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【WEB版】やり込んだ乙女ゲームの悪役モブですが、断罪は嫌なので真っ当に生きます【書籍&コミカライズ大好評発売中】  作者: MIZUNA
第十章

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神対剣

「本来守るべき体で剣筋を隠した『諸刃の剣』と納刀から繰り出す『鞘内の剣』ですか。お二人が実力有る剣士なのは存じていますが、まさか『剣術如き』で私を斬れるとお思いで?」


ホルストの問いかけに、父上は鋭い眼光で睨み返した。


「だとしたらどうなのだ。そもそも貴様のような男には『剣』がなんたるものか。理解できまい」


「左様。他人を踏みつけにして力を得た者。一意専心、一心不乱に自らを鍛えて力を得た者。同じ『力』でもその本質は大きく異なる」


エリアス陛下が続くと、ホルストは下らないと言わんばかりに肩を竦めた。


「価値観の相違ですね。過程はどうあれ剣は剣でしかなく、力は力でしかありませんよ」


「貴様を理解しようとも、理解されようとも思わん」


「ホルスト・パドグリー。お主はズベーラの謀反人だが、生かしておけば必ず世を混乱に陥れるだろう。レナルーテの王としても看過できん。この場で切り伏せる」


父上とエリアス陛下の背中からは、見たことも感じたこともない殺気と魔圧が発せられる。


これが二人の本気なのか。


ごくりと喉を鳴らして息を呑むなか、ホルストの表情から余裕が消えて真顔になった。


「……お二人とも素晴らしい魔圧、気迫、矜持をお持ちだ。そして、その一分の隙もない構え。高い身体能力にあぐらを掻いていた、先の部族長達にも見習ってほしいものです。しかし故に残念ですよ。神を崇めぬ、その不敬」


彼が言葉を発した次の瞬間、突風が吹き荒れてエリアス陛下と父上の目の前から姿が消える。


え……⁉ と気付いた時には、左腰の刀に手を掛けたエリアス陛下がホルストの懐に入り込んでいた。


「一刀」


目にも留まらぬ速さでエリアス陛下が鞘から繰り出した刃は、ホルストの魔障壁に音もなくすーっと入り込んで切り裂いていく。


そのまま刀は振り抜かれるも、甲高い音が響いて刀の刀身が根本から折れて宙を舞った。


ホルストが勝ち誇った様子で口元を緩めるも、エリアス陛下は不敵に笑ってその場をすり抜ける。


直後、陛下の後ろに続いていた父上が神速の平突きを繰り出した。


ホルストからすれば死角から唐突に現れたように見えたはずだ。


父上の繰り出した剣の切っ先は、先の一刀で切り裂かれた魔障壁の薄い隙間に入り込む。


ホルストが目を丸くして驚愕するなか、父上の剣は彼の胸に深く突き刺さっていき、間もなく背中を貫いた。


「馬鹿、な……⁉」


たじろいだホルストが血反吐を吐いて苦悶の表情で歪むなか、「まだ終わらん」と、父上が続けて叫んだ。


「弾けて爆ぜろ」


直後、ホルストの胸を貫いた剣が赤く煌めいて紅蓮の火柱が立ち上がった。


魔力付与した剣を媒介にして、ホルストの内部で火魔法を発動したのだろう。


『リッド、よい機会だ。私にも魔法を教えてもらえないか?』


ふいに牢宮【ダンジョン】の高負荷修練で父上が僕に言った言葉が脳裏を過った。


『えっと、それは構いませんが。でも、父上はすでに魔法を扱えるのではありませんか?』


『使えることは使えるが、お前ほどは扱えんからな。今後のことを考えれば、私にも魔法の力は必要だ』


父上はそう言って、僕から魔法を貪欲に学んだ。


それを今、こんな形で発揮するなんて思いもしなかった。


「魔障壁の破壊に相当な力を必要とすることは、皆のおかげでよく理解したのでね。一部分のみ斬らせてもらったよ。おかげで無名ながら長年の愛刀がこのざまだがね」


エリアス陛下が刀身の折れた刀を見て鼻を鳴らすなか、父上が起こした火柱の勢いは更に増していく。


「いくら強固な魔障壁であっても、体の中から燃え上がる火は防ぎようがあるまい。貴様が愚かと蔑んだ皆の軌跡、犠牲となった者達の苦しみ。その身で存分に味わうがいい、この業火でな」


