選択と決別
「……兎人族部族長ヴェネ・ノーモス。なかなかの足技だが、これは死を選んだ、そう解釈してよいのかな」
「よく言うぜ。選択させるつもりなんてはなからねぇくせによ」
ヴェネは強烈な蹴技で奇襲をしたようだが、ホルストの魔障壁はびくともせず。
彼は涼しい顔をしている。彼女は舌打ちをしてこちらに飛び退いてきた。
「ヴェネちゃん、良い蹴りだったわよ」
「あぁ、良い奇襲だった」
ジェティに続いてギョウブが声を掛けるが、彼は「しかし……」と続けた。
「ホルストの手の内が分からん。あまり無闇にしかけるな」
「は、知るかよ。そもそも蹴らなきゃ何もわからねぇだろうが」
ヴェネは吐き捨てるように告げると「それから……」と続け、ホルストに人差し指を向けた。
「てめぇの戯言に騙されると思うなよ。神に仕えるも、死を選ぶも、結局のところ生殺与奪の権利を渡すってことだろ? 冗談じゃねぇ」
彼女は肩を竦め、ぐるりと会場を見渡し「おい、観覧席のてめぇら。よーく聞きやがれ」と大声で切り出した。
「このクソ野郎の選択は、どちらを選んでも死が待つクソだ。あの空飛ぶ蜥蜴にびびって、戯言に惑わされんなよ」
ヴェネの言葉が会場に響きわたると、混乱していた観客達の動きが止まる。
彼女はにやりと白い八重歯を見せて続けた。
「それにこの会場にいる獣人族は約十万と各部族長だ。ここでイモ引くってんなら獣人族の名折れだぜ。選ぶのは仕えるか、死ぬかじゃねぇ。戦うか、死ぬかだ。さぁ、てめぇらが選ぶのはどっちだ」
彼女の啖呵によって、混乱していた観客達の動きがぴたりと止まる。
そして間もなく、彼らから咆吼が返ってきて会場全体に強烈な魔波が巻き起こった。
観客達が次々に獣化して戦意を露わにしているのだ。
「……神の御前で牙を見せるとは、所詮は愚民か」
会場から聞こえてくる咆吼にホルストは淡々と呟き「よかろう」と頷いた。
「ならば聖戦だ。神の寛大な心に背いた罪は重い。その命をもって、せいぜい償ってもらうとしよう」
「いちいち上から物を言いやがって。てめぇこそ、その命をもって謀反を償ってもらうぜ」
ヴェネが舌打ちをして言い返すも、ホルストは意に介さずこちらへ視線を向けた。
「さて、リッド・バルディア君。君はどうするかね?」
「……どういう意味ですか」
鋭く睨み付けるも、彼は肩を竦めた。
「どうもこうもない。ズベーラの愚民は神に背いたわけだが、君の返事をまだ聞いていないからね」
「はぁはぁ……リッド、やめろ。あんな奴の言うことに耳を貸すな。リッドは、リッドは僕の大親友だろ?」
ヨハンは僕の腕の中で喉を押さえ、必死の形相を浮かべている。
彼の目は潤み、溢れた涙が頬を伝っていく。
目の前で自身の母親が殺され、一矢報いることもできていない。
腸が煮えくり返るほどに悔しいに決まっている。
もし、僕が彼と同じ立場なら、きっと同じ事をして、同じ思いになるだろう。
ホルストは獣王のセクメトスを難なく返り討ちにし、ヨハンとヴェネの一撃も涼しい顔で防いだ。
彼から伝わってくる底知れぬ殺意と悪意が混ざった魔力は、エルバや今の僕すら凌ぐだろう。
勝ち目があるかどうかもわからない。
だとしても、僕は……。
「わかっているさ、ヨハン。僕はこんな胡散臭い男を『神』と崇めるなんてまっぴらごめんだよ」
腕の中のヨハンに優しく告げると、僕はじろりとホルストを見据えた。
「ヨハンの婚約者は僕の義妹【いもうと】で、セクメトスは彼の母親だ。つまり、お前は僕の家族に手を出した。何人であろうと、僕の家族に手を出したことは許せない。それが例え『神』であったとしてもだ」
「そうか。残念だよ、リッド君。君はもう少し頭の良い子だと思っていたのだがね」
ホルストがやれやれと首を横に振った。
その姿は隙だらけのように見えるが、彼が発する魔圧は凄まじく、付け入る隙が見当たらない。
側にいるヴェネ、ジェティ、ギョウブも攻めあぐね、出方を窺っている状況だ。
「リッド……⁉ ありがとう、ありがとう」
ヨハンは大粒の涙を目から溢れさせ、僕の胸をぎゅっと掴んだ。
その時、ざりっと背後から砂を踏みしめる足跡が聞こえた。
