神を名乗る者
「その減らず口、後悔すんなよ」
「逆賊に容赦はせん」
「ホルスト、顔は良かったんだけどねぇ。性格最悪だわ」
舌打ちをした銀兎のヴェネが目にも止まらぬ速さで突撃すると、息を合わせたように獣化して銀色の体毛に覆われたジャッカスとジェティが続く。
「三人に続きます。ギョウブとルヴァはあいつの力を見極めてもらえますか?」
「わかった。タバル、よろしく頼むぜ」
「えぇ、分析は任せて」
ギョウブとルヴァが頷くと、タバルはアステカ、カムイ、ハピスの三人に視線を向けた。
「三人は私達が仕掛けた後、波状攻撃をお願いします」
「へへ、有り難いねぇ。美味しいところをもらえるなんてよ」
「心得た」
「了解した」
三人の返事を聞くとタバルは「ライナー、エリアス陛下」と切り出す。
「アステカ達の後をお願いしたいのですが、お力を借りてもよろしいでしょうか」
「無論です。奴の横暴を許すつもりはありません」
「同意見だ。あのような化物を蘇らせ、自ら神と自称する狂人など国の王としても捨て置けんよ」
「ありがとうございます。ご助力感謝します。では、行って参ります」
父上達の返事を聞いたタバルは獣化し、銀毛に包まれていき首に鬣を生やしていく。
でも、銀毛の中に輝く金毛があるようにも見えた。
「ち、父上……⁉」
ヨハンが必死に声を出して呼びかけると、タバルはふっと表情を崩して「心配ありませんよ」と言い残し、ホルストに向かって跳躍した。
ヴェネ、ジャッカス、ジェティ、タバルが全方位から体術と魔法をホルストへ繰り出す。
四人と入れ替わりにアステカ、カムイ、ハピスの三人が波状攻撃を仕掛け、父上とエリアス陛下も後に続いて行く。
波状攻撃の動きをギョウブとルヴァが補佐し、彼等の攻撃が途切れることはない。
舞台上は魔波が嵐となって吹き荒れ、雷鳴の如き爆音が絶えず轟いている。
これが部族長達の実力、か。
個々人が『エルバ・グランドーク』に勝るとも劣らない実力を持っているようだ。
でも、彼等の中心に立つホルストは身動き一つせず、涼しい顔で佇んでいる。
セクメトスの一撃を止めたとはいえ、部族長達の連続攻撃を前にして顔色一つ変えないなんて。
余程の自信があるのか、はたまた奴の魔障壁には『多重魔障壁』のような何か特別な処置が施されているのだろうか。
「リッド、ヨハン。良かった、二人とも無事みたいだな」
背後から声が聞こえて振り向けば、そこにいたのはアモンだった。
「アモン。君がどうしてここに?」
僕が聞き返すと、彼は一瞬きょとんとするもすぐに「ふふ」と噴き出した。
「私も部族長だからね。ホルストの横暴を許すつもりはないよ。それにヨハン、君に伝えたいことがある」
「僕に……?」
不安そうに小首を傾げるヨハンに、アモンはこくりと頷いた。
「セクメトスのことだ。ホルストの一撃で重傷を負ったが、姉上とサンドラ殿達の応急処置で一命は何とか取り留めている。いまも皆で必死に治療をしている最中だ。予断は許されないが、セクメトスはきっと大丈夫だ」
「……⁉ 本当か、本当に母上は生きているのか⁉」
「あぁ、大丈夫だ。それにセクメトスは獣王だぞ。その強さは君が一番よく知っているだろ?」
「う……うぅ、ははうえ。ははうえ、ぶじでよかった、よかったよぉ」
「うん、良かった。本当に良かったね、ヨハン」
ヨハンは人目も憚らずに目から大粒の涙を溢れさせ、鼻を啜っている。