「おの……れぇ。え、リアス……ライ、なー……⁉ ぬがぁああああああああ⁉」


立ち上がる火柱の中、ホルストが悶え苦しみながら絶叫する。


「皆が突破できなかったホルストの魔障壁をこうもあっさりと……」


アモンが目を見開く中、僕は「それは違うよ」と頭を振った。


「最初に倒れたジャッカスから、最後に倒れたルヴァまで。全員が魔障壁の突破を試みた結果だよ。エリアス陛下のあの一撃、見るからに何度も出せる技じゃないし、初見で倒せなければホルストの性格からして同じ手は通じなかった」


いつから父上とエリアス陛下がこれを狙っていたのかは、わからない。


もしかすると、皆の一連の動きはこの機を狙ってのことだったのかもと、そう思わずにはいられない。


「……すごいな。リッドの父上も、エリアス陛下もそこまで考えていたのか」


ヨハンが唖然とするなか、火柱が消えていく。


父上が黒焦げになったホルストの胸から剣を抜くと、彼は力なく膝を落とした。


父上は剣を横一閃に鋭く振るい、ホルストの首をはねて止めを刺す。


首が宙を舞って崩れていくなか、胴体のみとなった体はその場に力なく倒れた。


「神と自称するだけの力はあったかもしれん。しかし、それだけだ」


「うむ。ホルストには、神話に出てくるような『神の器』は微塵もない。結局、神を自称する者など狂人しかおらぬ」


父上が剣を鞘にしまい、エリアス陛下が相槌を打った。


ホルストの首がはねられ、残った胴体は地面に伏している。


これで戦いは終わったはずだというのに、会場から聞こえる剣戟の止む気配が微塵も感じられない。


鳥人族の戦士達だって全員ではないにしろ、この光景を目にしている者はいるはずだ。


それなのに彼等からは困惑も、混乱も、驚きもないように思える。


なんだろう、この違和感は。


父上とエリアス陛下も何か感じ取っているのか、警戒を解いていない。


「ライナー殿、エリアス殿。やりましたね」


「ありがとう、ホルストを倒してくれて本当にありがとう」


アモンとヨハンが父上達に駆け寄ろうとしたその時、ホルストの体が発する魔力に僅かな乱れが生じた。


そして、その魔力とよく似た気配を僕は知っており、戦慄を覚えつつも咄嗟に叫んだ。


「駄目です、父上。ホルストはまだ死んでいません。そいつはおそらく『魔力体』です!」


「魔力体……?」


アモンとエリアス陛下が眉を顰めるも、父上とヨハンはハッとして身構えた。


すると、首のないホルストの体がむくりと起き上がり、黒焦げになった体と刎ねられた首が元通りの形に戻ってしまう。


彼は首を左右に動かした後、眼鏡の山をくいっと上げて微笑んだ。


「首を切られるとは思わなかった、完全に油断していたよ。しかし、さすがはリッド君だ。まさかこうもあっさりと見破られるとは思わなかった」


父上とエリアス陛下は飛び退き、間合いを取って身構える。


復活したホルストを見ていたアモンが「リッド、教えてくれ」と切り出した。


「魔力体とはなんだ。手短に教えてもらえないか」


「簡単に言えば術者が自らの魔力で作りだした分身。ようは『偽物』だよ」


「な……⁉」


気づけなかった自分の苛立ちを押さえながら重い口調で告げると、アモンは目を大きく見開いた。


「その通りだ。私は本体の魔力によって作られた分身に過ぎないんだよ」


僕の説明を聞いたホルストは大声で発し、両手を大きく広げた。


「それなのに私を必死に倒そうとする君達の姿は実に滑稽だった。しかし、同時に褒めてあげようじゃないか。今の私に残された魔力は残り僅か。想像以上に消耗されてしまったよ」


