義母様が眉を顰めるなか、僕はこくりと頷いた。
「ただ、説明するよりも見てもらった方が早いと思う。まずは負傷した皆を一箇所に集めてほしい。舞台上に部族長の皆もいるから、彼等も合わせてね」
「それは構いませんが、一体何をするおつもりなのですか」
「傷ついた皆には悪いけど、もう一踏ん張りしてもらおうと思ってね」
僕がそう言って微笑むも、エルティア義母様は「はぁ……?」と首を傾げていた。




