神を名乗る力
赤兎馬姿のアステカが二つの前足で繰り出す踏みつけ。
巨躯姿に獣化したハピスの大剣による斬撃。
銀兎のヴェネが跳躍の勢いから繰り出す蹴打。
これらの三つが目と鼻に迫るというのにホルストはまったく動かない。
一体、何を考えているんだ。
そう思った直後、ホルストは目を細めた。
「諸君、おめでとう。ようやく壁を一つ越えられたようだ。しかし……」
三人が技を繰り出したことで衝撃波が吹き荒れるも、同時に『甲高い衝撃音』も轟いた。
「な……⁉」
「これは……⁉」
「てめぇ……⁉」
アステカ、ハピス、ヴェネは殺意を籠もった目でホルストを睨みつけた。
「何を驚いている。魔障壁をまた展開しただけだ。基本中の基本だろう」
ホルストはそう言って指を鳴らした。
直後、アステカの足下が盛り上がって土で象られた蛇のような竜が現れて彼を飲み込む。
同様にハピスの足下も盛り上がって樹で象られた竜が彼を飲み込んだ。
「ぐがぁあああああ⁉」
「ぬぉおおおおおお⁉」
「ハピス、アステカ⁉」
ヴェネは咄嗟に飛び退くも、舞台を囲む水掘りから現れた水で象られた竜に飲み込まれてしまう。
「しまっ……⁉」
三人をそれぞれ飲み込んだ竜はそれぞれに高く舞い上がった後、大舞台に自ら頭から激突して地響きと雷鳴と共に衝撃波を生み出し、砂煙をもうもうと立ち上がらせた。
竜達の着弾地点はえぐれ、それぞれの中心には獣化の解けたアステカ、ハピス、ヴェネが倒れている。
「これで六人。さぁ、残りも早くかかってきたまえ」
こちらへ悠然と歩き出すホルストは、僕達に向かってにこりと微笑んだ。
なんてことだ、ものの数分足らずでヴェネ達部族長を倒してしまった。
獣化もしないまま防ぎ、傷一つ付けられないなんて。
皆が息を呑むなか、ギョウブが「はは、笑えねぇぜ」と切り出した。
「どうなってやがんだ、ホルストの奴。あいつが扱える魔法は雷と風ぐらいだったはずだぜ」
「そうね。今、考えられることは二つだわ」
ルヴァがホルストを見据え、身構えたまま答えた。
「部族長になる以前から力を隠していたか。あるいは後天的に『属性素質』を得る方法を見つけた。そのどちらかよ」
「それなら、おそらく後者。後天的に『属性素質』を得る方法を発見し、その力を隠していた、というところでしょう」
彼女の呟きにタバルが冷静に告げると、ギョウブが何かに気付いた様子で忌々しそうに切り出した。
「十年以上前からズベーラ国内で飢えに苦しむ者達の前に突如天使が現れ、楽園に連れて行ってくれるという噂が聞こえていた。俺はてっきりお前が裏で保護しているとおもっていたんだがな。お前、その力を得るために一体どれだけの命を犠牲にしたんだ」
「その言い方は彼等に対する冒涜だよ。私の研究と力の礎になれたんだ。むしろ光栄と言うべきだな」
ホルストが微笑みと共に悪意の籠もった魔波を解き放つ。
彼が発した魔力から夥しい数の老若男女が苦悶の表情を浮かべた姿が幻影となって見えた。
全身に悪寒が駆け巡る。
あまりの気持ち悪さに身の毛がよだち、僕は思わず戦慄して後退った。
勝ち気な性格のイビがホルストを恐れて畏怖していたのは、この本性を知っていたからだったのかもしれない。
「あ、あぁ……⁉」
「ホルスト・パドグリー……⁉」
ヨハンは悪意に唖然とするなか、アモンは怒りの形相で歯を食いしばりながら五尾を持つ白狐の姿に獣化する。
「さて、そろそろ再開しよう」
ホルストがそう言って目を細めると、再び彼は僕達の目の前から忽然と消える。
何度も同じ手は喰わない。
僕はホルストの放つ気配と魔力を探ることに集中した。
