リッドの宣戦布告
『魔拳・紅炎烈覇【まけん・こうえんれっぱ】』は、身体強化・烈火出力二十倍で得られる爆発的で飛躍的な身体能力、火属性魔法上昇効果を拳に集中させ放つ大技だ。
突如轟く爆発音、地響き、立ち上がる火柱。
もはや戦場と化していた会場から聞こえていた金鼓雷鳴、剣戟、喧騒がぴたりと止まる。
誰も彼もが何事かと火柱を見上げ、こちらに注目しているのだろう。
天を突く火柱は徐々に細くなり、僕が地面に降り立つと同時に消えた。
『どさり』と目の前に仰向けに倒れたホルスト。
彼の全身は消し炭のように真っ黒になっていて、翼は焼け落ちているが、目がぎょろりと動き「ふふ、あはは」と笑い出した。
「身体強化・烈火の出力二十倍とは恐れ入った。素晴らしい、実に素晴らしい技だったよ、リッド君。しかし……」
「喋らないでくれるかな。虫唾が走るんでね」
僕はにこりと微笑み、火槍でホルストの口を撃ち抜いた。
「どうせ魔力体なんだろ? お前みたいな奴がこんなところに降りてくるわけがないからね。本体は『あの中』で高みの見物だろ」
空で停滞している『天翔竜ルシュムガル』を横目でちらりと一瞥し、ホルストの魔力体に視線を戻した。
「ホルスト、お前は僕の家族【バルディア】に手を出した。これは宣戦布告だよ。本物にはこれ以上の一撃を食らわせてやるから、せいぜい首を洗って待っているがいいさ。そして母上とファラ、アスナとヨハンに少しでも手を出したら絶対に許さない」
「……覚えておこう。ところで威勢が良いのは結構だが、果たして君は私の下にやってこられるのかな? ふふふ、あっはははは」
撃ち抜いた口元が治ったホルストはにやりと目を細めて笑い始めるが、彼の全身から魔力が煌めきはじめ、程なく霧散した。
「あぁ、すぐに行ってやるよ」
空に浮かぶルシュムガルを鋭い目付きで睨み付けたその時、「リッド⁉」とレイシス義兄さんが駆け寄ってきて僕の両肩をがっしり掴んだ。
「凄いぞ、あのホルストをよくぞ倒した。しかし、魔力体とは、本体とはどういうことなんだ⁉」
「兄様。母上と姫姉様、アスナが攫われちゃったの。急いで助けにいかないと」
レイシス義兄さんに続きメル達もやってきて、矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
僕は皆を制止するべく強めの声を発した。
「ちょ、ちょっと皆落ち着いて。これじゃ話もできないよ⁉」
皆は僕の言葉で我に返った様子でハッとした。
「そ、そうだな。すまない、つい気が動転してしまってな」
「ごめんなさい、兄様」
「大丈夫だよ。それよりも皆の手当てと状況を教えてほしいんだけど、良いかな?」
レイシス義兄さんとメルが軽く頭を下げるなか、「これまでの状況は私からお伝えいたしましょう」と薙刀を持つエルティア義母様がやってくる。
さっき皆があれこれ尋ねてきた時、彼女だけが質問をせずに平然としていた。
エルティア義母様は側姫になる前は、レナルーテで暗部にいた人だ。
現状を一番冷静かつ客観的に見つめているのかもしれない。
「ありがとうございます、お願いできますか。他の皆は倒れている人達の介抱をお願いしてもいいかな」
「……⁉ そうだな、わかった」
僕が声を掛けると、レイシス義兄さん達はこくりと頷いて倒れている皆の下に駆け寄っていく。
それを機に皆が一斉に動き出し、サンドラが「意識のある人、少しでも動ける人はこちらに並べてください。意識のない人を優先しますから教えてください」と声を張り上げる。
この場が緊張感に包まれていくなか、エルティア義母様が深呼吸をしてから「では……」と切り出し、観覧席で起きたことを説明してくれた。
ホルストが現れたのは父上、エリアス陛下、アモンが僕の援護に向かって間もなくのことだったらしい。