僕もほっと胸を撫で下ろしてヨハンの背中をさするなか、アモンが「それから……」と切り出した。
「観覧席にいる者達はダイナス殿、ルーベンス殿を初めとする騎士達、カペラ殿やティンク殿に加えてリッド直属ブレイド・ベルの子達。そして、兎人族のシア殿が守っている。彼等であれば問題ないはずだ」
「そうなんだね。じゃあ後は……」
僕は相槌を打ち、正面を見やれば打ち合いによる爆発、爆音が止むことなく続いていた。
黒い爆煙でホルストの様子はわからないが、獣化した部族長達の姿が煙の隙間から確認できる。
「奴を、ホルストをどうにかするしかない。やれるかい、ヨハン」
発破を掛けるように問いかけると、ヨハンは涙と鼻水を服の袖で拭った。
「あぁ、勿論だ。母上を傷つけたこと。絶対に許せるもんか」
「よし、それでこそ僕の大親友だ」
彼の目には強い闘志が宿っている。これなら大丈夫だろう。
「リッド、どうにかするって。もしかして何か策でもあるのか?」
「うん、実は……」
アモンの疑問に答えようとしたその時、「ぐ、ぬがぁああああ⁉」とジャッカスの怒号が黒い爆煙の中から聞こえたかと思えば、突風が吹き荒れて爆煙を消し飛ばす。
次いで目に飛び込んできたのはジャッカスの喉を片手で鷲づかみにし、何食わぬ顔のホルストだった。
よくよく見れば、ホルストは無傷どころか服に汚れ一つ付いていない。
「さて、部族長の諸君。これが君達の持てる力の全て、かな?」
「ご、ごい、づ……⁉」
ジャッカスが殺気の籠もった目で睨みをつけるも、ホルストは全く意に介していない。
皆はホルストを囲むように陣取り、父上とエリアス陛下は僕達の側に位置している。
「あはは、さすがに神を自称するだけあるわね。あの『魔障壁』どんだけ固いのよ。私達の攻撃でびくともしないなんて全く笑えないわ」
「だがよ、やるしかねぇ。やるしかねぇんだ」
ジェティが笑顔で鋭い視線を放ち、ヴェネは舌打ちをした。
他の部族長達も二人と同じように思いを抱いている様子でホルストを睨んでいる。すると、ジャッカスが自らの喉元を掴んでいるホルストの腕を両手でがっしり掴んだ。
「ほう、まだこれだけの力を見せてくれるとはね。しかし、どうするつもりかな?」
「おれごとやれ、やるんだ……⁉」
「……⁉ てめぇの心意気。俺が買うぜ」
ジャッカスの視線と呻き声にヴェネが即座に反応して跳躍する。
でも、ホルストは動じることなく、むしろ不敵に笑った。
「セクメトスと同じく愚かだな。歴然たる力の違いを理解できず、この程度のことが好機に見えるとは。目を覚まさせてやろう」
「……⁉ がぁあああああ⁉」
次の瞬間、雷鳴が轟きジャッカスが稲光に包まれた。
同時に凄まじい魔波と衝撃波が巻き起こる。
「な、なんだと……⁉」
突撃していたヴェネは衝撃波に吹き飛ばされるも、その先にいた父上に抱き止められた。
「大丈夫か、ヴェネ殿」
「お、おぉ。だ、大丈夫だぜ」
何やらどきまぎしているヴェネ。少し彼女の頬が赤いのは気のせいだろうか。
「さて、まずは一人目」
ホルストの声が聞こえて前を見やれば、喉元を鷲づかみされたままのジャッカスは目を剥き、両腕はだらんと力なく揺れ、喉元に電撃傷が浮かび上がり、全身から白い煙を上げている。
ホルストが手を離すと、ジャッカスは地面にどさりとうつ伏せに倒れて獣化が解けた。
「ジャッカスを一撃ですって……⁉」