「じゃあ、じゃあ父上や母上は。皆はなんのために……⁉」


ヨハンが目に涙を浮かべ、鬼の形相でホルストを睨み付けた。


「決まっているじゃないか。もちろん『無駄死』にだよ、ヨハン君」


「……⁉ お前は、お前だけはぁアアア⁉」


「ヨハン……⁉」


「やめるんだ、ヨハン⁉」


獅子化したヨハンは叫ぶと同時に跳躍し、ホルストに向かっていく。


僕とアモンは声を掛けるも、彼は聞く耳を持たない。


「いかん……⁉」


「迂闊だ⁉」


父上とエリアス陛下も制止するべく叫ぶが、位置が離れていてどうにもならない。


「ホルストぉおおおおおお」


ヨハンは爪を伸ばして掌底を繰り出すが、魔障壁に阻まれてしまう。


「くそぉ、くそぉおおおおお⁉」


「やれやれ、私は魔力体だというのに学習しない王子様だ。しかし、セクメトスとタバルの子だけあって才能には目を見張るものがある……ふむ、決めたぞ」


ホルストは魔障壁越しにヨハンの顔をまじまじと見つめた後、にやりと笑って指を鳴らした。


直後、ヨハンの足下に黒い渦が生じ、黒い蔓のようなものが伸び生えて彼に絡まっていく。


「な、なんだこれ⁉」


「ヨハン王子。君に用はないが、君の才能には興味が湧いた。光栄に思いたまえ、私の研究室にご案内しよう」


「な、なんだって⁉ 冗談じゃない⁉」


ヨハンは真っ青になって黒い蔓から逃れようとするも、蔓はどんどん絡まって彼を渦の中に引きずり込んでいく。


「そうはさせん」


「ヨハン王子を解放しろ」


父上とエリアス陛下が彼を助けるべく跳躍する。


僕とアモンも咄嗟に動き出すが、ホルストがこちらに掌を向けてきた。


「この体に残された魔力は僅かだが、子供二人を葬るには十分な量は残されている」


彼がそう告げた瞬間、激しく燃え盛る火炎が僕達に向かって放たれた。


火と風の混合魔法らしく、火の勢いが凄まじい。


でも、これぐらいの火なら僕の魔障壁で防げる……そう思った瞬間、僕達の前に二つの大きな影が現れる。


その影の正体をすぐに察し、僕とアモンは目を見開いた。


「父上⁉」


「エリアス陛下⁉」


「下がっていろ、リッド」


「下がるのだ、アモン殿」


先の動きで消耗しているだろうに、父上とエリアス陛下は身を挺して魔障壁を展開し、僕達に迫り来る火炎魔法を防いでくれた。


「どんなにリッド君とアモン君が優秀で、この魔法が防げるとわかっていても、子の親であれば迫り来る火炎を前にした子供を捨て置くことなどできない。結果、愚策だったとしてもね」