あれだけの異質な魔力、そう簡単に隠し通せるものじゃない。
どこだ、どこにいる……そう思った瞬間、僕はハッとした。
「ルヴァ、後ろだ!」
「え……⁉」
咄嗟に大声を発した直後、彼女の背後、正確には影からホルストが「ご名答」と笑顔でぬっと現れた。
「鼠らしく逃げるかな?」
「く……⁉ 馬鹿にしないで。私だって部族長なのよ、黒雷爪打衝【こくらいそうだしょう】」
ルヴァは爪を伸ばし、両手に黒い雷が迸った彼女の掌底を繰り出す。
雷鳴が轟き黒い爆煙が立ち上がるも、その黒い煙の中からホルストの片腕が伸び出てルヴァの喉元を掴んだ。
「あぐ……⁉」
「鼠の浅知恵で私の何を分析するつもりだったのかね」
「……ふ、ふふ。ありがとう、手間が省けたわ」
「なに……?」
ルヴァは不敵に笑い、眉を顰めるホルストの腕に両手の爪を食い込ませる。
「愚かだな。すでに倒れたジャッカスの真似事か」
「さぁ、それはどうかしら。彼が身を以て私達に教えてくれたことは、貴方が触れているものは強力な魔障壁に阻まれないということよ。つまり……」
彼女は目付きを鋭くし、覚悟を決めた強い眼差しでホルストを射貫いた。
「貴方の手を伝う攻撃は魔障壁で防がれることはないのでしょう? 不用意に私へ近づいた事を後悔なさい、雷光防陣撃【らいこうぼうじんげき】」
ルヴァが叫んだ瞬間、彼女自身から稲光と雷鳴が発せられ魔波と狂風が吹き荒れる。
吹き飛ばされないよう踏ん張って前を見やれば、ルヴァの全身から激しい雷が迸っていた。
その雷は彼女が爪を食い込ませたホルストの腕を通じ、彼に流れ込んで感電させている。
「小賢しい真似を考えたものだ。しかし、このままでは貴様もただではすまんぞ」
「覚悟の上よ、窮鼠の恐ろしさをその身で知りなさい。雷光十万破【らいこうじゅうまんは】」
「ぬぅ……⁉」
電撃を発するルヴァから白い煙が立ち上がり、徐々に彼女の体が焼き爛れていく。
でもこの時、初めてホルストの顔が苦痛に歪んだ。
「今よ、私が動きを封じているうちに止めを。お願い!」
ルヴァの呼びかけにギョウブとタバルが跳躍し、その後を父上とエリアス陛下が追いかけ、僕達もハッとして続いた。
「すまない、ルヴァ。だが、その願いに必ず応えてやるぜ」
「千載一遇の好機。この一撃で終わらせて見せます」
獣化状態のギョウブとタバルが爪を伸ばし、ルヴァの電撃で怯んで動きがとれないホルストに迫っていく。
二人が間合いに入って同時に爪撃を繰り出したまさにその時、「……黒刃【こくじん】、光刃【こうじん】」とホルストが呟いた。
「これは……⁉」
「下がれ、リッド」
僕達の前を走るエリアス陛下と父上が急に足を止め、咄嗟にそれぞれの持つ刀と剣を構えた。
「え……⁉」
最後尾の僕、ヨハン、アモンが急停止した直後、強烈な魔波と突風が僕達の間を駆け抜ける。
次いで、強い鉄の匂いが鼻を突いた。
何事かと正面をよく見れば、ギョウブとタバルが膝から崩れ落ちて舞台を赤く染めていく。
「ぐ、くそ……⁉ 闇と光属性の刃を至近距離で同時に飛ばしてきやがった。化かされちまって、ざまぁ、ねぇぜ……」
「こ、ここまでして、ここまできて、まんまとしてやられたというのですか。ホルスト・パドグリー、お前は一体……」
ギョウブとタバルは苦々しげに呟き、がくりと伏してしまった。
エリアス陛下は刀を、父上は剣を構えたままホルストを見据えているようだけど、背中からは凄まじい怒りを感じる。
二人は咄嗟にホルストの攻撃を防ぎ、最後尾の僕達を守ってくれたんだろう。
「そ、そんな。どうして動けるの⁉」
