神対逆襲のリッド
「これは……⁉」
「やぁ、思ったより早い到着だね。リッド君」
観覧席に降り立った僕に笑顔で声を掛けてきたのはホルストだ。
でも、そんなことよりも、目に飛び込んできた観覧席の光景に僕は全身が震えた。
全身から白い煙が立ち上がり、壁を背に項垂れているカペラとシア。
水浸しで地面に倒れているティンク。
えぐれた壁の中心で体がめり込んだまま顔を伏しているラファ。彼女を慕っていた狐人族のピアニー、ローゼン、リーリエは酷い雷傷を負って地面に倒れている。
ルーベンスとネルスは酷い火傷を負って壁の前に並んで倒れていた。彼等の手には剣が握られているが、剣身が折られている。
ダイナスは氷漬けにされているが、その全身には激しい火傷と雷傷があった.
彼のことだ、きっと最後まで抵抗をしたんだろう。
ライオン程度の大きさになったクッキーは血を流して倒れていて、白いシャドウクーガー姿のビスケットが泣きながら寄り添っている。
母上とファラの護衛をお願いしていたブレイド・ベルの皆もそれぞれに酷い火傷、雷傷、凍傷、切り傷を負ってまばらに倒れていた。
「リッド? リッドじゃないか⁉」
「……⁉ リッド様⁉」
「リッド殿、よくぞご無事で」
必死の声で僕の名を呼んだ先にいたのは刀を構えたレイシス、斬竜半月刀を持ったエマ、薙刀を持ったエルティア義母様だった。
三人の衣服はぼろぼろに破れ、顔を含めて全身傷だらけだ。
彼等の背後には戦塵で顔が汚れたクリスが怯えた表情のメル、キール、ティス、シトリーを守るように立っている。
そして皆の一番後ろでは、全身が火傷だらけで意識を失っているセクメトスをサンドラが必死に介抱していた。
だけど、母上とファラ、アスナの姿が見当たらない。
「彼等には手を出すつもりはないので安心したまえ。『二人』と約束したのでね」
唐突にホルストが口火を切る。
僕は眉を顰め「約束だって?」と睨み返した。
「あぁ、その通りだ。この場に居ないナナリーとファラのことが気になるだろう? 二人はこの場にいる皆のため、自ら私の研究に協力すると言ってくれたんだ」
「そんなの違うわ。あんたにとって都合良く言ってるだけじゃないの」
震える声で怒号を発したのはメルだ。
「あんたが脅迫したんじゃない。『この場にいる皆の命を救いたければ、私の研究に協力しろ』って……そうじゃなければ母上も、姫姉様もあんたなんかの言うこと聞くわけないじゃない。アスナだって、あんたが興味が湧いたとか言って黒渦に取り込んだんでしょ。だから、だから姫姉様は……⁉」
「経緯など些細な問題だ。私の案に二人が頷き、自ら協力すると言ったことが重要な事実だよ」
ホルストは勝ち誇った様子で告げると、こちらに振り向いた。
「さて、リッド君はどうするかな?」
「どうする?」
首を傾げて聞き返すと、ホルストは鼻を鳴らした。
「君はすでに私の力の片鱗を見ただろう? あれはほんの一部だ。英知に優れ、才能豊かな君を失うのは些か惜しい。さぁ、後悔は先に立たずだ。天に君臨する私を神と崇め、讃えたまえ」
「……こんな話を知ってるか、ホルスト・パドグリー」
僕はそう切り出し、ゆっくりとした足取りで近づいていく。
「昔、自由を求めて翼を望んだ者がいたんだ。ある日、そいつは神様から大翼【たいよく】を得て空を飛べるようになった。でも、神は忠告した。空は飛んでも、驕ることなく天を望むなってね。でも、そいつは空を飛ぶうち傲慢になって天を望み、より高く舞い上がった。そして神の怒りに触れ、その翼を焼かれて死んだんだ……お前と同じさ、ホルスト」
「ほう、聞いたことのない話だな。しかし、何が同じなのかな?」