「よく言った、リッド」
「うむ。良い啖呵であったぞ、婿殿」
「父上、それにエリアス陛下……⁉」
振り返った僕は目を丸くした。
そこには剣を抜いた父上と刀を持ったエリアス陛下が立っていたからだ。
二人とも身体強化を発動した臨戦態勢で、発せられる魔力で肌がぴりぴり焼けるような感覚に襲われる。
「ほう、これはこれは。ライナー・バルディア辺境伯とエリアス・レナルーテ陛下。さて、お二人はどうされますかな」
「決まっている」
「無論だ」
父上は剣、エリアス陛下は刀。
それぞれの切っ先をホルストに向けた。
「息子のリッドが言ったはずだ。貴様を『神』と崇めるなぞ御免被る」
「力を誇示して崇めよと宣う神なぞ、崇めるつもりにはなれんね」
「不敬不遜だな。実に不愉快だ」
言葉とは裏腹に、ホルストの声には感情が籠もっていない。
興味がないのか、はたまた余裕からくるものなのだろうか。
するとその時、ざりと周囲から幾つもの足音が聞こえてくる。
見渡せば、部族長達が僕達の側に立っていた。
「はは、随分と派手な謀反を起こしたもんだな。ホルスト」
「全くだ。おまけに神を自称するとは。このような謀反は国内外問わず前代未聞だろう」
にやりと笑って告げたのは馬人族部族長アステカ・ゼブラート、呆れ顔で続いたのは狼人族部族長ジャッカス・ヴォルフガングだ。
「わざわざあの竜で力を誇示したのは、会場に集まった十万の獣人族を従えるためであろう」
切り出したのは熊人族部族長カムイ・マジェンタ。
「竜の力を見せつけることで大衆に勝てぬ見込みはないと混乱させ、どちらを選んでも貴様の求める答えとなる問いかけを行った。ヴェネの言ったとおり、すべて戯れ言だ」
「そうだな。それと竜の力は目を見張るものがあるが、この場に射てば貴様達もただではすまん。つまり、今この時こそが竜と貴様を倒す絶好の機会ということになる」
カムイの言葉に続いたのは牛人族部族長ハピス・ローフィス。
「その通りよ」
はっきりとした口調で告げて頷いたのは、皆よりも後からやってきた鼠人族部族長ルヴァ・ガンダルシカだ。
「ホルスト。貴方としてはこの場で力を示し、十万の獣人族を兵力として引き込みたかったんでしょうけどね。おあいにく様、私達は自称の神に尻尾を振るほど柔じゃないの」
「全くです、ホルスト。貴方は私達を見くびり過ぎています」
ルヴァに続き、この場にやってきたのはセクメトスの夫タバル・ベスティア。
でも、彼は以前と何か雰囲気が違う。口調こそ綺麗だけど、言葉に鋭い棘があるように感じられる。
「ふふ、あっはははは。あっははは」
突然、ホルストが笑い出して皆が身構える。
彼はひとしきり笑うと「全く度し難い」と呟いた。
「揃いも揃って勘違いも甚だしい。最初に言っただろう、私は機会を与えただけだ。獣人族十万の兵力、生殺与奪の権利、力の誇示……貴様達の認識こそが戯れ言であることを教えてやろう」
ホルストが言い終えると、空から守護十翼の面々が降りてくる。でも、ホルストは「お前達は下がっていろ」と彼らを一瞥した。
「……よろしいのですか。お手を煩わせる価値もないかと存じますが?」
守護十翼を代表するようにイビが切り出すも、ホルストは「構わん」と首を横に振った。
「それと、少し遊びたい気分だ」
「畏まりました。それでは我らは騒がしい観客を黙らせます」
「あぁ、そうしてくれ。だが無闇に殺すなよ。重要な『資源』だからな」
「承知しております」
資源……? 一体、どういう意味だろうか。
訝しみつつイビを見やるが、彼女は畏まったままこちらに見向きもせずに守護十翼を率いて空へ飛び立った。
イビ、この状況は君の本心なのか。
何も言えず彼女を見送った直後、会場全体から剣戟と魔法による爆音が次々と轟く。
どうやら戦意ある観客達が動き始め、周囲で彼らを見張っていた鳥人族の戦士達と戦闘を始めたようだ。
「開戦の合図には少々物足りないが。さぁ、聖戦を始めよう」
ホルストは目を細め、彼を取り囲む僕達をぐるりと見やった。
「しかし、君達を一人ずつ相手にするのも面倒だ。まとめてかかってきたまえ」