ジェティが目を丸くしたその時、ホルストが視界から消える。
「どこを見ている。私はここだよ」
声が聞こえた場所に振り向けば、ホルストがジェティの真後ろに立っていた。
「言い残すことはあるかな?」
「……地獄に落ちなさい、変態野郎」
ジェティが満面の笑みを浮かべると同時に稲光と雷鳴が発生し、光線状の雷が彼女の胸を貫いた。
「あが……⁉」
ジェティは呻き声を漏らし、膝から崩れ落ちてそのまま前に倒れた。
彼女の獣化は解けて全身から電流が迸り、白い煙が立ち上がっている。
「二人目」
ホルストは興味なさそうに呟いた瞬間、「うぉおおお」という怒号と共に十数メートルはあろうかという体躯に巨大化したカムイが拳を振り下ろすが、魔障壁に阻まれてやはり届かない。
それどころか、カムイの拳から血しぶきが上がる。
しかし、カムイはひるむどころか体重を掛けていく。
地響きが起き、ホルストを中心にして大舞台に亀裂が入っていく。
「このまま押し潰せば、貴様の魔障壁とて耐え切れまい」
「熊は冬眠でもしていなさい」
次の瞬間、ホルストを中心に大舞台が瞬時に凍てつき、カムイは「なに……⁉」と驚愕するも為す術なく瞬く間に氷漬けにされてしまう。
「ち……⁉ 一か八か、だ。ハピス、カムイに続くぞ」
「貴様の賭けに乗る日が来るとはな……⁉」
何かに気付いたのか、舌打ちしたアステカは獣化の形態変化で大きな赤兎馬の姿になると、ホルスト目掛けて突進する。
ハピスも獣化したまま巨躯となり、アステカの動きに合わせて持っていた大剣を肩に背負って跳躍した。
アステカが二本の前足を高く上げて勢いよく踏みつけ、ハピスは背負っていた大剣を力の限り振り下ろす。
二人の強烈なそれぞれの一撃がホルストを守る魔障壁と衝突し、雷鳴が轟いて魔波が吹き荒れる。
「獣化の形態変化は力こそ高まるが、攻撃手段は乏しくなる。そして、アステカの賭けとやらに乗ったハピス。君達はもう少し思慮深いと思っていたのだがね」
ホルストが肩を竦めるも、アステカは「うるせぇ」と吐き捨てた。
「全ての攻撃を防ぐ絶対障壁なんて存在しねぇんだよ」
「アステカの言うとおりだ。カムイの一撃で貴様の魔障壁にわずかだが揺らぎを感じた。つまり、貴様の強固な魔障壁でも断続的に負荷を与え続ければ突破できるのだろう」
「どうだ。確証はねぇが、当たらずとも遠からずだろうがよ」
アステカは口元をにやりとさせ、ハピスは覚悟の表情を浮かべている。
「面白い仮説だ。やれるものならやってみたまえ」
「余裕面しやがって。後悔しやがれぇえええ」
「カムイ達の思い、その身で知るがいい。ぬぉおおおおおおおおおお」
平然とするホルスト。アステカとハピスは怒りの形相を浮かべ、全身全霊で力を込めていった。
「……⁉ こりゃいけそうだな」
父上の側で構えていたヴェネが耳をぴくりとさせ、ニヤリと笑ってホルストに向かって跳躍する。
突風が吹き荒れる中、何事かと思ったその時、ホルストの魔障壁から『ピシ』と硝子に罅が入るような音が漏れ聞こえた。
「ざまぁみろ。これで終わりだ」
「謀反の罪。この場で処刑してくれる」
アステカとハピスが勝ち誇った表情を浮かべた次の瞬間、硝子が割れるような音が響く。
「はは。ようやく、てめぇの面を蹴れるってわけだ」
ヴェネは魔障壁が破壊されることを見越していたらしい。
彼女は跳躍したまま体を縦回転させて踵落としを繰り出した。