「少し力を得た程度で良い気になって、身の丈を越えた欲望を叶えようと沢山の人を踏みつけにした。数え切れない人々の怒りに触れたお前は、これからその翼を焼かれるってことだよ。そして、僕の家族に手を出したお前を、僕は絶対に許さない」
ホルストの顔を射貫くように睨みを利かせた僕は、至近距離で魔力付与をした木刀で鋭い刺突を繰り出した。
甲高い音が響き、僕の木刀の切っ先とホルストの魔障壁が衝突したことで魔波が突風を起こし、魔力が火花のように煌めいて消えていく。
「リッド君、らしくない悪手だな」
魔障壁を隔てた先にある木刀の切っ先を見つめ、ホルストは眼鏡の山に触れて平然と呟いた。
「先の戦いで私の魔力体にライナーの剣が届いたのは、先にエリアスが魔障壁の一部に切り込みを入れたからだ。その木刀は残念ながら私に届かんよ。あまり失望させないでくれ、私は君を買っているんだ」
「さっきからごちゃごちゃうるさいんだよ。神様ごっこに付き合うつもりはないし、御託は聞き飽きた。僕はね、お前をぶっ飛ばしたいだけだ」
「ほう、まさに神をも恐れぬ所業、不敬不遜だな。いいだろう、やってみたまえ。できるものならな。しかし、忠告はしたぞ。後悔は先に立たずだとな」
「二度も同じこと言わせるなよ。御託は十分だって言っただろ」
僕はそう告げると木刀へ施す魔力付与に特殊な変化を与えた。
木刀はみるみる漆黒に染まっていく。
「木刀に闇属性を付与して威力を底上げしたようだが、その程度で魔障壁を突破できると思っているのかね? どうやら私は少々君を買いかぶりすぎていたようだ」
変化を目の当たりにしても、ホルストの余裕は消えない。
それどころか呆れたようでやれやれと小さく首を横に振っている。
「これが闇属性の付与だと思っているなら、とんだ勘違いだ。自称神の底が知れたな」
「なに……?」
ホルストが眉を顰めた直後、魔障壁に木刀の切っ先が少しずつ侵入する。
やっぱり、と僕の予想が確信に変わるなか、ホルストは「こ、これは……⁉」と目を大きく見開いてたじろいだ。
「魔障壁が中和されているのか。まさか、この木刀が漆黒に染まったのは……⁉」
「ご名答、お前の魔障壁が鉄壁を誇るのは全属性を付与しているからだろう?」
身体強化、魔力付与、獣化……術者が意図しない限り魔法は『完全な無属性』にはならない。
誰もが持つ固有の属性素質によって、大なり小なり何かしらの属性に染まっている。
魔法学が発展途上のこの世界では、まだほとんど気付かれていないけどね。
僕がこの事実に気付いたのは牢宮【ダンジョン】の高負荷修練中、色んな魔法をフェイの協力を得て試していた時のことだ。
高負荷修練当時、牢宮【ダンジョン】でしたやり取りが脳裏で鮮明に再生されていく。
『無属性魔法を発動する時、なんか他の属性と違って自然にできないというか。ちょっとやりづらいんだよね。どうしてだろう。フェイ、君は何故だかわかる?』
『そりゃ、リッドの基本魔力に属性があるんだから当然でしょ』
『え、人の魔力って属性があるの?』
フェイがさも当然のように発した言葉に、僕は目から鱗が落ちたとも言うべき感覚に陥った。
彼曰く、体の中を血の如く流れる魔力には必ず生まれ持った属性素質が宿るそうだ。
『だから魔力譲渡魔法だっけ? あれを使用するときに術者と対象の持つ属性素質が同じじゃないと効果が薄いんだよ』
『なるほど。生まれ持った血液型ならぬ魔力型みたいなものか』
『けつえきがた……?』
僕の例えにフェイは小首を傾げていたけど、この一件で無属性魔法の特殊性を知ったわけだ。そして同時に浮かんだ疑問を口にした。
