力の誇示
「ホルスト。貴方、一体どういうつもりかしら?」
「さすがにこの状況だ。事と次第によっては容赦しねぇぜ」
強ばった表情のジェティとギョウブが僕達を守るように前に出るが、ホルストは表情を崩さない。
「長生きしたければ、静かにして言葉を選ぶことだ。君達は今、神の御前に立っているのだからな」
「神の御前、ですって? 正気で言っているのかしら。貴方が神なら私は女神よ」
「はは、違いない。ホルスト、お前自分が何を言っているのかわかっているのか?」
二人は肩を竦めておどけるも、顔は強ばったままで空気はさっきよりも緊迫している。
「あぁ、私は正気だとも。これから『天翔竜【あまかけるりゅう】』の完工を祝い、諸君に『ルシュムガル』の力を披露しようと思ってね」
天翔竜って、トーガの教典に出てくる聖女ミスティナが従えたという竜のことだろうか。
それに完工祝い、ルシュムガル……?
訳が分からないけど、とりあえず碌でもなさそうな事が起きる、ということだけは理解できた。
「どういうつもりだ、ホルスト!」
怒号と共に銀色の光が目にも止まらぬ速さで舞い降り、ホルストに衝突する。
強烈な魔波が吹き荒れて吹き飛びそうになるも、ジェティとギョウブが壁となってくれる。
何事かと、見やれば首に鬣【たてがみ】が生え、銀毛に包まれたセクメトスが爪を伸ばした掌底を繰り出していた。
しかし、ホルストの魔障壁に阻まれ、その手は届いていない。
セクメトスの強襲をこうもあっさり防ぐなんて。
僕が驚愕するなか、強力な魔障壁に阻まれたセクメトスは舌打ちをしてジェティとギョウブの前に飛び退いた。
「そう死に急ぐな、セクメトス。貴様にも見せてやろう。ルシュムガルが持つ神の力を」
「神の力、だと?」
セクメトスが眉を顰め、僕達一同が訝しむなか、ホルストが指を鳴らした。
すると唐突に空から雷鳴が轟き、大舞台と会場が強い光に照らされる。
何事かと見上げれば、ルシュムガルなる巨大物の頭が動き出し、大口を開けていく。
なんだ、この全身にのしかかってくる異様で背筋が寒くなる魔圧は……⁉
強烈な違和感が走る中、竜の大口から巨大な一つの魔弾が放たれた。
間もなく大空で閃光が煌めき、まるで太陽の如き球体状の大爆発が起きる。
衝撃波と爆風、耳をつんざく爆音が地上に吹き荒れた。
「な、なんだと……⁉」
「これは……⁉」
セクメトスは愕然とし、僕達は目を見開いた。
観客達も目の前で起きた現象に息を呑み、十万人以上いるはずの会場はしんと静寂に包まれている。
ホルストはにこりと微笑み、平然とこちらを見やった。
「古【いにしえ】の時代、この地にあった国々を滅ぼした『聖女ミスティナの怒り』だ。トーガの教典では『天翔竜の息吹』として伝承されているがね。世界は蘇ったルシュムガル、そして神となった私の下にひれ伏すことになるだろう」
空の爆発は徐々に消えていくが、青空は戻らず黒い空となっている。
程なく、黒い空に虹のカーテンが掛かりはじめた。
あれは、おそらくオーロラだ。
爆発で大気が消し飛んで発生したのか。
とんでもない魔弾だ。
あれが地上に放たれれば国なんてひとたまりもないだろう。
これだけの力を持っていたのであれば、聖女ミスティナが戦乱の世を治めたというのは本当なのかもしれない。
皆が言葉を失って空を見上げるなか、セクメトスはホルストに振り向いて手を叩き始めた。
「素晴らしい、素晴らしい力だ、ホルスト。貴様は英雄だ。子々孫々後世に伝えられ、歴史に名が残る、偉大な功績だ」
セクメトスは声を荒らげ凄まじい雷鳴と共に、再びホルストを強襲した。
魔波が狂風となって吹き荒れる。
「本気だ、母上が本気を出してる……⁉」
「セクメトスの本気だって⁉」
ヨハンの震える声に驚愕するも、彼女の一撃はまたもや魔障壁に阻まれていた。
「兇悪な本性を露わにした貴様は、貴様だけは生かしておけん」