ルヴァが電撃を発したまま目を見開くと、ホルストは肩を竦めた。
「やれやれ、だ。私が本当にこの程度の雷撃で怯むと思っていたのかね。君の覚悟に少し付き合ってあげただけだ」
「……⁉ 人をどこまで虚仮するつもりなのよ、ホルスト・パドグリーぃいいいいい!」
彼女は歯を食いしばってさらに激しい雷撃を浴びせるも、ホルストは動じない。
それどころか、激しい電流の中で彼はにこりと微笑んだ。
「折角だ、本物の雷撃を味わわせてあげよう」
ホルストがそう告げて間もなく、彼の全身に迸っていた雷撃が逆流してルヴァを包み込んだ。
「うあぁああああああああああああ⁉」
「君の技を模倣するなら『雷光一億破』と言ったところかな。それと教えておこう。圧倒的で、歴然たる絶対的な力の前では策など無意味なのだよ」
彼が雷撃を止めると、ルヴァはがくりと力なく項垂れて獣化が解けた。
彼女の全身からはもうもうと煙が立ち上がり、服がところどころ破れて焼けただれた肌と雷傷が見え隠れしている。
「おやおや、人の助言を聞く前に意識を無くしたか。随分と礼儀知らずだな。まぁ、所詮は鼠。貴女は地べたを這いずる姿がお似合いですよ」
ホルストが興味をなくした玩具を捨てるようにルヴァを宙へ投げたその時、父上が跳躍して彼女を両手で受け止める。
そのまま地上に降り立った父上は、抱きかかえていたルヴァをゆっくり寝かせた。
そして上着を脱いで彼女に被せると、ホルストをじろりと睨み付ける。
「ふふ、怖い目付きだ。これだけの力を見せても、まだ神を崇めるつもりはないようですね」
笑みを溢し、ホルストはおどけている。
この壮絶な戦いがはじまってまだ十分も経っていないというのに、部族長の面々は地面に伏して意識を失い全滅状態だ。
でも、父上はこの状況下でも何も言わずに僕達の前に立ち、エリアス陛下と並び立った。
『……エリアス陛下。単刀直入に伺います。奴の魔障壁は斬れますか?』
『おそらくいけるだろう。先陣を切った皆のおかげでおおよその硬さはわかった。その後はライナー殿に任せるぞ』
父上とエリアス陛下は何やら目配せし、互いの言わんとしていることを察した様子で頷いた。
何をしようとしているかわからないけど、この場で何もせずに立ちすくんでいるわけにはいかない。
僕は一歩を踏み出し、父上の隣に並び立った。
「父上、お手伝いいたします。何か考えがあるのでしょう?」
「いや、無用だ。それよりもお前は力を温存していろ」
父上は険しい表情で首を横に振った。
「え……⁉」
思いがけない答えに僕は目を瞬き、「し、しかし……」と続けるも父上は「確かに考えはある」と被せてきた。
「だが、絶対ではない。リッド、その時はお前が最後の備えだ」
「うむ、ライナー殿の言うとおりだな」
エリアス陛下が相槌を打ち、横目で僕達をちらりと見やった。
「戦とは常に次の備えを考えて行うものだ。だからこそ、彼等も先陣を切った。その順番が私とライナー殿に回ってきただけだ。案ずるな、婿殿。次で終わりにしてみせよう」
「ほう、次で終わりとは。これまた大きくでましたね」
僕達の会話を聞いていたホルストがにやりと笑う。
「面白い。果たして、その自信がどこからくるのか。教えてほしいものです」
「言われずとも、すぐ知ることになる」
「うむ、実力行使でその疑問に答えてやろう」
父上が剣を体で隠すように構えた。相手から剣が見えないため、剣筋が読まれにくい『下段脇構え』と呼ばれるものだ。
一方、エリアス陛下は刀の切っ先を鞘に当て、丁寧かつ素早く納刀して抜刀の構えを取った。