ホルストがしたり顔で微笑み、火炎の勢いが増していく。


「や、やめろ。この、くっそぉおおお⁉」


必死の怒号が聞こえてハッとすれば、ヨハンの体の半分以上が黒渦に沈んでいた。


「……⁉」


もう間に合わない、そう悟った僕は声を大にして叫んだ。


「ヨハン、必ず助ける。だから待ってろ!」


「リッド、アモ……⁉」


ヨハンは必死にこちらへ腕を伸ばしたまま黒渦に飲み込まれてしまった。


僕は「く……⁉」と悔しさを堪え、現状を切り抜けるべく魔障壁を展開しようする。でも、その直前に火炎が大爆発を起こした。


黒い爆煙がもうもうと立ち上がる中、僕達の前に立っていた父上とエリアス陛下はがくりと片膝を突く。


「父上、陛下。大丈夫ですか⁉」


「あぁ、それよりも怪我はないか。リッド」


「うむ、我らのことよりも婿殿は大丈夫かね?」


「はい、お二人のおかげで怪我はありません」


「そうか、ならば良い」


父上とエリアス陛下は安堵した様子でにこりと微笑んだ。


「素晴らしく感動的な親子愛だったよ。ずっと見ていたいが、どうやら時間切れのようだ」


ホルストはそう言って笑みを溢すと、魔力が尽きたのか煌めきながら透けていく。


「……どうせ、本物もこの光景を見ているんだろ? お前だけは絶対に許さないからな。ホルスト・パドグリー」


睨みを利かせるも、奴は動じない。


むしろ、楽しそうに笑った。


「勇ましいことだ。しかし、良いのかね? 魔力体の分身がここに居るということは、果たして本物の私はどこにいるのだろうねぇ」


「お前、まさか……⁉」


言わんとしていることを察し、皆がいるであろう場所を見やった。


その瞬間、観覧席で激しい剣戟音が轟き幾つもの爆発が起きる。


母上、メル、ファラ……⁉ 皆の危険が危ない。


「まぁ、もう手遅れ……」


「黙れ……⁉」


煌めく魔力となって霧散していくホルストを僕は火槍を放って掻き消し、身体強化・烈火の出力を高めていく。


「アモン、父上とエリアス陛下。それから倒れている皆をお願い」


「わ、わかった。しかし、リッドだけで大丈夫なのか?」


「うん、言ったでしょ。策はあるんだ」


心配顔のアモンに告げると、父上が「待て、リッド」と切り出した。


「やむを得んが強大な力にはそれだけ危険が伴うものだ。あの『魔法』は出来るかぎり使うなよ。私達もすぐに追いかける」


「承知しております、父上。では、急ぎます」


僕は観覧席に振り向き、片手に持つ木刀を力強く握る。次いで、大地を踏みしめて勢いよく跳躍した。


ホルスト・パドグリー。


お前が神だろうが、何人であろうとも家族に手を出したこと……絶対に許さないからな。



リッドが飛び去った方角をライナーが見つめるなか、エリアスが「ライナー殿」とゆっくりやってきた。


エリアスの衣服はホルストの魔法を防いだことで焼き焦げており、破れた箇所から見える肌には火傷がある。


「先程、婿殿に掛けた言葉。強大な力には危険が伴う、あの『魔法』は出来る限り使うな、そう言っていたが、一体何のことかね」


「……リッドはこの獣王戦で絶対に負けられないと、型破りな修練方法を思いついて実践しました。結果、その身に人知を超えたと評して過言ではない力を得たのです。もっとも本人はそのような考えはありませんが」


「なんと。だが、それならば、何故初めから婿殿にその力を使わせなかったのだ?」


エリアスは驚いた様子で目を瞬くも、ライナーは小さく首を横に振った。


「強大な力には必ず危険が伴いますが、リッドは大切な者を守るためならその身を犠牲にすることを厭いません。故に、力を使うことはリッドにとって大変危険なことなのです」


「危険……?」


「はい。リッドは大切な者を守るためなら、どんな危険を伴う力であれ際限無く引き出すでしょう。それはつまり、リッドが自分の命を二の次にしていることに他なりません。例えその身が滅ぶとも」


「……なるほど。婿殿の性格上、新たに得た力は諸刃の剣ということだな」


「えぇ、仰る通りです」


ライナーはそう言って、剣戟の煌めきと爆発が起こる観覧席を見据えた。


『無茶はするなよ、リッド』


心の中で悔しげに呟いたライナーは、手に持っていた剣を力強く握り締めていた。


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