「一度ならず二度までも。愚かだ、愚かだな、セクメトス。そして君のわかったような王者面、心底うんざりさせられる」
ホルストは眼鏡の山をくいっと上げ、セクメトスの腹部に手を当てた。
次の瞬間、彼女は彼の生み出した球体状の魔弾に取り込まれてしまう。
「か、体がうご、か……⁉」
「死んでくれ、セクメトス。愚かな王のまま」
「……⁉ やめろぉおおおおお⁉」
僕がハッとして叫んだ瞬間、球体状の魔弾はセクメトスを取り込んだまま放たれ会場と舞台上の間にある壁に着弾して大爆発と火柱が立ち上がる。
「この会場であれば国葬と言っても差し支えあるまい。良かったな、セクメトス」
「母上……⁉ よくも母上をぉおおおおお⁉」
僕達が呆気に取られているなか、逆上したヨハンが獣化で獅子化し、ホルストを強襲した。
「迂闊に動いちゃ駄目だ!」
「ヨハンちゃん⁉」
「ヨハン⁉」
僕、ジェティ、ギョウブはハッとして止めようとするが間に合わない。
ヨハンは爪を鋭く伸ばして襲い掛かるも、魔障壁に阻まれてしまう。
「ぐ……⁉ 絶対に殺す、殺してやる……!」
「面白いこと言う子だ。私の魔障壁一つ壊せず、どうやって殺そうというのかね?」
淡々と告げたホルストは腕を伸ばし、ヨハンの首を鷲づかみにした。
「うぐ……⁉ は、離せ」
「おやおや、人に殺すと言っておきながら離せとは。どうやらセクメトスは、子の躾もできていなかったようだね」
ホルストは肩を竦め、ヨハンをこちらに向かって投げ捨てる。
僕は跳躍し、彼を抱きかかえるように受け取った。
「大丈夫か、ヨハン」
「がは……⁉」
彼が喉元を押さえて咳き込んでいると、会場から悲鳴が聞こえてくる。
見やれば会場にいる観客達が大混乱を起こし、我先にと逃げようとしていた。
しかしその瞬間、会場に設置された出入口が氷、土、木などの障害物で次々に塞がれていく。
観客達は獣化して破壊を試みるも、障害物はびくともしていない。
あれはおそらく魔法によるものだ。
一体、どこから……⁉
魔法の気配を探るなか、僕はハッとして空を見上げた。
先程まで居なかったはずの鳥人族の戦士達が天を覆っている。
その中心にはイビを初めとする守護十翼【ブルートリッター】の姿もあった。
「王が愚かだと、民衆も愚民か。何故、私がルシュムガルの力を披露したのか、わかっていないようだ」
ホルストは会場をぐるりと見渡し「諸君、静かにして聞きたまえ」と切り出した。
その声は普通の大きさなのに、一言一句がはっきりと聞こえてくる。
いや、脳裏に直接響いてくると言ったほうが良いかもしれない。
魔法による精神感応【テレパシー】か何かを併用しているようだ。
「私は寛大にも機会を与えているのだ。神に仕えるか、死を選ぶか。そのどちらかをな。諸君もその目で見たはずだ。ルシュムガルの力を、そして私に為す術なく敗れ去った愚かな王の姿を」
言い終えた途端、ホルストから身の毛がよだつ魔波と魔圧が放たれて会場を飲み込んでいく。
凄まじい殺意と悪意が込められているが、それ以上にとんでもない圧倒的な魔力量だ。
この魔力量、僕を遥かに凌駕している。
実力は未知数だけど、おそらく魔力量だけならエルバをも越えているだろう。
ホルストが此程の奴だったなんて。
『ホルスト様には誰も勝てねぇんだよ。守護十翼だろうが、部族長だろうが、帝国の双剣だろうが。あの人には絶対、束になったところで誰も勝てねぇんだ』
ふいに牢宮【ダンジョン】でイビが言っていた言葉が脳裏に蘇った。
あれはこういう意味だったのか。
ホルストはにやりと口元を緩め、両手を広げた。
「さぁ、決めたまえ。運命の分かれ道だ」
「そんなの決まってんだろうがよ」
唐突に気風と威勢の良い声が聞こえ、ホルストの魔障壁に銀色の影が衝突して雷鳴が轟く。
次いで強烈な魔波が吹き荒れ、ホルストが発していた魔波と魔圧が消し飛んだ。