忽然と舞い降りた彼はにこりと微笑み、皆にこう告げたそうだ。
『簡潔に言おう、ナナリー・バルディアを引き渡してくれ。そうすれば危害は加えない』
当然、これに反発したのがバルディア家に仕えるダイナス、ルーベンス、ネルス、カペラ、ティンク、ブレイド・ベルの面々だ。
彼等はホルストに有無を言わさず襲い掛かる。
途中から兎人族部族長補佐のシア、アモンの姉であるラファと彼女を慕う部下ピアニー、ローゼン、リーリエ達も攻撃に加わるが、ホルストの魔障壁が攻略できない。
『残念だよ、ラファ・グランドーク。君はこちら側だと思っていたんだがね』
『私は面白おかしく楽しみたいだけ。神を自称する狂人と一緒にしないでほしいわ』
突破口が見えないなか、活路を見いだしたのがアスナだった。
ファラの指示を受ける形で最後尾から攻撃に参加した彼女は、先陣を切ったダイナス達の動きからホルストの展開する魔障壁の硬度を予測して『居合い』で勝負に出たそうだ。
結果、魔障壁に切れ込みを入れ、その隙間から二刀目による刺突を入れ込んでホルストに一撃を入れることに成功したらしい。
エリアス陛下と父上が二人がかりでしたことをアスナが一人でやってのけたことに内心驚くも、アスナの一撃でホルストを倒すことはできなかった。
『ほう、私に一撃入れるとは恐れ入ったよ。アスナだったか、君の才能に興味が湧いた。光栄に思え、私の研究室にご案内しよう』
『何……?』
ホルストが発した言葉にアスナが首を捻って訝しんだ直後、彼女の足下に黒渦と蔓が出現。
伸びた蔓に絡まれたアスナを救うべく、皆は必死になったが為す術なく彼女は黒渦に飲み込まれてしまった。
直後、激情を爆発させたファラが『猛虎風爆掌【もうこふうばくしょう】』という風属性魔法と体術を組み合わせた大技を放つも、ホルストの魔障壁を突破することはできず、逆に後ろ髪を鷲づかみにされて拘束されてしまう。
『これはこれは、レナルーテの王女様は見かけによらずおてんばだ。随分、武術と魔法に嗜んでおられるようだが、これもリッド君の影響かな?』
『うぁ……⁉ は、離しなさい、この無礼者……⁉』
後ろ髪を掴まれつつも、ファラは魔法を放って抵抗したそうだ。
でも、ホルストに通じず、むしろ楽しそうに笑っていたらしい。
『ほう、この質の高い魔力。もしかすると、君は拾いものかもしれんな』
『……⁉ その手を離せ』
『母上⁉』
『母の愛による逆転劇が通じるのは絵本の中だけだよ。残念ながらね』
『く……うぁああああ⁉』
何やらファラに感心を示したホルストに、エルティア義母様が薙刀を全力で振るったそうだ。でも、魔障壁は突破できず、逆に魔波で吹き飛ばされてしまったという。
薙刀を杖に片膝を突くエルティア義母様、先に倒れているラファ達をぐるりと見渡してホルストはにこりと微笑んだ。
『ファラ、ナナリー。ここに横たわっている彼等はまだ死んでいない。このまま止めを刺すことは容易だが、私の研究に君達自ら進んで協力してくれるのならこのまま立ち去ろうじゃないか』
『……わかりました。貴方の研究に協力しましょう。ですが、私一人だけにしてもらえませんか』
母上はそう切り出し、ホルストの前に歩み出たという。
『残念ながらそれは無理だ。ファラの持つ魔力に興味が湧いたのでね』
彼は首を横に振り、ファラの掴んでいた髪を離した。
彼女は『あう……⁉』と声を漏らして転ぶが、すぐに立ち上がってホルストを鋭く睨んだ。
『いいでしょう。私の魔力に興味があるというのであれば協力いたします。その代わり、皆にこれ以上の危害は加えないという約束は守ってください。貴方が神というのであれば、その矜持に掛けて』
『もちろんだとも。では、ご案内しよう。私の研究室にね』
ホルストがそう告げて間もなく、母上とファラの足下に黒渦が出現して徐々に沈み始めた。