『じゃあ、魔障壁も完全な無属性ってわけじゃないのかな?』
『まぁ、そうだろうね。リッドの魔力波全属性が流れているし、他の人よりも固いと思うよ』
『え、そうなの?』
『え、知らなかったの?』
フェイは半ば呆れながら説明してくれた。
術者の魔力を糧に、魔法や物理攻撃を防ぐのが魔障壁。
当然、その魔障壁には大なり小なり術者の持つ属性素質の影響を受けた『属性』が付くという。
属性にはジャンケンの三竦みのような力関係性、相性もあって『相手の持つ属性素質や属性魔法次第では防ぐ力が高まる』と、フェイは得意げに教えてくれた。
『……という感じかな。つまり、全属性を持つリッドの魔障壁は、単体の属性に対して確実に優位を取れるから人よりも固いってわけ。まぁ、強度にもっとも重要になるのは魔力量だけどね』
『へぇ、そういうものなんだね』
『リッドは使ってて気付かなかったの? 自分の魔障壁が人よりも固いってさ』
『強度は魔力量が全てと思っていたから、今の今まで気付いてなかったよ。あはは……』
『リッドって、どっか抜けてるとこあるよねぇ』
指摘されるまで気づけなかったという決まりの悪さから頬を掻きながら答えると、フェイはため息を吐いて肩を竦めていた。
「ふっふふ……さすがだ、リッド君」
問いかけから間もなく、ホルストが驚きに目を瞬きつつ笑みを溢した。
「父上と皆が、お前の魔障壁に何度も立ち向かってくれたおかげだよ」
最初からホルストと立ち合っていても、この仕組みには辿りつけなかっただろう。
皆が何度も挑戦してくれたおかげで、僕は分析に徹することができた。
「だとしても、だ。よもや気付かれるとは思っていなかったよ。全属性の魔力付与をすることで、私が魔障壁に施した強化を無効にするつもりだね。だが、それだけでは……」
「そう、これだけじゃ届かない。だから……こうするんだよ」
全属性を魔力付与し、漆黒となった木刀に僕は『無属性』を追加付与した。
次の瞬間、強烈な破裂音が轟いて僕の木刀とホルストの魔障壁が粉々に吹き飛んだ。
「な、なんだと……⁉」
「属性と無属性は正反対の性質を持っているからね。全属性を付与した木刀で鉄壁の強化を無効にして、すぐに無属性の魔力を流し込んだんだ」
「……⁉ 反発させ合って消し去ったのか。やるじゃないか、リッド君。しかし、ここからどうするつもりかな」
ホルストはまだ余裕があるらしく、にやりと口元を緩めた。
僕は身体強化・烈火で全身に駆け巡る魔力出力を急激に高めていく。
高負荷修練中、寝るとき以外は常に身体強化・烈火を発動していた。
結果、烈火の発動と維持に必要な魔力量は大幅に減っている。
そして減った分、それ以上に魔力出力を上げることで、より烈火で得られる効果を高められる。
「……通常の二十倍だ」
「二十倍……何を言っている?」
「通常の身体強化・烈火で得られる力の二十倍だ。覚悟しろよ、ホルスト・パドグリー」
両足に力を込め、握った右の拳に今持てる魔力を全て集めていく。
僕の全身から烈火の如き紅炎の魔力が揺らめき立ち上がった。
二倍、四倍、八倍、十二倍……二十倍。
「お前が何人であろうと、僕の家族に手を出したことは絶対に許さない」
「な、なんだこの異常に熱が籠もった魔力は……⁉」
「羽一枚残さず焼かれて燃え尽きろ」
魔力を込めて紅炎を灯す右の拳を、僕はホルストの顎に目掛けて振り上げる。
その拳は有無を言わさず彼の顎を打ち砕いた。
「魔拳・紅炎烈覇【こうえんれっぱ】」
「うごぉおおおおお⁉」
僕の手に宿った紅炎が解き放れてホルストを飲み込んだ。直後、会場に地響きが起きて轟音が鳴り、天へと昇る巨大な火柱が立ち上がった。