『母上、姫姉様⁉ そんなの駄目です』
『ナナリーお母様、ファラお姉様⁉』
『嫌です。こんなの嫌です!』
メル、ティス、シトリーが飛び出ようとするも、エルティア義母様達が制止する。
『皆様、悔しいですが今はこれしかありません。どうかナナリー様とファラの気持ちを汲んでください』
エルティア義母様が悔しそうに告げる中、黒渦に沈んでいく母上とファラは皆に微笑んだそうだ。
『皆、私のことは心配せずとも大丈夫です。どうか今は自分達のことを第一に考えてください』
『私もリッド様に嫁いだ時から命を捨てる覚悟は常にしておりました。心配はご無用です』
ファラは『それから……』と続けてホルストに振り返った。
『ホルスト・パドグリー。この一件で、貴方はリッド様を完全に怒らせるでしょう。リッド様はとても優しい方ですが、家族【バルディア】に手を出した者は絶対にお許しになりません。どうかお忘れなく』
『それはそれはご忠告痛み入る。覚えておこう』
母上とファラの姿が黒渦に沈んで皆が愕然とするなか、入れ違いのように僕がここに到着したそうだ。
「……以上です。ナナリー様とファラを守り切れずに申し訳ありませんでした」
悔しそうに頭を下げるエルティア義母様に、僕は「いえ……」と首を横に振った。
「二人がホルストの提案を呑んだのは皆を救い、この場を乗り切るための策でしょう。きっと大丈夫ですよ、母上とファラは辺境伯家の妻ですから。今頃、ホルストの顔を引っぱたいているかもしれませんよ?」
「……ふふ、そうですね」
エルティア義母様は僕の言葉に目を瞬くも、すぐに笑みを噴き出した。
エルティア義母様は責任感が強い人だから、少しでも自分を責める気持ちが軽くなってほしい。
今回の一件、悪いのは全てホルストだ。
深呼吸をし、僕は状況を整理していく。
獣王セクメトスを始めとする部族長達。
ダイナス、ルーベンス、ネルスを含めたバルディア家の騎士達。
護衛を勤めていたカペラとティンク。
グランドーク家の長女ラファと彼女の部下達。
僕直属のブレイド・ベル。
皆、ホルストと戦い倒れている。
そして彼方此方から轟く剣戟と喧騒に加え、会場にずっと影を差しているあの『竜』だ。
あの中にホルストの本体がいて、攫われたファラと母上、アスナとヨハンが居ることは十中八九間違いない。
これまでの出来事が脳裏で鮮明に再生されていく。
皆を守れなかった己の不甲斐なさと、神を自称して理不尽な横暴を重ねるホルストへの怒りでどうにかなりそうだ。
でも、この怒りに任せて感情的になってはいけない。
感情のままに動けば、エルバに止めを刺せなかった時の二の舞だ。
大丈夫。僕には、まだホルストが知らない『魔法が何個』もある。
後は詰め将棋の如く、玉であるホルスト本体に辿り着けばいい。
だけど、頭では冷静になるべきと理解していても、手に力が入って拳の内側で爪が食い込み、感情に呼応した魔力が溢れて全身の毛が逆立っていく。
「リッド様、大丈夫ですか?」
エルティア義母様が心配する声に、ハッとして僕は我に返った。
「あ、いや、何でもありません。少し考え事をしておりまして」
いけない、また怒りに飲まれるところだったな。
頬を掻いて誤魔化すと、今後の戦いの鍵になるであろう『彼』が隠している人物を見やった。
「キール、フェイは無事?」
「は、はい。無事です、リッド義兄さん」
こちらに駆け寄ってくるが「た、ただ……」とキールは不安顔で切り出し、彼を手に乗せて取りだした。
「あ、あんな、あんな奴が地上にいるなんて。あいつは、あいつは危険だ。危険過ぎるよ」
この戦いの鍵になるであろう、牢宮核【ダンジョンコア】の化身であるフェイ。
彼は真っ青になり、両手で自らの体を抱きしめて震えていた。




